第11話 応接間


 この部屋ははじめて入る部屋だった。たぶん応接間なのだろう。

 ソファチェアが四脚と、テーブルが真ん中に一台。調度品も嫌らしくならない程度に飾られていて、唐風の花瓶は芸術に疎い僕の目すらも吸い付けるほど見事だ。


 借りてきた猫。そんな気分で、大きなソファチェアのなかで縮まって座っていること、十五分ほど。

 ようやく足音が近づいてきて、応接間の扉が開いた。


 僕は段柳の母が来るものとばかり思っていたから、また辰巳さんが入ってきて拍子抜けした。

 現れたのが辰巳さんということは、このまま段柳祐介のもとへ通されて、十年ぶりに再会という運びだろうか。

 辰巳さんは一つ頭を下げて、僕の目を直視することが失礼だと思っているのか、視線を下げて言った。

「大変お待たせしております。どうぞこちらへ、奥様がお出迎えします」


「えっ? お母さんが……。あの、段柳祐介くんは?」


「こちらです」


 僕の問いに応えたのか、無視しているのか、よく分からないが、もうここまで来たら従うほかにない。段柳祐介は母と一緒の部屋にいると考えれば、変ではない。

 辰巳さんに誘われて屋敷の奥へと進んだ。廊下の途中で、見慣れた階段があって、そこでも懐かしさがこみ上げ来た。これを上がると、二階のすぐ手前の扉が段柳の部屋なのだ。

 辰巳さんはそのまま階段を通り過ぎてさらに奥へと進む。この奥へは僕は行ったことがなかった。


「それにしても、ずいぶん部屋が暗いですね。停電かなんかですか?」

 応接間の電気は点いていたから、停電はあり得ないだろうと思ったが、そう聞いてみた。


「奥様は明るいのが、いま無理な状態でして……。申し訳ありませんが……」

 その返事は歯切れが悪かった。


 外は荒天で雨風のどよめきが著しく、また昼過ぎの時間にしてほとんど真っ暗なのだ。

 それで電気を点けていない屋内は暗闇の中同然、真夜中と言っても不思議ではない有様である。屋敷の広さがわずかな外光を妨げているのだ。さらにはカーテンも隈無く閉めきっているのかも知れない。

 時々、雷鳴が起こると、瞬く間に屋敷中が雷光に浮かび上がるのが、僕に底知れぬ恐怖を与えた。


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