106.


 三つのテントの中は、大人五人が眠れるスペースしか無く、薄い毛布が五枚置かれているだけの物だった。


 今は陽があってまだ大丈夫だけどこれ‥寒くて死ねるぞ?


 風を防いでくれるにしても、真冬にこの簡易テントに毛布五枚は普通にヤバい、わざわざ個別の場所を用意してくれたんだろうが、対策を考えないと駄目だな。


 最悪あのパイプテントだな、外から見てもハッキリと分かる程に、外側には二重の布で覆われていたからな、寒くも無いだろう。


「さてと行くか」


「何処に行くつもりかしら?」


 背中に悪寒が走ったのは気の所為だろうか、いや気の所為と信じたい気持ちを抱えながら、俺はゆっくりと振り向いた。


「探検ですよ、探検。地形が把握出来て無い場所って、不安なんですよね」


 振り向いた先にはバックを隅に置いて、テントの中央で寛いでいた望奈さんが、身体を横に向け俺の方を向いていた。


「なら私も行くわよ」


「はい‥」


 こういう時に限って都合の良い、どっかの骸骨は無反応のまま、呑気に暗闇で休んでいる事を考えると羨ましいが、仕事する時にはするので今は放置だ。

 

 そしてゆっくりと身体を起こした望奈さんが、後に付いてテントから出て来る。


「結局サボりたいだけじゃないの」


「ゔッ、言わないで下さいよ。それに街と違って森じゃ、地形の把握は重要です」


「はい、分かりました」


 そして九藤さん達が居る入り口から、テントの群れを挟さんで真反対に居た俺と望奈さんは、入り口から遠ざかる向きに進み、森の中に足を踏み入れていた。


「というか私達の使ってるテントのある場所って」


「はい、警備外地なんで、夜になると魔物が襲って来ますね。まぁ勝手に何とかする判断でしょうけど、一言ぐらい注意があっても良いかと。まぁ無いから勝手に森に入ってるんですが」


 森の中を小走りで走りながら話、傾斜の道を進んでいると視界が拓けた場所に出て、その光景を目にした俺と望奈さんは、此処が東京なのかという疑問だけが頭の中に満たしていた。


 小高い丘からなら東京の街を、遠くまで見渡せると思っていたが、目にしたのは十キロは続く森と、森に生える木々が聳え立ち地平線の向こうを遮り、高い場所から見渡してる筈の俺と望奈さんは、何千何万という樹頭を目にしていた。


「此処が異世界って言われても信じますよ」


「そうね‥この壮大な景色を、日本だとは思えないわね」


 見てるだけなら壮大な景色は幸福を齎すが、その中に足を踏み入れるとなると不幸しか招かない。そんな考えが脳裡をよぎっても尚、止まる事無く足は進んでいた。


「行きますよ」


 今度は傾斜を下りて進み、平地になった所で木々の間隔が広がり、身体を動かすには支障のない広さなのに対して、何故か増した圧迫感が息苦しさを引き起こしていた。


「日没まで後一時間強ね」


「でしたら二十分程歩いたら帰りましょうか。陽が沈むと、帰れるか怪しいです」


「了解、もし逸れたら各自で戻る。危険な状態なら森を壊してでも派手に位置を知らせる、で良いかしら?」


「はい。って俺の事ですか?」


「貴方が戦った場所ったら、悲惨だったでしょ」


「あれ、望奈さんあの時、居たんですか?!」


「‥‥‥そんな事より、今は地形把握するのなら周り見て覚えなさいよね」


「すいません」


 お互いに辺を見渡しながら森を歩き、本の僅かでも覚えられる様に脳にひたすら焼き付けていた。後は、何か遭った時に森の中を走り何処かの場面で、記憶が読み出されればそれで良い。


「望奈さん見て下さいよ、えげつない程削られた木の幹が」


 見渡しながら特徴になる違いを探していると、人の手を広げた大きさの引っ掻き傷が、木の幹を深く抉り取り付けられていた。


「何か聞いてたイメージより、大きいわね」


「そうですよね、この大きさなら熊の引っ掻き傷とそう大差ありませんから、白浜さんで無くとも乗れそうですよね」


「なに貴方、まさかだけど、その狼みたいな魔物に乗りたいとか言うんじゃないわよね?」


「あははは~まさかぁ~そんあ訳、無いじゃないですかぁ~あははは‥‥‥‥‥‥はい、すいませんでした、乗りたいです」


「まぁ別に良いけど、無茶しないでよね」


「いやいや、確かにゲーマーとして心を揺さぶられますが、実際にチャレンジするかどうかは、見てからじゃ無いと決められませんよぉ、見た目がヤバい奴だったら乗りたくも無いですし、観てからですね」


「そう‥良かったわね」


「へぇ?」


「ほらっ、後ろに居るわよ」


 望奈さんが俺の後ろを指差し、首を動かして振り向いていた。 


 後ろを振り向くと、茶色の毛並みを靡かせた狼らしき魔物が、俺と目が合った事で唸り声を上げ威嚇していた。


「もう少し小さくて、丸っとした印象になったら茶色的に柴犬ですね、うん」


「呑気ねぇ、来たわよ」


 呑気に喋っていても目は離さず横目で見ていたが、俺が望奈さんの方を向いて話している不意を突いたのか、クローマウルフが前足を上げ前に跳躍していた。


「マジックバリア」


 前面に張り出された壁に、咄嗟にクローマウルフが前足で引っ掻くも、壁は砕かれる事は無く、クローマウルフは壁を蹴り飛び退いていた。


「マジックアロー」


 着地を狙った攻撃が、クローマウルフの喉元から入った矢が首筋から飛び出し、四本足で立っていたクローマウルフは、血を流して倒れていた。


「夜ご飯も確保しましたし、帰りますか」


「えぇ、そうね‥」

 

 千田から言葉に出来ない違和感を感じるも、それが何なのかハッキリと言えない緋彩が、それを口に出す事も無く二人はそのまま帰路についていた。

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