第125話 帰着 1

 目を開くと、真っ青な顔で立っている侍女の姿があった。自分がどんな状況で気を失ったのか思い出し、彼女に申訳のない思いがした。


「目が覚めました。」


 私の声を聞くと、彼女は弾かれた様に私の元に駆け寄ってきた。


「リオ様。大丈夫でございますか?お加減の悪いところは?」

「大丈夫。心配かけてごめんなさい。アレット。ところで、としこさんは?意識戻ったかどうか聞いた?」


 アレットは首を振った。起き上がると、


「リオ様、もう少しお休みになって下さい。」

「もう大丈夫。ねぇ、ここは何階の部屋かしら?」

「三階でございます。」

「としこさんも別の部屋で寝ているの?としこさんが心配なんだけど。」

「心配なのはリオ様です。」

「そうね。ごめんなさい。心配かけて。白湯が欲しいんだけど。」

「では、ご用意致します。」


 アレットの背中に小さく‘度々ごめん’と謝って、裸足で部屋を出た。左右を見回すと、ずっと先にレオナールの護衛騎士が立っているのが見えた。


「あれだ。」


 都合良く、ドレスではなく動きやすい尊者の制服だった。走って近寄ると兵士は咄嗟に扉を開けまいと腕を広げる。


「そこを退いて。」

「今はどなたもお入り頂くことは出来ません。」

「としこさんが暴れているの?」


 騎士は黙る。


「大丈夫。私ならとしこさんを落ち着かせることが出来るから。そこを退いて。」


 首を振る。


「退きなさいっ。」


 いつにない里桜の剣幕にその場を退く。里桜が扉を開くと、利子が投げつけた花瓶やら何やらが散らばっていた。奥の方で利子の叫び声が聞こえた。近づくと、中には叫んでいる利子一人きりだった。


「私を日本へ帰して。帰りたい。帰してっ。」

「としこさん。落ち着いて。」


 里桜の足元に利子が投げた枕が転がった。里桜の足裏に鋭い痛みが走る。


「としこさん。里桜だよ。としこさん。こっちを見て。里桜だよ。」


 ゆっくり近寄ると、利子は里桜の方を見て勢いよく里桜に駆け寄ってきた。中に入ってきた騎士たちは瞬時に剣に手をかける。里桜はそれを手で制する。利子は里桜に勢いよく抱きついた。


「大丈夫。落ち着いて。帰れるから。私が絶対に日本へ帰してあげるから。ちょっと時間頂戴ね。だから泣かないで。」


 里桜はゆっくりと利子の背をさする。


「としこさん怪我はしてない?」


 利子は大人しく頷く。


「そう良かった。じゃぁ、ベッドに横になろう。」


 それに、静かに従う。利子は強い力で里桜の手を握っている。


「少し、陛下と話してくるから。きっと大丈夫。日本に絶対帰すからね。」


 利子は泣きながら頷いた。里桜は、小さな声で利子に謝ると、眠らせた。


「じゃあ。行ってくる。」


 里桜が利子の手を静かに離すと、踵を返した。


「リオ様、足は大丈夫ですか?」


 下を見ると、里桜が歩いてきた所に、赤く血の跡が付いている。これではまるでホラー映画だ。立ったまま足裏を見ると、ガラスの破片が刺さっていた。道理で足が痛いはずだ。大きい破片を取って、後は手をかざして治す。


「大丈夫。心配かけてごめんなさい。それと、きつい言い方したことも。」



 里桜が部屋に戻ると、何とも言えない表情のアレットに迎えられた。


「ごめんなさい。あの…陛下にお話ししたいことがあるの。お目通り下さる様使いををだして。」

「はい。畏まりました。」

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