第107話 不本意な決定事項 終
「ウルバーノ王太子殿下。このお申し出を承ることは出来ません。私は明日、予定通りにゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンへ帰ります。」
「この国では私の意思が全てだ。」
「私にも気持ちはあり、私はこの国に住むことを望んでいません。」
「この国で私の望みに応えない家は本来ならば没落する。しかしリオ殿には没落させる家などない。しかし、私があの国に攻め入ると言ったら?それに、ここに居ない君の侍女リナが今一人で大人しくハーブティーを淹れていると思うか?」
開いた扉の音に嫌な予感を覚えて振り向いた。そこに居たのは、後ろ手に拘束されたリナだった。魔力が使えないながらも、きちんと抵抗はした様だ。騎士二人の顔には出来たての痣がある。
「なんて事を。」
「貴女が大人しく後宮に移れば侍女は健康に
「私をそこまでして後宮へ迎えたいのは、魔力の強い子孫のためですか?」
「今回の召喚では二人の女性の渡り人が来て、一人は既にレオナール王の妃になると聞いている。」
「それならば、残りの一人はこちらで貰うと?」
「国境を越えても使えているその魔力にも興味がある。」
「私は、側妃になどなりません。」
里桜は、はめているグローブを外して、元々折り返していた所を広げる。そこには、深紅の糸で刺繍されたレオナールの紋章があった。
「アナスタシア、私が預けた布袋を出してもらえる?」
小さく返事して、クラッチバッグから出した袋を渡す。
「ありがとう。リュカ、これを殿下へ渡してもらえる?」
袋から出したカードの束とグローブを畳んでリュカへ渡す。グローブを見たアナスタシアは目を見開いて驚く。
紋章を刺繍したグローブはこの辺りの国では寵愛の印として許嫁や婚約者に贈る物とされている。
アナスタシアは里桜の方を振り返る。
「大丈夫。今回はちゃんと意味を教えてもらった。だから今まで表に見えない様に折っていたの。この国の誰かに無体な真似をされたらこれをそっと見せろと言われたの。まさか、王太子相手に使うとは思わなかったけれど。」
「では、先々で届けられていたカードもそのためですか?」
里桜は少し笑って見せた。本当はそこまでは言われていない。これは天馬の件の意趣返しだ。まさか、‘早く会いたい’や‘早く戻れ’と書いた直筆のカードを隣国の王太子に見られるとは思ってもいなかろう。
「カルタビアーノ、マルサーノ。侍女を離せ。」
リナは拘束されていた手をほどかれ、解放される。里桜は小走りにリナの元へ近づく。
「リナ、怪我していない?大丈夫?」
「私は何ともございません。申訳ありません。私が不甲斐なく。」
「そんなことないよ(だって…リナより随分大柄な騎士の顔、痣だらけだよ?)。」
ウルバーノは、里桜の渡したグローブをリュカへ返すと、何も言わず立ち上がった。
「アネーリオ、宮殿へ戻る。」
それだけ言うと、何事もなかった様に部屋から出て行った。
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