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牧草地の境界ははっきりとしたものではなかった。一か所に草が青々と茂っているかと思えば、点々と生えていたり、根だけがかろうじて残っているところもあった。パドルウィールがそれらを巻き込むたびにガリガリ、ミシミシと音を立て、機関士たちは不安そうな声をあげた。「嫌な音だ……。」ローダーもつぶやくように言った。
何度かそれを繰り返したあと、彼らは他の船の航跡を見つけた。一隻や二隻ではなく、たくさんの船がサンレザー号と同じ判断を下したようだ。やがて、それらは合流して大きな隊列となり、牧草地の境界に沿って進んでいた。
「すごい数だ。少なくとも二十隻はいるんじゃないか?」ローダーが呟いた。
「ああ。」頷きながら、ウィントは続けた。
「陸運業者を呼びに行く必要もないかもな……この様子じゃ、橋のこっち側に市場ができていてもおかしくないぞ。」
その時だった。突然、汽笛の音が響き渡り、一行は慌ててそちらを見る。
「すごい大きさだ……」ウィントが言った。
巨大な貨物船が、サンレザー号を跨ぐほどの影を落としていた。
「回避行動!」船長が号令をかける。両舷のパドルウィールがあらん限りの力で逆回転し、船が後退する。貨物船はサンレザー号の船首すれすれを通過していった。
「もっとよく見てろ!この野郎!」船長が貨物船に向かって怒鳴る。「船長、あれは……」船員のひとりが指差して叫んだ。「あの船、傾いてますよ……!」
確かにその船は、船首をこちらに向けていたものの、船尾は砂に埋もれていた。そして船体の中央あたりからは、黒煙が立ち昇っていたのだ。
「航陸術式の暴走か……?」ウィントが誰に言うともなく言った。
「いや、違うな。」ゼレが答えた。「何か特別なものを積んでいたんじゃないかな。船を捨てるわけにはいかなかったんだろう。」
「えっ、どうしてそんなことが分かるんです?」ウィントは不思議そうに言った。
「錨が降りてないし、機関を停めて魔力供給を絶った様子もない。暴走に対処しようとした痕跡が一つも無いんだ。それに人がまだ残っているからな……汽笛が鳴っただろう?」ゼレは答えた。彼は望遠鏡を取り出して、その船を覗き込んだ。
「それにしても、ひどい有様だ。」彼は顔をしかめる。「あんなに大量の荷物を積み込んで、何をやっていたんだ?」
貨物船は傾いたまま牧草地へしばらく突き進んだかと思うと、パドルウィールを草の根に絡めとられて完全に沈黙した。「座礁か。」船長が言うと、副長が言った。「おそらく、あのままでは助かりませんね。」
「積荷が気になるが……」船長が言った。「だが、今それを気にする必要はない。救助に当たるぞ。」その場で列をなしていた大小十数の船から、次々と人が降りていく。
「僕達も行こう。」そう言ってウイントは立ち上がったが、すぐにまた腰を落とした。
「どうしたんだ?行くんだろう。」ローダーが訊ねる。
「いや、ちょっと待ってくれ。」ウィントには何かが引っかかった。
あの船が大事なものを運んでいたとして、なぜ沈没しかけたりするんだ?あれほど大きくて頑丈な貨物船を海賊が狙うとは思えない。狙ったとして船を沈没させられるほどの力はないだろうし、あってもやらないだろう。むしろ船を我が物にしようとするはずだ。……考えられるのは、積み荷そのものに原因が──
一帯ににその音が轟き、空気が揺れた。
「爆発か?!」「いや違う……何だあれは。何なんだ……」船員たちが戸惑いの声をあげる。
貨物船の前半分が、跡形もなく弾け飛んだのだ。それにもかかわらず、そこには煤も爆炎もなかった。
「魔術だ。途轍もなく強力な……」ウィントは呆然とつぶやいた。魔法陣が発動した後にみられる特有の揺らめきが、そこにはあった。
*
魔術を戦いに持ち込む試みは古来から行われてきたが、それは例えば閃光による目くらましや、火炎の成形による火球の投射や火砲の暴発防止などだ。今まで発掘されてきた遺物も例外ではなく、言うなれば魔術自体は補助を行うものだった。少なくとも、ウィントはそのように教えられてきた。
しかし、先ほど目の前で起きた現象は、彼の理解の範囲を超えていた。だが実際に、貨物船の半分を吹き飛ばしたのは魔術そのものだった。単純だが、あり得ない程強力なものだった。
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