もしも『竜の勇者』を召喚したと思ったら『竜の魔王』だったら。~悪竜王が異世界で好き放題する話~【竜の勇者の転移譚】

斑世

第1話 竜の勇者、転移す【1/2】または「紺碧の空に、彼の星は再び輝く」

「おお、竜の勇者よ! どうか光よりでて我らが祈りを聞き届けたまえ!」


 召喚の儀式に使われたであろう魔法陣。

 儀式に使われ、役目を終えた後でもなお、強力な魔力の残滓を放つ魔道具。


 光の柱の中から、その美丈夫は歩み出る。


「ああ、まさしくその身は……ん?」

 宗教組織の指導者であろうか、魔法陣の前で両手を掲げる男を周囲の者は大司祭と呼んでいる。いかにも俗っぽい黄金の装飾に身を固めた肥満体の男は、光の柱より現れた存在に対して、少しばかり下卑げびた目を向けた。


 この世界には、『竜の力』が存在する。竜族魔法、再生力、敏捷性、膂力りょりょく、竜眼、そのほかさまざまな『竜族がもつ力』のことだ。

 いずれかの『竜の力』を得た『竜の勇者』を召喚し、この世界の恐るべき脅威に対処してもらう。

 対処後は、荒廃した地域に勇者を迎え入れて現地民と血を混じらせ、『竜の勇者の一族』によって復興・繁栄してもらう。

 新たな技術や血筋が生まれ、魔法も技術も、おおよそ人類文明に属するすべてが進歩する。

 これは、そういった儀式だ。

 その性質上、『竜の勇者』は若者である。

 この世界を創造せし女神が、別の世界で不運な死を遂げた少年少女の魂を引き取り、肉体と力を与えて現世に降臨させる。

 この儀式は、この世界とこの世界に生きる人類との間に成された取り決めなのだ。


 これほど大がかりな儀式を実行するには、女神を崇拝する聖光教会のなかでも、飛び切りの高位司祭の祈祷術が求められる。

 信じられないほど高価な魔道具も使い潰す。

 そうやって、湯水のように資産と資源を使ってようやく完成する儀式だった。


 その儀式の果てにようやく現れた勇者を、大司祭は値踏みする。

 糸杉いとすぎのように高く長く伸びた体躯、戦士のごとき強壮な肩幅、魔術師のごときあふれる魔力。

 ここまでは問題ない。


 両肩は不自然に盛り上がり、彼の目は蛇のような狡猾さを備えている。

 そして何よりも、大司祭が疑念を抱いたのは勇者の年齢であった。


 どこからどう見ても50代。どんなに若く見積もっても40代後半よりも高齢なのは間違いあるまい。

 男にしては長めの黒髪は、肩まで届くほどだ。夜の闇よりも黒く美しいその髪には、すでに白いものが束となって混じっている。とはいえその白髪は、さながら白銀。漆黒の闇に映える星のようであった。

 整った目鼻に少し大きめの口。若い時分はさぞかし美男子として持てはやされたに違いあるまい。だが今は、「若い時分」からはしばらく時が過ぎ、人生の最盛期は過ぎ去ったように思える。

 目じりと額に深く刻まれた皺は、彼の者が歩んできた人生が平坦でなかったことを物語っていた。


『竜の勇者』召喚の儀式で呼び出されるのは大抵、10代の若者だ。

 竜の力を得た10代の男女。

 純粋でけがれを知らぬ少年少女でなければ、利用価値がない。


 隷属魔法で支配しても、あまりにも旨味が少なすぎる。王国の危機にのみ特別に執り行う「召喚儀式」を使って私兵を増やし、派閥争いに利用するという作戦が台無しだ。

 大司祭はこれまでも、危機が起こったと針小棒大に騒ぎ立て、小事を大事にし、神の秘儀を濫用してきた。

 聖光教会の教皇庁は抱き込んである。今回も、「魔王が現れたらしい」という眉唾ものの報告を誇大に吹聴し、ようやく教皇に重い腰を上げさせたのだった。

 魔王出現疑惑を使って、自派閥の『竜の勇者』を増やしたかった。

 長年の悩みの種、敵対派閥である神家かみのいえ派ににらみを効かせたい。

 できることなら、最近台頭してきた怪しげな新興派閥、聖十字派も潰しておきたい。

 この儀式のために、いったいどれほどの私財を投じたのか。

 すべては、優れた『竜の勇者』を私兵に引き入れられると思えばこそ。


 その成果が、このくたびれた中年の男一人とは。

 内心憤りつつ、大司祭は男にたずねる。


「し、失礼ですが……竜の勇者様で間違いないでしょうか?」


 中年の男は背筋を伸ばし、光の柱、すなわち召喚魔法陣より威風堂々と進み出る。


「うまく転移できたようだな。シヴァのやつめ、たばかりおって。の願い通りとはいかなんだが、まぁ合格といったところか」

 聞こえるか聞こえないかの声で、その中年の男はつぶやいた。

 はっきり聞こえた者は、この場にはいなかっただろう。


「勇者どの!!」

 大司祭は、勇者と思しき中年の男が呆けている様子を見て声を荒げる。

 召喚は失敗だ。少なくとも、若き『竜の勇者』を召喚し、右も左も分からぬうちに隷属魔法をかけ、私兵に組み入れるという試みは失敗だ。

 だが中年とはいえ、力をもった勇者であれば使い道はいくらでもある。

 竜の力があるならば、使い捨てても釣りが来るというものだ。


「まずは、竜の勇者である“しるし”をお見せくだされ!

 女神様よりたまわった、竜の力とそれを操るための印があるはず!」


 だがまずは、確認せねばなるまい。

 女神様の手違いか、儀式の失敗か。

 本当にこの男は、竜の力をもった勇者なのか。

 何かの間違いかもしれない。

 竜の勇者ではない、が召喚されたのかもしれない。

 まずは確認せねば。


「聞いておるのですか、勇……」


「聞こえている、下郎。口を慎め」

 瞬間、魔力のすじがほとばしると、大司祭は声を失った。しゃべることがかなわぬ。

 魔法だ。それも、かなり洗練された。


「まったく。余がシヴァに望んだ世界は、『しっかりと魔法があって、争いと暴力がある世界』だ」

「そのお粗末な支配魔法はなんだ? 少しもちゃんとしておらぬではないか。しっかりとした魔法がある世界と言ったはずだが。シヴァのやつめ、手を抜きおって」


 大司祭の顔は蒼ざめている。恐れからではない。声を失っただけでなく、呼吸ができないのだ。


しるししるし、か。これで良いか?」

 中年の男は、不自然に盛り上がった両肩から外套がいとうぎ取って見せた。

 蛇だ。

 右肩に一匹。

 左肩にも一匹。

 両肩に一匹ずつ、とぐろを巻いた蛇が乗っている。

 蛇がとぐろを解き伸び上がると、恐るべき事実が判明した。

 肩に蛇が乗っていたのではない。


 汝ら読者諸氏魂消たまげるのももっともなことである。

 その中年の男の肩からは、生きた蛇が生えていたのだ!

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