第22話 最高のパートナー

 少し時は戻る。


『テレポート』の魔法で、ロックとリルフィンは無事イーノの村に着いた。


「ありがとう、リルフィン。じゃあドラン! 頼む!!」

「パルルルル【まーかせて】」

「ピルルルル【やるぜー!】」

「プルルルル【飛んでー!】」

 トライギドラスの背に乗るロック。ここからネルエルは直ぐそこだ!


 フワリ。

 巨体に似合わない、ゆっくりとした上昇。ロックが背に乗る時、ドランは割りと優しい飛び方をする。


「ロック、行ってらっしゃい! 気をつけてね」


 見送った後、振り返るリルフィン。

 生まれ育った村が、今そこにある。


「まだ数ヶ月しか経ってないのに…。随分離れていたみたい」


 リルフィンはそのまま村に入った。

 懐かしい道、家々。街道沿いの店や山合に拡がる畑。村を出る事になったあの時、絶望と僅かばかりの希望があった。

「今の境遇が、信じられないな。…ロック。私、とても幸せだよ」

 歩きながら、気が付けば生家の前にいた。

 まだ、誰も住んでいない。生活感が無いからか、僅か数ヶ月で朽ち果てていきつつある。


「あの子は? まさか? リルフィン? リルフィンだよね!? あんた、帰ってきたのかい?」

「リンディおばさん! あぁ、久しぶりです」

 隣、と言っても結構離れてはいたが、世話になった隣人夫婦。ある意味母親代わりと言える女性リンディ。


 確か両親を失い、奴隷として村を出た筈。

 だが、今のリルフィンは、高級そうなレザーアーマーを身に付け、これまた高級品らしき短槍を背にしていた。

「リルフィン、その、今は…」

「私、今、冒険者やってるの! 『竜の息吹』ってパーティーで『レンジャー』として頑張っているの」

 満面の笑みを浮かべ、リンディに話すリルフィン。その笑顔に、リンディもリルフィンが幸せな生活をしている事に気付く。

「冒険者? あんたみたいな小さな子供が? でも、どうやら上手くいってるようだねぇ」

「うん」

 良かった。他人事とは言え、我が子の様に思えた隣人。幸福に暮らしているのがわかり、リンディも心から嬉しくなったのだった。


 それを見つめる冷たい羨望の眼差し。

 村の貧しさ、浅ましさを久し振りの里帰りで忘れていた? それとも、子供故のお人好し?

 子供が、高級品を身に付けている事の危険性を、リルフィンは全く感じていない。


 なので村の外れで、気が付いた時には大人達に囲まれていた。

「巧くやったらしいな、リルフィン。その歳で、もう男を垂らし込んだか? 肖りたいねぇ。まぁいいか。お蔭でこっちもウハウハになれるってもんだ。さぁ、リルフィン。痛い目に遭いたくなかったら、その高級品の短槍と鎧、金目のモノを置いていきな。別に裸になれとは言わねーよ。ヒャヒャヒャヒャ!」


 下品な笑い声をたてる男達。子供と思って、泣いて逃げ帰ると思っている。だが、リルフィンは戦争経験者だ。


 短槍を手にとって構えるリルフィン。


「ヒャヒャヒャヒャ、何の真似だ?」

「私、冒険者として魔物と戦ってきたの。この間は戦争も経験した。言っておくけど、私、Cランクの冒険者だから。オジサン達位なら一掃出来る。痛い目に遭いたくなかったら、このまま逃げ帰って!」

「ヒャヒャヒャヒャ! 随分ハッタリが巧くなったな、リルフィン。ヒーヒーヒヒ。もう一度言うぞ」

「もう一度言います。死にたくなければ失せなさい!」


 男達はキレた。

「ふざけんなあー!」


 短槍の刃ではなく、柄の部分で全員を叩きのめすのに、それほど時間はかからなかった。

 笑い嘲けていた首謀格の男は、震えて股間から生温かいモノが溢れ出ている。

「ひっ、ヒィイ。わ、悪かった。た、助けてくれ。な、リルフィン。ヒヒッ、し、知らぬ仲でもないだろ? な?」


 チャキッ!


 答えず、無言で短槍の刃を向ける。

「ひ、ヒィイー」

「知らぬ仲? オジサン、誰? 確かに同郷の村の出身だとは思うけど」

「それがわかってんなら充分だろ? な、頼むよ」

 無言で短槍の刃を男の喉元へ突き付ける。

「お、おい、頼むよ。リルフィン!」

「気安く呼ばないで! もう、次は無いから。行ってください!」


 短槍の刃が引かれ、喉元にかけられていたプレッシャーが無くなる。男は一目散に逃げ去っていく。また、 叩きのめされた男達も、ヨロヨロと立ち上り逃げていく。それを見届け、リルフィンは短槍を背に戻した。


「中心部、店にでも戻った方がいいわね。ロック、待ってないといけないし」


 村外れから中心部分へ戻るリルフィン。



「凄い。何て強く、美しい娘だ。決めた! あの娘を私のモノにする。獣人だから妾も無理か? そう、うん、ペットだな。フフン、中々愛らしいペットになる。可愛がってあげるよ、ウフフ」

 街外れの乱闘を、見ていた男。明らかに貴族という身なり。歳は成人したてと言う処か?

 リルフィンを見つめる、無邪気な微笑み。



 一方、ネルエルの街では、ロックの作った特効薬で子供達の熱が下がり赤斑が消え、臭い体液が無くなっていた。特効薬の効き目が実証されたのである。


「こんな奇跡…、ありがとう。本当にありがとう! 子供達が、この街の未来が救われたわ」

「安楽死や焼き払いが無くて良かったです」

 そう言うロックの声は、とてもホッとした思いがありありと出ていた。

「本当にね。そんな悲劇はごめんだわ」

 同意するシーマ。彼女は、ロックが、その悲劇の村の出だと知らなかった。


「ネズミが増えた原因。ネズミが街中に出て来た要因。まさかネズミが『赤斑病』の元だなんて…」


 推測と断ったものの、ロックが原因を特定してみせた事に感謝するシーマ。確かに街中でネズミを見かける様になった。

 魔物と違い、下水道や倉庫の隅を走るネズミを気にする者はほとんどいない。只のネズミならば、スライムにさえ食われてしまう。動物と魔物の間には純然たる差があるのだ。


「街中の隅とかに罠を仕掛けて駆除するとして、何故増えたか? 何故街中に出て来たか? ですよね。地下水道がどうかなっているのか?」

「さぁ? 前の点検でも、おかしな所はなさそうですけど」

 街の管理役人達が、直ぐ様答える。

「点検っていつ? 地下水道を隅々まで見たのですか?」

 ロックの、というよりは子供の素朴な疑問と言った方が良さそうな問いに、今度は直ぐ様答えられない役人。

「これは…、ギルドから依頼するわ。『地下水道の点検、確認』。念のためDランク以上で。明日になれば、病気が完治したか確認は出来るけど、原因追求もあるし、街の封鎖は引き続きね。後、広場で待機してくれているトライギドラスにお礼? 何かエサでもあげたいけど?」


 この間、ドランは、街の真ん中の広場で寝ていた。下手すれば国すら滅ぼせる魔物の、無防備なぐうたらした姿は、街中を唖然とさせてしまったのだった。


「嬉しいですが、彼奴メチャクチャ食べますよ。『モンスターハウス』経由で森に帰しますから大丈夫です。多分『飛竜の谷』辺りに行って、何かかしら食べると思いますので」

 ロックは、そう言うと、それを実行するべく広場へとギルドを出ていった。


 やがて、空間に帰っていくトライギドラス。


「呼べば、 また来てくれますから」


 3つ首竜を足代わりに使う少年。

 国を滅ぼせる天災級の魔物も、只の従魔でしかないという証。


「じゃあ僕も地下水道に入ります。どの辺りに入ればいいですか?」

「ありがとう、ロック君。それじゃ、この北のブロック、この水道入口からお願い出来る? 実は最初の患者が出たのが、ここのブロックなのよ」

「わかりました」

 こうして、街を各ブロックに分け、その近くから郊外へと流れる地下水道に入って調べる事になった。



「おい、ここのご領主のご子息様が、お前をお呼びだ。一緒に来てもらおうか?」

 村の中心部。酒場とまではいかないが、それなりの食事が出来る店に入り、軽い食事をとっていたリルフィンは、見るからに貴族の衛士という姿の騎士に呼び掛けられた。

「ご領主のご子息様? ですか? あの、お会いした事はありませんが、何の御用でしょうか?」

 全く心当たりがなかったが、貴族相手だと思い礼を失わない程度の問いを返すリルフィン。ミンザ主義ではなかったが、平民に反問されたと思い衛士は不快感を露にした。

「平民が何故問い返す! お前達は只『わかりました』と従えばいいのだ!!」

『獣人が』ではなく『平民が』という怒り方に、それでも多少ホッとするリルフィン。怒ってはいるものの反問に対してであり、自分の態度や口調が礼を失っていると思われていない事に、少し安心していた。

 確かに口調は荒いが、衛士は剣も抜いていなければ、自分を無理矢理立たそうともしていない。少なくとも人種差別という点では彼は公平だった。

 ほぼ食事を終えていたリルフィンは、食事代を皿の横に置くと立ち上がる。

「まいど」

「で、どちらに行けば、よろしいのでしょうか」

「うむ。ついて来い」


 衛士についていくと、やがて役場…というより役人の詰所にたどり着く。待てなかったのか、そのご領主のご子息様は入口に立っていた。

 衛士は立ち止まり、

「ザイハ様、連れて参りました」

 そう言うと横に控える形になる。リルフィンも跪き礼をとる形になった。

「呼び出してすまないね。君の名は?」

「リルフィンと言います。あの、ご子息様がお呼びと伺いました」

「あぁ。単刀直入に言おう。君が欲しい」

 跪いたまま、固まるリルフィン。

「私を、でございますか? あの、私はご子息様とお会いした事もございませんが?」

「うん、先程かな。君がゴロツキ共に囲まれていて、あっという間に叩きのめしていたね。手を貸す間もなかった。その強く、美しい姿に惚れた、と言っていいかな。確かに、君が獣人である以上正室はおろか妾も難しい。表向き上は愛玩動物扱いになってしまうが、決してその様な扱いはしない!」

 貴族らしからぬ正直なプロポーズ。嬉しく、好感を持ってしまう。だからこそ、自分も正直にはっきり言わなければ!

「あの、ありがとうございます。お気持ち、とても嬉しく思います。ですが…」

 リルフィンは己の左手を見せる。

 左手薬指に煌めく、銀色の指輪を。


 この世界 ~ ルーセリアでも、左手にはめる指輪には意味がある。薬指ならば婚約、或いは結婚指輪だ。これは地球のしきたりと変わらず、ロックも戸惑う事はなかった。

 成人していないリルフィンが、結婚しているというのは誰も思わないだろう。だが、誕生直後に許嫁が決められる事は珍しくもない為、幼少の者が左手薬指に婚姻契約の指輪をはめているのは、よく有る事だ。


「お嫁さんになって」

 そう言われ喜んで頷いた時、ロックは、この指輪を左手薬指にはめてくれた。魔法発動体の銀色のシンプルな指輪。それでもリルフィンには、どんな装飾や宝石がついているものよりも価値のある、美しい指輪に見えたのだった。


「それは…」

 まさか左手薬指に指輪をはめているとは? それを見落とす程有頂天に舞い上がっていた?

「私には将来を誓った者がおります。彼と共に暮らし、事実婚状態になっています。貴方様のご好意、とても嬉しく思いますが、私等よりもっと素晴らしき女性が、お側に来られると思います」


「フフ、フ、アハハハ。この、この私が? ゼルデーノス子爵家次期当主たるザイハ=ゼルデーノスが獣人の平民に振られた? 言った筈だよ。君が欲しい、と」

 まるで人が変わったかのように言い放つザイハ。

 こっちが素なのか? あの好感が持てた態度は、只の振りだったのか? リルフィンは驚くと同時に、ちょっと悲しい気持ちになってしまう。

「それとも君の想い人は、高位の貴族なのかな? その様な筈は無いな。君は獣人なのだから!」

 どんどん好感度が下がっていく。獣人は貴族の相手にならない、とはっきり言っているようなものだ。

『いや、それでも純粋に私が欲しいの?』

 どちらにしろ、自分の気持ちを全く考慮する気も無さげな傲慢な貴族に、従う気などこれっぽっちも無い。


「私の夫たる者は、やはり平民です。でも、私達はアゥゴー・ギルドの冒険者です。アゥゴー領主、アルナーグ辺境伯の指名依頼を受ける処にもおります」

「ほう。辺境伯には従えても子爵家には無理と? 中々良い度胸をしているよ。躾甲斐がありそうだな」

 最早黒い欲望を隠そうともしないザイハ。

 礼をとる必要無し! リルフィンは立ち上がり、背の短槍を構える。

「私に刃を向ける? 貴族に、ここまで反抗するか? 躾処ではすまないな!」

 また、ザイハは剣を抜いていない。だが、衛士は剣を向け回りを囲んでいる。

「これでも、修羅場は何度も抜けています。お貴族様は、どうやら実戦経験は無いようですね」

「反抗のみならず愚弄までするか? 残念だよ。君が欲しかったが、まぁ剥製で我慢しようか」

 最早、人と扱ってもらえていない。

「本当に残念です。貴族らしからぬ好感持てる方と思いましたのに。でも、そろそろ彼の仲間が来た様です。もう一度言います。私達は魔物と戦い、戦争にも行っています。アゥゴー・ギルドの冒険者の実力は、先日の戦争でも実証されていると思います」

 微笑みを浮かべ短槍を構えるリルフィンに、回りを囲む衛士は少しビビり始める。

 ゼルデーノス子爵家は『宰相派』だ。

 前回の戦争は全くノータッチであり、ザイハは勿論、衛士達も実戦経験は無い。

「ザ、ザイハ様?」

「ハッタリだ! 見ろ! 何処に仲間等いる!? 冒険者の、アゥゴー冒険者の実力だぁ? 何処まで、何処まで我々を愚弄する気だ!?」


「おります。リルフィン様に手を出されるおつもりならば、我々ロック様の従魔が黙ってはいませんよ」


 ザイハの後ろ、詰所の玄関前に姿を現すナイツスライム。

「チッチッチッ」

「ピッピッピッ」

 空を舞う2頭の鳥型魔物。


「な!? テイマーなのか? くっ! たかがスライム如き!」

「消えたまま、皆さんを斬り捨てて良かったのですよ? 私がその気なら、とっくに死んでいる事がわからないのですか?」

 言われて気付き、怯える衛士達。ザイハも思いもよらない言葉に、背筋が凍り付いてしまう。

「ありがとう、スライ。私はテイマーではなくレンジャーです。この子達は私の想い人の従魔達。スライで、ナイツスライムで良かったですね。この子が1番理知的です。直ぐに貴方達を襲わなかったのだから」

「何だと?」

「最初に来たのがドラン、トライギドラスならば、この村毎消しとんでますよ?」


 噂に思い当たり、歯の根が合わない程震え出すザイハ。衛士達もへたり込んでしまう。


 国をも滅ぼせる天災級の従魔を持つテイマーの噂。

 アゥゴーの冒険者。アルナーグ辺境伯と近しいという事で、何故思い浮かばなかったのか?ここで初めて、自分達が誰にケンカを売ったのか? ザイハ達は思い知ったのである。


「わ、わ、私は、貴女が、貴女に惚れて、貴女が欲しくて、その…」

「ザイハ様。貴方の、最初の好意的なお言葉だけ、この胸に留めておきます」

「そ、それは…、彼のテイマーには黙っていてくれると、そう…」

 震えながら尋ねるザイハ。余程ロックの怒りは買いたく無いようだ。

「残念ですが、頭上の鳥の灰色の方。レトパトの見聞きした事は全て主に伝わります。貴方がリルフィン様に何をしたか、何と言ったか、全て見えて聞こえています。そして、リルフィン様が、最後に何と言われたか、もです」

 自分の言動は全て筒抜けだった。絶望に苛まれるザイハ。だが、最後に微かな希望をナイツスライムが言った?

「全て…、最後に…、あ……」

「このまま去られる事が1番だと思います。リルフィン様がそう望まれるので、我々も消えましょう」


 まるで風景に、溶け込むかの如く消えていくナイツスライム。気がつけば、頭上の鳥達も姿が見えなくなっている。


 見逃してもらえた。へたり込んでいた衛士達も詰所に入っていく。


「それでは。もうお目にかかる事はございません」


 再度跪くと、一礼し詰所から出ていくリルフィン。


「ありがとう、スライ。処で何時から彼処にいたの?」

「勿論最初からです。私はロック様の命で、最初から貴女に張り付いていました。レツやキーノも同じです」

「ロック、ひょっとして心配性?」

「さぁ、どうでしょう。確かに私は付き合い長いですが、ここまで慌てふためくロック様を見たのは初めてかもしれないですね」


 スライは消えているので、まるでリルフィンが独り言を言っているかの様だ。


「慌てって…。もうロックったら。フフ。貴方達を護衛につけてくれた事、本当に感謝します。ありがとう、ロック、スライ、レツ、キーノ」


 やっぱり私、世界一幸せな女だよね。

 ボン!

 勝手に瞬間ボイラーになってしまったリルフィンだった。



 地下水道に入ったロック達は、そこで悪意の実験の跡を見つけていた。


「誰かが、高エネルギーの餌をばら蒔いている。ネズミが増えたのは、この餌のせいか? 」

 ネズミの食い残し。不思議な果実を見つけたロックは、それが人為的に栄養分を高められたものだという事に気付いていた。

「でも、何の為に?」


 結局、ロックは再び悪意の実験、何者かの陰謀に巻き込まれたのである。

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