【狂える飼い狗】

6

「ぎゃああああああああああっ!?」


 鼈甲の悲鳴が食堂の窓を震わせる。絹を裂いたような、という表現があるが、彼女の声はそんな可愛らしいものではなく普通に音波兵器じみていた。

 乗り込んで来た先頭の男、黒狗は苦笑して肩を竦める。


「おいおい俺達が来てるのはわかってただろう?なにを今更そんなに怯えているんだね」


「なにっテ、オマ、は、は、はだ……」


「ておまは?」


 さも理解出来ないと言いたげな顔で後ろに控えるふたりへ視線を向ける黒狗と、彼からスッと視線を外す彼の部下達。

 付き従う異形のふたり、男女、剣鍵ジィェンジィェン杖錠ヂャンディンは周りを警戒してますよと言わんばかりに主を無視したが、ふたりとも口元が引きつっている。


「なんでカチコミに全裸で来テんのよおおおオ!?」


 その言葉に鼈甲の部下が声もなく繰り返し首を縦に振る。

 そんな有様に黒狗はわざとらしいほどに不思議そうな顔で笑みを浮かべるばかりだ。


「なんでと言われても俺はいつも全裸だが?」


「はぁァ!? 何言っテんのかわかんないんだけド!! 露出狂なノ!?」


「いやいや、俺は【大奥様】の犬だからね。全裸はむしろフォーマルと言えよう。それともなんだい、君はわんちゃんに服を着せる派なのかね」


「犬っテそういうんじゃないでショ!!」


「少なくとも私は着せない派だ。だから着ていないな」


「オマエの趣味なんか聞いテないヨ!」


「まあそんな話はどうでも…ああ、もしかして」


 黒狗はその美しい顔を、しかしわざとにしても器用なほど低劣かつ下品に歪ませた。


「娼館の女将ともあろう者が男の裸は苦手な初心だったのかな? だとしたら俺としたことが、いやいや、お嬢ちゃんに対する気遣いが足りなかったようだ」


 黒狗がくいっくいっと切れの良い腰つきで真ん中にぶら下がっているモノを揺らした。

 そのふざけた態度に鼈甲はギリギリと本当に音が鳴るほど歯を噛み締めて睨みつける。


「ヘ、黒狗ヘイゴウは二丁拳銃だっテ聞いテタけど、立派な三丁めをお持ちのようネ」


 しかしそんな苦し紛れに捻りだしたような悪態も彼にとっては負け犬の遠吠えでしかない。実際問題としてふたりの間で交渉レベルの格付けは既に終わっていた。

 舐められては黒社会ではやっていけない。少なくとも言葉のやり取りに置いて完全にペースを支配された鼈甲は既に敗北を喫していると言って過言ではなく、これを覆せるものはもはや暴力だけだ。


「くはは、もちろんコイツも撃てるとも。必要ならいつでもね」


 言葉に従うように、ゆっくりと、しかし力強くソレが勃ち上がる。娼館の元締めであると同時に娼婦達の指南役でもある彼にとっておのれおとこを意のままに操るなど造作もない。


「興味があるなら試してみるかい?」


「……オマエ、イカれテるヨ」


 低く囁く黒狗に対して絞りだすように嫌悪と憎悪を吐き出した鼈甲。

 それを聞いた彼は酷くつまらないものを見てしまったような白けた目と、聞き分けのない子供を諭すような優しい声を彼女へと返した。


「おいおい勘弁してくれ。俺たちはイカレ具合を競い合う天下の鼻つまみ者だぞ? 君のほうこそ、この期に及んでまだマトモを気取りたいなんて興ざめだな。だったらこんな仕事からはさっさと足を洗っておくべきだったんだ」

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