第2話 清水の舞台

「待てこら!逃がすんじゃねぇぞ!」


 1187年6月、春が終わり夏へと入ったこの季節。某は北白川から清水寺へあるものを取りに行った。


「よしそのまま本堂へ追い込め、終わりだ!」


 とある以来で清水に足を運び、ついでに欲しかったものを手に入れたが、運悪く京童達に絡まれてしまった。

 そいつらから本堂まで逃げた。

 本道の端はかの有名なあの舞台だ。

 

「いたしかたない!」


 某は意を決するように舞台の欄干に向かって走ると欄干に足をかけて、そのまま目の前の木に向かって飛んだ。


「「「「「「はぁ!!!???」」」」」」


 京童部達は皆で呼吸を合わせるかのように声を上げた。


 ガッ、ザッ、ザザザザッ・・・・ザッ


 某は木を伝って無事着地した。


「あぁ、いてぇ・・・直垂(ひたたれ)がぼろぼろになってしまった!」


 京童達が舞台から皆同じ表情で整列して、こちらを見下ろしていた。


「ありぁ、人間か?」


「いや・・・あれは多分・・・天狗だ」


 京童達が信じられないように口を開いている。

 奴らは無視して家へ帰ろう。


 あれから10年が立った。某は鞍馬天狗の弟子となり、兵法を教えて貰った。

 そして某は師匠が作り上げた天狗党の仲間となり、とある武士のもとで諜報や戦などで主の力となっていた。


 そして今はその主から離れて仲間を使って都で生きている。


 師匠が教えてくれた。

 世の中を知るには諜報が大事だと。

 師匠は天狗党を使って世の中の情報を絶えず調べている。某は天狗党のおかげでかなりの情報を知っている。


 我らは表向き貴族連中の用心棒をしている。

 その裏で誰かを探して欲しい、あるいは誰かの秘密を知りたい等の依頼も受けたりする。

 時には誰かを殺して欲しいと依頼する者まで現れる。


 無論、報酬はちゃんといただいている。そのせいで、時に我らを”悪党”と呼ぶ者もいる。


 それが生業ならば致し方ない。

 師匠から兵法を学んだが、某は戦で出世できる器ではない。身の丈に合わぬ事はしないように生きてきた。


 だが、某の最も大切なことは北白川であるお方を守っていることだ。


 巳(み)の刻。


「この姿は、サクヤ様が驚くだろうな・・・」


 家は堀と塀に囲まれ門をくぐったら左側には厩(うまや)がある。

 立派ではあるが、貴族の寝殿造りに比べれば庶民の家が豪華になった程度の屋敷た。


「光(ひかる)どのぉ~~~~~~~~~~っお!!!」


 家に入ろうとしたら後ろから僧侶が全力で走ってきた。


「無学殿か」


 坊主に変装した仲間の無学殿が険しい表情で突進してくる姿は身構えてしまう。


「坊主に変装して平泉から都まで来たらダメです!武士共らに弓の的にされそうになるわ、盗賊に襲われそうになるわ坊主の一人旅は絶対あきまへ~~~~~~っん!!!」


 坊主姿の無学殿は一言で言えば”無敵のバカ”だ。

 この無敵のバカも天狗党の仲間だ。


 情報収集において無学殿は異常なほど顔が聞いていた。無学殿が坊主になるまえの家業が役に立っていた。


「あっあと3代目はもう命がありません!4代目の時が来ましたな!」


「そうか・・・4代目になるか・・・」


 3代目から4代目へとうつる。

 3代目は60歳をとうに越えているのでそろそろそうなるだろうとは思っていた。

 無学の報せを聞いて思案しながら母屋へ向かった。


「まぁ光さま、そのお姿は一体どうなされたのですか!?」


 今は光と名乗っている。

 某が母屋に入ると歳がいくつか分からないくらい綺麗な美魔女がやっぱりその姿に突っ込んだ。


「巫(かんなぎ)様、まぁこれはちょっとありまして・・・サクヤ様は?」


「あの子なら厨(くりや)で食事を作っていますよ」


 巫様がそう言うので某は無学と一緒に厨に回った。


 ふわり・・・・・・さっ・・・・・・。


 厨に行くと料理を作っている傍ら、朝顔が描かれた白い小袖(こそで)を着た女性が厨で扇子を持って舞っていた。


 空気を撫でるかのように柔らかに動く両腕。

 美しい立ち姿。

 光に反射する黒髪、整えられたその顔にある柔らかな唇。

 宝石のように輝く澄んだ瞳。


 綺麗だ。


 舞いを知らない自分でも、その舞いを見ていると何か温かいものに包まれるかのような錯覚を覚える。


 そして一部の者がそのサクヤ様を噂している。

 悪い噂では無いが迷惑な噂だ。


「あっ光さま、あ、わ・・・すごいお姿」


「いやぁ、まぁサクヤ様、ただいま戻りました」


 舞いに夢中になり、某に気づかなかったサクヤ様だったが気づくと舞いを止めてやっぱりこの姿に突っ込んだ。


「あ・・・えっと、お着替えを済ませてください。すぐに朝食をご用意いたしますので!」


「サクヤ様の大根汁をいただきに来ました~!」


 無学殿が元気よくサクヤ様の飯を食べたいと言った。脳天気な笑顔で無遠慮に言いやがって。


「はい、無学さまもどうぞご一緒に朝食を」


 嫌な顔をせずに、サクヤ様は返事した。それは純粋にして危なっかしい優しさだ。


「では、着替えて・・・サクヤ様の朝飯をいただくとしましょう」


 離れで直垂を着替えた。


「これは、後から渡そう」


 清水寺で取ってきた物をサクヤ様に渡したいのだが、今はサクヤさまの朝食が食べたい。


 ズズッ・・・・ムシャムシャ・・・・。


「いつも同じような物ですみません」


「いえ、いつもおいしくいただいております」


 玄米、干し魚、昆布と煮ゴボウ、大根汁、梅干し。


 料理ならば自分も作った事はある。

 だが、自分とサクヤさまでは同じ味でも質が全く違う。サクヤ様は下ごしらえを丁寧にやっている。

 故に上品な味を感じることが出来た。


「ごちそうさまです」


「あの・・・光さまにお頼みしたいことが・・・」


「お頼みですか?」


 食事を済ます頃合いを見計らうようにサクヤ様が申し訳なさそうにお願いをしてきた。


「チエさんから大切なものを奪っている者を探して欲しいのです」


 サクヤ様からの依頼だ。

 この都には某の仲間がたくさんいて、その仲間がお得意様から依頼を持ってきている。

 その常連客にサクヤ様がいる。


「光さまにご迷惑かもしれません・・・ですが、チエさんはわたくしを色々助けていただいた恩のある方です・・・・どうかお願いします!」


 サクヤ様は優しすぎる。それ故、困った人がいたら絶対助けたいという強い心がある。

 その心はある意味子供とも言えるが、だが同時にその心を守りたいと思ってしまう。


「まぁ、無学もおりますれば」


 サクヤ様の依頼は断れん。

 報酬は美味しい朝飯ということで。


「ありがとうございます!」


 最高の笑顔を見せてくれた。

 思わず照れてしまう。


「と言うわけで無学殿、あなたにも協力をお願いしたい」


「へい、へい~~~!」


 無学殿も脳天気な返事で承諾した。


「で、そのチエさんの大切なものを奪った者とは?」


*        *        *


「赤ん坊か・・・・」


 嫌な頼みが来た。旦那のたすけが朝早く赤ん坊と共に姿を消してしまったらしい。

 慌てたチエさんは1人であちこち探し回ったが、広い都で1人で人を探すなど不可能。

 

 時が刻々と過ぎていき、ついに普段強気のチエさんが泣きながらサクヤ様にお願いしたとのこと。


「無学、お前は右京の方で探してくれ」


 無学には右京で探させて某は左京の信濃小路、都の端から六波羅へと向かって歩いていた。

 というのも、六波羅探題でチエさんは雑仕女(ぞうしめ)を勤め、たすけは仕丁(しちょう)だったからだ。


「光さま~」


「おお、いち!」


 空から翼の生えた山伏の姿をした少女が飛んできた。


 子天狗のいちだ。

 師匠、鞍馬天狗のもとで立派な天狗になるべく修行を積む幼い天狗だ。


「たすけさんという人と赤ん坊のことなんですが・・・」


「いちの耳にも入っていたか!?」


「うん!」


 いちはくりくりお目々でおおきく頷いた。


 妖怪(あやかし)達がすむ世界がある。彼らは人間が異界と呼んでいる世界の住人だ。


 妖怪には二種類いる。

 妖怪から生まれた生まれついての妖怪。

 人間、或いはこの世の生き物が厳しい修行を積むか或いは強い怨念の後、妖怪へと生まれ変わる2種類がいる。


 神隠しという言葉がある。

 妖怪が人間をこの世から異界へと引き入れて起きる現象だ。

 彼らはそうやって人間に影響を及ぼす。


 橋・坂・峠・辻が異界への入り口とされているが、隠された入り口はこれ以外にもたくさんある。

 神隠しに遭った人間は妖怪の住処である異界へと行く。


「・・・まさか、奴が絡んでいるのか?」


 不安が襲ってきた。


 いちの報せは師匠からの報せ。

 師匠からという事は奴に関する事かも知れない。


「まだそうなのかは鞍馬さまも分からないのですが、午(うま)の刻くらいに、たすけさんが真っ青になりながら赤ん坊抱いて清水寺まで走っていったそうです・・・どこぞの妖怪が関わっているとかで」


「・・・それは・・・怖いな」


 サクヤ様から聞いたときは、人間だけの問題だと思っていたが、妖怪が絡んでくるとは。


 人間界の起きる出来事に妖怪が絡んでいるのは良くあることだ。

 しかし、いちが知らせてくるものには、奴が絡んでいるものが多い。


「あたいが協力してあげる!」


「うわ、太郎坊殿!?」


 突然真横から太郎坊殿が現れた。

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