破滅の聖女

コモド モネ

召喚

 『聖女召喚』

なんてありえない言葉だろうか。そもそも、この世界に今時『聖女』?聖所、政所、せい……。何かの聞き間違え家と思って頭を捻らせつつ、周りを見て悟った。これが最近流行りの『異世界ほにゃらら』。

ああそうだ、『転生』だと思い出してまた頭を捻る。『転生』という言葉はここではそぐわない。何故なら私たちは死んでいない。彼らによると、『召喚』されてしまったのだ。 

 「なんということだ。聖女ではない者まえ共に召喚されてしまうとは!」

「恐らく聖女と、そうでない者が手を取り合っていたせいでしょう」

「ではどちらが聖女なのだ」

「申し訳ございません。それは我々では判別が……」

これまた何とも間抜けで滑稽な話だろうか。自分たちが必要に応じて『召喚』とやらをしておいて、二人来てしまえばそのどちらが正しく召喚した人間か分からないなんて。

「しかしまあ……見た目で言えば……」

彼らの言葉と目つきを見て「ああ」と理解した。

どの世界に行っても『見目』は大事なようで、私の幼馴染である莉奈りなのような完璧な美貌と、方や根暗な容姿の私ではそれはもう視線は莉奈に集中するに決まっていた。

「七緒、どうなってるんだろう……私怖い」

小声で私にそう言う莉奈の手を握り返し、「大丈夫。私に任せて」と言う。

莉奈が聖女というなら、それは確かかもしれない。そして私は間違えというならそれで構わない。ついでに言えば、彼女のことはちやほやと甘やかし、このままここで平穏に暮らせるならそうしてあげて欲しい。そして悪いが私のことは元の世界に還してもらいたい。しかしどこかで読んだことがあるように、私は間違いであったにも関わらず還ることは出来なかった。

『召喚』しておきながら、還す方法がない、正確には分からないのだという。なんとも……。

 「その、何だかすみません」

「いえ、あなた方に謝罪されても仕方ないのでお気になさらず」

「ああでも何だか申し訳が立ちません。これは我々の勝手で行ったことなので」

「ええそれはまあ事実ですが」

昔から素直すぎると怒られることが多かったが、莉奈は「そこが七緒のいいところだと思うよ」と言っていた。あの子は優しい子だ。人が困っていたら放っておけない子。私と同じ素直すぎる子だったが、その言葉の節々には『労わり』と『優しさ』がいつだってにじみ出ていた。だから人から好かれたし、嫌われもした。私は後者だけだったから楽だったけど、両方持っているのはきっと大変だっただろう。

でもきっとここから嫌われるようなことはない。前者だけが彼女の包み込むなら、このままここで幸せになって欲しい。

「あの、ひとまず衣食住には困らないようにするようにと言われていますので、お好きに生活して頂いて構わないのですが、どのように致しますか?」

「好きに暮らしていいなら贅沢三昧がしたいですけど」

「ぜ、贅沢三昧……」

気のせいか、自分がこういう世界で言う『悪役』っぽくて少し笑えてしまう。

「でも、働かないとそれはそれで暇疲れしそうな気がするわ」

「は、はあ」

こういうのもよくある話だ。聖女だと言われた方が実は聖女じゃなくて、本来の聖女が普通に暮らしたり、恋をしていたら実はあなたが聖女ですって言われるパターン。でも悪いけれど、私は頼まれたって絶対そんなものやりたくない。そもそも、この世界に何の思いれもないのに、何故無駄な人助けをしないといけないのだ。

「どっか旅に出るのもいいかも」

「あ、すみません。それは出来ません」

「は?」

「あ、あの、すみません。聖女様が、あなたには傍にいて欲しいと望まれているということなので、帝国からは出ることが基本的にできません」

「……ああそういうこと。大丈夫、じゃあ莉奈に頼むから」

「頼むと言いましても……基本的にはお会いすることは難しいかと」

「……はぁ?」

もはや生まれたての子鹿のように震えるこの男に何を言っても無駄かもしれない。

「じゃあひとまず、郊外に一軒家。見張りなしで」

「あの、大変言いにくいのですが……」

「じゃあ言わないで」

泣きそうな顔をしているのを見ていると、本気で『悪役』が濃厚になってくる。

おかしい、話の流れ的に私が聖女だったにはならなさそうだ。

「嘘よ。そんなあからさまな態度しないでよ。傷つくわ」

「す、すみません。自分もまさかこんな目に」

「こんな目?」

「あ、あ、あ」

ある意味彼も素直すぎる。

「まあそうよね。私もまさか『こんな目』よ。ほんと、何が召喚よ。何が聖女よ。バカバカしくてほんと……」

そこまで口にして、ハラハラしていた彼を見て口を閉じた。

素直すぎるとしても、人をむやみやたらに傷つけたいと思ったことはない。

だからわがままはこれまでにしよう。代わりに明日から何をしてやろうか。

「あなたたちが還したいと思うくらい楽しませてもらうわね」

そう言ってほほ笑むと、彼は更に顔を青くした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る