第七話「魔法学②」

「ですが、よく思い返してほしいのです。仮説で私は魔力のことをなんと言いましたかな?」

「えーと、『魔力とは人の内か表面、またはその両方にあるもの、それを何らかの力を加えて飛ばすことによって魔法へと変化させられる』だっけか」

「その通りです。では、『ライト』の実験を行った結果から、その仮説に対してどのようなことが考えられますか?」

「うーん、まず最初の『魔力は人の内か表面、またはその両方にあるもの』の部分は、間違い……?」


「ほう? どうしてそう思われますかな?」

「ええと、まず僕が見えているのは人間だけじゃなくて全体的に靄がかっているから、見えているものは空気中にも存在しているということになるかな」

「そうですな。私は殿下との最初の会話で全体的に靄がかっていて、人間の周りが濃いという部分から、殿下の魔法が使えなくなったことと関連して、殿下の見えているものが魔力ではないかと連想しましたが、それが正しいとは言い切れない状況です」

「つまり仮説に沿って考えると、見えているものが魔力だとすると仮説が間違っていて『魔力とは人の内か表面、またはその両方にあり、空気中にも存在するもの』となり、もしくは仮説が正しくて見えているものが魔力ではない何かであるとなるっていうこと?」

「その通りです。もっと正確に言うのであれば、空気中以外にも存在する可能性があるということになりますが」


 なるほど。つまり今までは測定する方法が無かったために、魔力の存在する場所を人間と関わるところにしか限定できなかったから仮説ではそう設定するしかなかったということか。

 でも今回僕が見えているのが魔力である可能性が高く、それを考え直す必要が出てきたということだろう。


「では、次の『それを何らかの力を加えて飛ばすことによって魔法へと変化させられる』という箇所についてはどう考えられますかな?」

「多分その通りだと思う。指先で靄が濃くなって魔法が出てきたから、その靄が魔法の発動に関わっていることは間違いないかな。それが何らかの力が加えられて飛ばされているということも多分一致していると思う」

「そうですな。実際の魔法の発動の詳細な部分は分かりませんが、発動に関わっている可能性は高いかと思います。私の他の魔法を使った場合、他人の魔法の場合でも一致すれば、充分と言えるでしょうな」


 まあ確かにヴィクターの『ライト』だけでは言い切れないが、他の魔法でも同じ結果だった場合は大分信憑性が高まるだろう。

 やっていることは求めようとするものを分解して、分かっていることから答えを導きだし、より広く検証をしようというものだ。

 それを理解した途端、あるものを思い出した。


「『方法序説』か……」

「は? 『方法序説』?」

「あ、ごめん。なんでもないよ」


 『方法序説』とは、フランスの哲学者、ルネ・デカルトによって17世紀に書かれた本だ。

 なんでそんな本を知っているかというと、塾の先生に読めと言われたからであった。

 『方法序説』の中でデカルトは、真理を探る方法について書いている(1)。

 デカルトが言うには、真理を探るにあたって、まず絶対に正しいと思えるものから出発しないといけないらしい。

 デカルトの有名な言葉、「我思う、ゆえに我あり(Cogito ergo sum)」は、私は考えることができているから私は存在しているので、私が存在しているということは絶対に正しいということを言っているものなのだ。

 塾の先生はこれを読ませてどうしようというのだと思っていたが、まさかこんなところで活かすことになるとは思わなかった。

 なんか想像しているよりかは地味だけど、これもチートとは言えるのかな……?


「では、他の魔法をまずは試してみることにしましょうか」


 ヴィクターの声で実験が始まる。

 ヴィクターはまた魔力を指先に集め、詠唱を行った。


「『汝、小炎を我が求むるところへ与え給え。フレイム』」


 小さな炎が中空に現れる。

 果たして、白い靄はヴィクターの指先から炎へと延びていた。


「成功だよ!」


 思わず叫ぶ。

 やっぱり見えているものは魔力である可能性が高くなった。


「素晴らしいですな!」


 ヴィクターも興奮気味に反応する。

 そして、セーラに声をかけた。


「セーラ殿、『ライト』の魔法を使ってもらえますかな?」

「私ですか?」


 いきなり話を振られたセーラはきょとんとした顔でこちらを見てくる。

 僕はうなずき、魔法を使うよう促した。


「セーラの『ライト』を見たいんだ。お願い」

「……わかりました。『汝、小光を我が求むるところへ与え給え。ライト』」


 セーラの指先に光が灯る。

 ヴィクターの魔法とは少し色や明るさ、大きさが違うように見える。

 不思議だ。

 やはり何回見ても魔法は楽しい。

 僕はじっとセーラの作り出した光を見ていた。


「あの、ニコラ様。もうよろしいでしょうか?」

「あ、ごめん。ありがとう」


 名残惜しさを感じつつも、セーラが居心地悪そうにしていたのでやめさせる。

 そして、観察の結果をヴィクターに伝えた。


「同じように、靄はセーラの指から光に繋がっていたよ」

「おお、では実験は成功というわけですな!」

「うん。つまり僕が見えているのは魔力ということでいいのかな?」

「ええ。ただ仮説の最初の部分が食い違ってはいるので、人間にしか無い魔力の存在があることも考えられますが、それが見つかったときは今回見つけた魔力を『魔力α』とすることにしましょう」


 なるほど、こうやって分類がされていくのか。

 素直に合理的だと思えた。

 そして、他に気付いたこともヴィクターに伝えておく。


「そういえば、セーラの指からでていた魔力とヴィクターの指から出ていた魔力の量や速さが違うように見えたんだよね」

「ほう?」

「もしかしたら、それがセーラとヴィクターの魔法の違いの原因になっているかも、と思うんだけど」

「十分に考えられますな。次の研究内容がさっそく決まりましたな」


 こうしてヴィクターと僕の議論が進み、セーラも実験に付き合わされながら、いくつか分かったことがあった。


「まず今日の結論としては、『魔力は人間や動物、植物の表面か内部、またはその両方、そして空気中や水面などに存在し、何らかの力を加えて飛ばすことによって魔法へと変化させられる。人によって放出する魔力の量や速度は違い、それがそれぞれの魔法の違いに繋がっている』ということでよろしいですかな?」

「うん、結構色々試したね」

「私もこれほどまでに実験や議論をやったのは久しぶりですな」


 実際、もう日が暮れかかっている。

 これから夕食や風呂もあって、今日学んだことの復習の時間もある。

 切り上げるにはちょうどいいだろう。


「次は魔力が存在する場所に理由を付けられると良いですな」


 最後にまたつい考えたくなるようなことを言い残して、ヴィクターは帰っていった。



*注

1)この方法は演繹法であり、帰納法を選択することがよくある人文学・社会学などの文系の学問では絶対とは言い切れない方法だと批判されることもあるが、現在でも自然科学(理系の学問)では、概ねこの方法に基づいて研究が行われている。

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