第116話 人狼バルクス③
……勝った。
バルクスはその勝利に、内心小躍りしていた。
相手は自分たち、魔物連合の隊長に匹敵する強さを持つとされる、『人』の精鋭、【放浪者】。
数は少ないが、自分たち隊長より圧倒的に多いことは間違いない。
おまけにバルクスは、人狼という種続柄、直接戦闘能力と暗殺技術の両取りをしている。
そのため、純粋な戦闘型との直接戦闘では勝ち目は薄いと思われた。
相手の【双剣士】は純戦闘型。
最初、仮面――【放浪者】は仮面で判別する――を見たときは驚愕した。が、それと同時に安堵した。
純戦闘型の中でも注意が必要な存在であることに驚愕。
そして、魔法型でないことに安堵。
暗殺技術を持ち合わせていても、魔法で当たり一面を更地にされては、戦闘力は半減してしまうからだ。
だが、純戦闘型の中でも要注意の【双剣士】。
そんな【双剣士】相手にバルクスが勝利を掴むことができた要因は、半分は直接戦闘と暗殺を混ぜながら戦ったこと。
そしてもう半分は、運だ。
深く体を斬られた【双剣士】はゆっくりと地面に吸い込まれるかのように倒れ込む。
それを見届けたバルクスは、【双剣士】の亡骸に背を向け、都市を落とすために駆け出し――……
――背中に激痛と熱を感じた。
何が起きたのか。新手か?
周囲にはまだ部下が残っているため、新手という考えは否定したいところだったが、事実を確認をするために首を回し、自身の背中を見る。
そこには、炎を纏った短剣が刺さっていた。
おそらく、心臓をギリギリ貫かれている。
そしてバルクスに影がかかる。
そこには、剣を空高く振り上げた、死んだはずの【双剣士】が無傷の状態で立っていた。
仮面は外し、素顔が露わになっている。
傷はおろか、傷跡もついていない。いや、血の一滴もついていない。
バルクスはその瞳に魅せられていた。
赤……いや、紅だろうか?
薄笑いを浮かべるその【双剣士】の素顔に、バルクスは死を悟った。
ここまで接近されては、どうしようもない。それ以前に、心臓を貫かれたバルクスは、死を目前にしていた。
バルクスは首だけが後ろを向き、左目だけでこの光景を見ているのだ。
誰の目にも、この距離と体勢は絶望的だった。
バルクスは薄笑いを浮かべた。
そして、バルクスの頭は地面に落ちた。薄笑いを浮かべたまま。
……勝った。
俺はそう、確信した。
首を斬っても体は霧散せず、血が流れ出ている。
何より、斬ったときの感触、抵抗は紛れもなく本物だった。
「さて、と……
俺はバルクスの首を掴んで、都市へ向かって歩き出した。
あのとき、常人であればたしかに命を落とす。
だが、ターバは――寿命以外の死因を無視する――【不死】の加護を持つ。
都市の緊急事態と、魔物連合隊長との殺し合い。どちらの優先順位が高いか、ターバは判断しなかった。
速攻でバルクスを討ち取り、その
ターバはこの解決策を編み出した。だが、相手は隊長。速攻で終わらすのは難しいし、相手は直接戦闘だけを仕掛けてはこなかった。
直接戦闘と暗殺――影からの急所を狙った――の組み合わせ。
勝率はまったくの五分と五分。長時間の戦闘を強いられる。
だからこそターバは、切り札――加護の発動を決心した。
一度、致命傷を受け、自身の死を相手に確信させ、背を向けた瞬間に再生し、攻撃を加える。
バラバラにされていたら再生にかなりの時間を要していたが、深く斬られただけに留まり、再生は容易だった。
あとは斬られて少し時間を置き、片方の剣を短剣に変え、すぐにでも投げられるように握って準備完了。
バルクスが背を向けた瞬間、起き上がり、短剣を心臓目掛け投擲。
傷は半分ほどしか塞がっていなかったが、根性で無理やり起き上がった。
剣を両手で持ち、バルクスに近づき、袈裟斬りでバルクスの首を斬り落とし、戦闘は終了。
「いっつつ……」
死なないとはいえ、痛みはあるんだよな……。
覚醒の効果で痛覚は軽減されてはいるものの、致命傷はさすがに痛い。
加護が発覚してからは、再生速度を上げるために辛い修練も耐えてきた。おかげでかなり速くなった。
それでも、さっきのは本当に賭けだった。
まあ、間に合わなくても問題はなかった。
間に合わなかった場合、急いで都市に戻り、魔物どもを蹴散らす。
バルクスが都市にいたら、他の騎士や上位冒険者たちと倒せばよかった。
この場合、敵将を見逃したと取られてもおかしくはないが、敵前逃亡は――場合によるが――禁止されていない。
命が最優先の方針だ。
都市へ戻り、大声――拡声魔法の魔法具を使用して――で宣言する。
『お前たちの将、第十隊隊長、人狼バルクスはこの俺、【双剣士】が討ち取った!』
バルクスの
瞳は閉じたが、薄笑いは残った。
『争いを実行するもよし! 逃亡するのであれば、10分間は見逃してやる! さあ、選べ!!』
俺の体力はまだ有り余っている。
ここにいる魔物全員を殺し尽くすぐらい、朝飯前というものだ。
だが、魔物たちは逃げようとはしなかった。
戦闘か……と思ったところで、遥か彼方から、矢が飛んできた。
それは魔物たちの真ん中へ刺さった。
すると、
『魔物連合は直ちに撤退せよ。そして『人』に告ぐ。最後のチャンスを与える』
最後のチャンス? それだとまるで、まだまだ向こうには余裕があるかのような言い方だな。
今の状況こそ、総力戦じゃないのか? まだまだなのか?
『およそ3月後の8月1日。我らが選ばれし者どもが相手をする。最大の戦力をぶつけるがいい! それまで我らは、そちらから攻撃されない限り、危害を加えることは決してない』
選ばれし者ども……十中八九、隊長連中のことだろう。
それならそうと言えばいいもの……を……?
いや、まさか、隊長以外にもいるのか? まさか、連合全員が選ばれし者とか言ってくるのか?
『――場所は後日、知らせる。我、魔物連合盟主も楽しみにしている。精々、私を楽しませてくれ、諸君』
そう言い残すと、矢は崩れ落ちた。
それと同時に、魔物たちは撤退を始める。
そこへ俺は、バルクスの首を持って歩み寄る。その中の1体の人狼に近づき、話し掛ける。
「こいつは、お前たちに丁重に弔ってやってほしいんだが」
まさか、弔うという言葉の意味を知らないとか言わないよな?
そんな心配は杞憂だった。人狼は首を縦に振り、俺からバルクスの首を丁寧に受け取った。
「こいつの遺体は、この先を進んだ先に横たえてある。それも持って帰ってやってくれ」
人狼は背を向け、俺の指し示した方角へ仲間の人狼を2体連れて、歩き出した。
魔物を散々殺してきた俺だが、バルクスの強さに敬意を表し、弔わせたのかもしれない。
俺は自分が思っている以上に武人気質なのかな。
俺が所在なさげに突っ立っていると、騎士が1人、やってきた。
「【双剣士】様、今日のところはお休みください。それと、領主様が今晩、貴方を招きたいとおしゃっております」
「ああ、わかった。行かせてもらう。それまで休ませてくれ」
「かしこまりました。領主様が、一室を解放されておりますので、そちらでお休みください」
「待て、シヴァ……俺のアヌースはどうすればいい?」
シヴァもかなり健闘してくれたっぽいしな。
今は治療を受けて領都内で休んでいると聞いたんだけど。
「完治が確認され次第、本人……の意志を確認しようかと考えております。どちらにしろ、領主様が特上の餌をご用意されております」
「そうか、ならそれで頼む」
「かしこまりました」
これで一安心だな。
十中八九、明日は王都に緊急招集だ。今日ぐらいはゆっくりさせてもらおう。
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