第49話  夏休みも休まず②

 海。

 数多の生物が生息し、陸より広く……そして深い。


 ここまで聞けば、海に来ているようにも感じるだろう。

 でも、オレの目の前にあるのは……焼き魚。そしてここは、学校の食堂。


「海……行きてぇなぁ……」


 魚を見て抱いた感想がこれだ。

 この世界にも海は存在している。でも、めっちゃ遠いんだよなぁ。

 日本とは違い、ここは内陸国だ。北の方に湖があるだけだ。


「ははは……。海に行くには、金が多くかかるし、日帰りで行けるような距離でもないからね」

「ミルの言う通りです。行きだけで一日が消えます。それなら、川で水遊びをしている方がいいです」

「……プールがある」


 ロイズの言う通り、プールはある。

 でも、遊戯用プールではない。鍛錬用だ。


 かく言うオレも、ミルに選んでもらった水着で利用している。






 一週間前。


「ライン、いる?」


 水晶を使って、独りで遊んでいたところに、聞き覚えのある声がやって来た。

 ヤマルだ。

 表札は裏返しにしていないから、いることはわかってるだろうに……。


 何はともあれ、出るとしよう。


「ああ、どうした?」


 ヤマルは一枚の紙を持っていた。


「これなんだけど……」

「あぁ、とりあえず、上がってくか? 菓子はないが、飲み物ぐらいはある」


 とりあえず、礼儀だ。

 それに、話が長くなりそうだったし、なにより、目が「入れろ」と言っていた。


「それじゃ、ありがたく……」


 2人分のコップに冷えた茶を入れ、持っていく。ジュース? 買うのを忘れてたんだ。


「ジュースじゃなくて悪いな」

「いや、そんなことないよ」

「さて、本題は?」


 検討はついているがな。内容は知らないけど。


「これ!」


 そう言ってヤマルが差し出した紙には、こう書かれていた。



────────────────────

鍛練用プール解放


 水深 150センチ~300センチ

 長さ 50メートル


 使用時間 10:00~17:00


 水着は各自用意

 魔法、身体強化、武器の使用は自由

 各学年、プールは原則別とする

────────────────────



 余白部分は全部絵だった。

 紙の無駄遣いだと思った。


「なるほどなるほど。で、これがどうかしたか?」

「これ、一緒にやろ? これをすると、槍を突き出すときに勢いがつくらしいし」


 なるほど。

 オレの武器も突くものだからな。


 それで誘ってきたってわけか。

 ヤマルに槍を教えているのはオレだしな。筋トレにも最適だし、いいかもな。


「たしかに良さそうだな。ただ、行くなら来週からだな。水着持ってないし」

「わかった! じゃーね。帰る。お茶ごちそうさま!」

「おう!」


 颯爽と帰ってった。


「――あ! 他に誰か誘った?」

「リーインを……」


 あーー、あのレイピア使いか。


「で、3人か?」

「いや、断られた……。で、ラインにはターバを誘ってほしい。ターバの部屋がどこか知らないし」

「あー、わかった。ちょっと待ってな。今聞いてみるから」


 『通話トーク』でターバに連絡する。バイト先同じだし、暇だろ……どうせ。

 やはり、ものの数秒で繋がった。


『あーー、ターバ。唐突で悪いけど――』

『プールの話、か?』

『大正解! で、返事は? ヤマルもいるが』

『あぁ、行く。水着はあるし』

『それじゃあな』


 いいねぇ、話が早くて。

 『通話トーク』だと心の中まで突き抜けるんじゃないかと思ってしまうぐらいだ。

 普通に話すときも話は早いがな。


「その反応だと、大丈夫そうだね」

「ああ。とりあえず、水着は持ってるか?」

「え、うん。前に領都に行ったときにね」


 ちゃっかり買ってたか。

 水遊びできるスポットは近くにないのにな。なぜ買おうと思ったんだか。


「じゃ、ターバと先にやってるか?」

「いや、来週から、3人で――」

「ん? どうした?」

「リーインから『通話トーク』。出るね」


 このタイミングでリーインから? プールのことか?




 話は終わったようだ。あの顔だと、いい知らせだったようだ。


「リーインも来れるようになったってさ!」

「そうか」


 日曜日にでも領都に行こうかな。

ミルがいることだし、コーディネートしてもらおう。






 そして日曜日。


「いらっしゃー……なんだ、ラインか」

「よ、ミル。水着を選んでくれ」

「あー、はいはい。それでは、ご案内しますよ」


 案内された先には、水着が大量に並べられていた。って、水着コーナーなんだから当たり前か。


「さて、所望の水着はどのようなものでしょうか?」

「そうだな……上下とも欲しい」


 ラッシュガードだったか。

 あれがあった方がいい。なんとなく、だけど。


「では、少々お待ちを…………。はい、ではまずこちらへ」


 オレにどんなのが似合うか考えていたのだろう。さすがはミルだ。

 コーディネーターの才能あるな。なんで冒険者学校に来たんだろうな。聞かないけど。


 にしても、制服が似合うな……。

 こっちでは、服屋の店員は制服なんだな。BARみたいだ。


「まず、こちらから少しでも気になったものをお選びください。何着でも大丈夫です」

「ああ……。敬語を使われるのは慣れねぇな……」

「今は仕事中ですので」

「わかってるって」


 先生を相手にするときの敬語と同じか。

 敬語は使うが、敬意を払っているかと言われればう~~んとなるような。

 ノヨの喋り方もこんなだがな。




 さて、とりあえず数着選んでみたが……デザインに微妙な違いがあるだけだからな。

 ほとんど変わらない。


 オレが選んだのは、黒を基調としたラッシュガードを3つ。それぞれ、白、緑、青のアクセントが入っている。

 そして、白を基調として、金のアクセントが入ったもの。


「そうだ、予算はいくらぐらいでしょうか?」

「そうだな……」


 バイトで月に銀貨と半銀貨が1枚ずつ。

 半銀貨は家に送るように保管しているから、実質銀貨1枚。


 今は7月だから、もともと持っていたのと合わせて銀貨5枚と半銀貨2枚。前世での価値観だと、5万2千円。


「1着あたり、大体いくらぐらいになる?」

「半銀貨1枚前後ですね」


 ふむ……。服となんら変わりはない、か。

 ……あれ、水着の撥水性はどうやって再現してるんだ? ま、難しいことは考えない!


「そうだな……。水着を上下合わせて2着。そして、夏用の服を上下3着ずつ選んでもらおうか」

「かしこまりました。それでは、水着の下を選びに行きますか?」

「ああ、そうしよう。これは、持っておいた方がいいのか?」

「そう……ですね。万が一に備えて持っておいた方がよろしいかと」


 万が一ってのは、他の客に取られることだ。同じ見た目、サイズのは2着ほどしかないからな。





「ありがとうございました」


 もう昼を回ってしまったのか。


 だが、ミルのおかげでいい買い物ができた。

 選んだのは、白に金のラッシュガードと、黒を基調に赤のアクセントがある水着。

 そして、夏用の服を上下3着ずつ。


 残金、銀貨4枚と少し。


「さて、何か美味いものでも食べて帰ろうかな」




 ここにしよう。 

 オレが入ったのは、軽食屋だ。

 喫茶店と言った方がいいかな。中に入り、サンドイッチを注文した。

 この世界に伝わっているようだ。


 この店に入って、わかったことは2つある。

 あまり繁盛していないこと。時間がすでに1時を上回っている、時間の問題だろう。

 そして、ここから見える範囲の店員が全員、エルフであること。




 エルフと人間の区別は難しい。

 耳が尖っているのがエルフ。そうでないのが人間。

 だが、尖っているとは言え、髪に隠れてしまうほどでしかない。

 身体強化、覚醒したときに、誰の目にもわかるように伸びるらしい。


 人間と鬼の区別もわかりにくいが。

 だからこそ、『人』と、一括りにされている。 




「お待たせいたしました」


 そして、サンドイッチが運ばれてきた。

 パンは焼けている。飲み物はコーヒー。






 馬車乗り場に行くと、ちょうど馬車が出るところで、滑り込みセーフだった。






 そしてその翌日――月曜日


「やっほい!」


 更衣を済ませ、プールに行くと、プールサイドにはハイテンションのヤマルと、リーインの姿があった。

 そして、その傍らには、槍、棍、レイピア、双剣が用意されていた。プール使用者用のものだ。


「待たせたか?」

「ちょっとね」


 普通そこは、「ううん、全然」とか「今来たとこ」と言う場面では?

 正直でよろしい……のか?


「悪かったな。さて、早速――」

「待って! 準備運動を!」


 プールに飛び込もうとしていたところを、ヤマルに止められた。別にいいじゃねぇか。


「……はい」


 逆らえなかった。



 

 軽い準備運動を終わらせ、プールに飛び込む。

 他に人はいないからこそできる。そして、真ん中まで武器を持って泳ぐ。


「それじゃ、ライン。よろしく」

「おう!」


 プールの底に潜り、槍を構える。『通話トーク』を発動させているため、会話は問題ない。念話ができるからな。


 


 ヤマルの槍さばきを見たが……。

 水中で見て、ようやく違和感に気付いた。


『ヤマル、ちょっと出ようか。気付いたことがある』

『わかった!』


 呼吸はできるようにシュノーケルみたいなのを着けている。


 プールから出て、ヤマルから槍を預かり、代わりのものを渡した。


「ヤマル、これを使ってみてくれ。使い方は今までとは変えなくていい」


 

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