第13話  別れの早朝

「ちゃんと荷物は全部持った? 忘れ物はない?」

「大丈夫だって、母さん」

「念の為、もう一度確認したほうがいいんじゃないか?」

「まったく、心配性だな」


 家の親は、2人揃って心配性だった。


「どの口が言ってるんだか。荷物の確認を3日前からしてたくせに」

「いや〜、ハハ」


 3日前から、農作業の前、修行の前、寝る前……に確認をしてきた。

 してないと落ち着かなかったんだから、しょうがないじゃないか。


「まぁ、ほら。念の為に、もう一度、な。みんなで確認すれば、安心だろ?」

「へいへい。じゃ、出すよ」


 え〜と……寝巻き、4日分の服と下着、財布、櫛、タオル5枚、歯ブラシ、歯磨き粉、体を洗うための洗剤、着た服を入れるための袋。


「全部あるな」

「そうね」

「うん」


 3人の確認も取れた。

 この世界では、頭、顔、体全て同じ洗剤で洗っている。

 確か、植物から作られているそうだけど、生憎、この村では作られていない。


 この村は、この領の冒険者学校の給食に使われる食材を生産するための村だ。

 この村と同じような村が他にも1つあって、各領に2つあることになる。

 ちなみに肉は、ある程度自給自足するらしい。


「迎えが来るまで、あと何分だ?」

「あと3時間ね。あ! お弁当作らないと」

「パンかむすびが3つあれば十分だよ。馬車の中なんだし」


 あと3時間……。普通、残り10分とかでしょうよ。一家揃って心配性か。

 死んだじいちゃん、ばあちゃんも心配性だったのかな。




 オレが生まれる数年ほど前、この村に流行り病が訪れたらしい。

 高齢者が特に重症になりやすく、ほとんどの高齢者が死んだ。

 オレの祖父母も、その例に漏れなかった。故に、この村の最高齢が村長なのだ。




 ……することがない。

 体を動かしたいけど、馬車に乗るからな。「汗臭い」とか思われたくないし。

 武器は持ち込み禁止だから村に返したし。

 図鑑に載っている薬草は全部『不可知の書』に写したし。

 村の学校で習ったことは前世の小学校でやったことばっかりだったし。

 荷物は確認したし。


 暇だな〜。

 礼儀作法は、前世で高校受験の対策でやったから、ラーファーさんから簡単にオーケーをもらえたし。

 しかも、まだ朝の5時なんだよな。

 あ、動きやすい服に着替えておかないと。着いたらそのまま試験だからな。

 実技試験だから、過去問とかないしな。


 その時、玄関の向こうから、


「──おいライン、起きてるか?」


 と声がした。リーダーさんだな。こんな早朝に……。


「はいはい、起きてますよ〜。」


 そう言って玄関の、横移動式の扉を開けた。


「お! やっぱり起きてたか。炊事の煙が見えたから、もしかして、と思ってな」

「で、なんの用? まだ朝の5時だけど」

「ああ。数ヶ月前に、私たちとラーファーとで勝負するって約束しただろ? あれを今からやろうと思ってな。他のみんなは、もう行ってる。ラインに見せてやろうと思ってな。合格したら、そのまま卒業するまで戻ってこれないからな。いや、長期休暇には戻れたな」


 …………。

 そんな話聞いてねぇ。戻ってこられないのかよ。

 長期休暇って、夏休み、冬休み、春休みだろ。


 そこにさらに追い打ちがかかった。


「でもな、金がいるから、休み中はバイトって奴ばっかりで、家に帰るのは貴族連中とか、裕福な人ばかりだったな。仕事は、学校側が斡旋してくれるけど」


 ……帰れないな。

 バイトするしかないな。


「まぁ、いいや。みんなを待たせるわけにはいかないし、行こう」

「よし、少し急ぐか」


 いってきます、と言ってから、リーダーさんと家を出た。


 駆け足で向かいながら、少し雑談をした。


「ライン、学校に入っても私の名はあまり出さないでくれ」

「ああ、なんかあったんだっけ?」


 少し悩んだ顔をしたが、すぐに口を開いた。


「……一応、解決はしてるんだ。昔、同期の奴とくだらないことで喧嘩になってな。冒険者になりたての頃だった。現場にいた近衛騎士に仲裁されたが、それ以来口を利いていない。元から仲はよくなかったんだが」


 前世にもいたな、めっちゃ仲悪いやつ。

 この世界は前世と違って、力……それも、物理的な力がある。


「おまけに、町中だったんだよ。攻撃魔法は互いに使えなかった。だから、肉体での戦いだったんだが、周りが見えてなくて、いろんなものを壊してしまった。だから、評判が悪い」

「それなのに、パーティーで白金までいけたんだ?」

「はは、まあな。ちなみに、私とオーカーは王都出身だ。喧嘩の後、私はここに左遷された。そこにオーカーが頼み込んで来てくれたんだ。ここに来て、フォーレンとアミリスに出会った」


 成り上がりの展開みたいだな。

 オーカーさんが女だったら魅力的な、王道展開なんだけどな〜。


「当時、フォーレンはソロで、アミリスはパーティー募集中だったな。少し話すと、すぐに打ち解けられたよ」


 馬があったんだろうな。理想的な流れだ。

 なんか、一つの物語のようだ。ちなみにリーダーの名前はカグナだ。






「と、着いたな」

「お、やっと来たか」


 もう全員着いていた。


「じゃ、早速始めるか」

「そうだな。ライン、頼めるか?」

「大丈夫。オレのことは気にせずに、存分に戦ってよ。それじゃ、開始!」


 その合図を同時に、全員とも身体強化を発動させた。

 やはり、近衛騎士であるラーファーさんは別格だな。魔力が濃い。

 そして、フォーレンさん、アミリスさんの後衛2人は、魔法をすぐに放てるように、手に魔力を集中させているのが見えた。

 ラーファーさん、リーダーさんは剣を、オーカーさんは槍を構えた。

 ラーファーさんは大上段に構え、リーダーさんは正眼の構え。

 先に動き出したのは、ラーファーさんだった。


「ぜりゃああ!」


 剣を大上段に構えたまま走りだし、そのまま振り下ろした。

 それをリーダーさんが受け止めるが、力に押され、吹き飛ばされてしまう。


 その隙に、左斜め後ろからオーカーさんが突きを、正面からフォーレンさんが『火球ファイアーボール』を放つが、避けられてしまう。


「たしかに、チームワークは悪くない」

「覚醒者様に勝てるほどじゃないってか」

「俺は単騎での戦いを得意としているからな。なんとも言えない」


 たしかに、相手に攻撃をさせる暇を与えないように動いているし、攻撃のタイミングも合わせられている。

 やっぱり問題は、個人の力不足……かな。


 個人でのランクはきっと、白金もないだろう。

 リーダーさんとオーカーさんは金。

 フォーレンさんは、中級クラスの『火球ファイアーボール』を放てるが、習得魔法数が少ないため、銀。

 アミリスさんは回復術士であるため、ランクはない。


 それに対して、ラーファーさんはおそらくオリハルコン級。チームでのランクですら、ラーファーには及ばない。


 そこからは、金属と金属がぶつかり合う音、火が燃える音、魔法の詠唱だけが聞こえた。


「フッ!」

「ハ!」

「オォ!!」


 2人の正面からの攻撃を一撃で弾き返した。

 だが、2人の間から突如現れた『火球ファイアーボール』をもろに受け、吹き飛ばされてしまった。


「ガハッ!」

「よし! ナイス、フォーレン!」


 ようやく攻撃が入ったか。

 なるほど、『火球ファイアーボール』を圧縮したのか。

 それで一回り小さく、爆発の威力を高くした。

 多分その代償として、射程距離が短くなるんだろう。少し前に出て撃っていたし。


「──ホァ!」






「──勝負あり! ラーファーさんの勝ち!!」

「ちぇーっ。ほんの少ししか攻撃当たんなかったぞ」

「正確には、3つだな。かすったのも含めたら10は行くか」

「さすが、近衛騎士ね」

「回復役がいなければ、もう少し速く終わっていた」


 回復術士、治癒術士、回復魔術師、回復役。

 いろんな呼び名があるんだな。それはさておき、リーダーさんは清々しい顔をしている。

 オーカーさんは悔しそうな顔、フォーレンさんは疲れて息切れしている。

 ラーファーさんは流石に何も変わっておらず、アミリスさんは少し呼吸が乱れている。


「おつかれさん。ほら、オルオの実採ってきたよ」

「お! ありがとな、ライン」


 みんなありがとうと言ってから、オルオの実を食べ始めた。

 オレもそこに入って食べる。


「ん〜、おいしい。そういえば、こんなに回復魔法使ったの久しぶりね」

「フォーレンも回復魔法覚えたら?」


 それとなく話を振ってみた。


「回復魔法は消費魔力が多いからな。それに、適性がないと覚えられないし、他の魔法を覚える余裕はないしな。私には無理だ」


 う〜む。覚えれるかと思ったが、無理そうだな。諦めよう。






「ラインがいなくなると寂しくなるな」

「帰って来れるときは、帰って来てね?」

「わかってるよ。父さん、母さん」


 もうすぐ、迎えの馬車が来る。


「ライン、強くなって帰ってこいよ」

「わかってるよ、兄さん」


 家族との別れの言葉は済ませた。流石に寂しいな。 


 前世の家族は、元気にしてるだろうか。

 ただ、不思議と未練は何もない。一度死んだせいだろうか。


「馬車が来たぞ!」


 その一声で、考えるのをやめた。

 多分、答えは出ないだろう。出ても、納得できないかもしれない。


 なら、今を生きればいい。


「──いってきます!」


 そしてオレは、馬車に乗り込んだ。



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