第3話 先遣隊

「いや、攻撃スキルも防御スキルもない君に死なれては困る。だから、私も同行する」


 神崎は悪びれもせずに、凪に向かって理路整然と言い放った。初対面の美女に思い切り抉られた凪は、気にしているところを的確に突かれ、思わず面食らう。さっきまで美女と話すことで高揚し、緊張していた熱が嘘のようにスンッと冷めていくのを感じる。

 この人にあまり深く関わるのはやめておこう。これからダンジョンを攻略するというのに、その前に精神が削られそうだ。


「わかりました。お好きにどうぞ」


 神崎と名乗る冷徹な女と共に、ダンジョンの入口に立つ。魔城タイプのC級ダンジョン。ダンジョンの大きさは書き換え元の建物の質量とだいたい比例する。つまりこのC級ダンジョンは、サイズ感で言えば5階建ての雑居ビルと同程度というわけだ。


 E級、D級ダンジョンでも5階建てほどのビルがダンジョンになるケースは多い。規模は同じだが、C級ということは、ダンジョンの中に潜んでいるモンスターのランクが高いことを意味する。

 俺にとって初めてのC級ダンジョン。とはいえ、ダンジョンの規模は普段どおり。モンスターにさえ気をつけていればいつもどおりいけるはず。


「行きましょうか」

「ああ」


 神崎と淡白な会話を交わし、魔城の門を開いた。


 ダンジョンの中に入ると、狭く暗い通路のようになっていた。床、壁、天井、四方を石のレンガが積み重ねてできており、まるで牢獄へと続く廊下のようだ。そして奥まで見通すことは困難なほどに、深い闇が続いている。

 凪は、息を呑んだ。先程までの蒸し暑さとは対象的にダンジョンの中は独特な冷気で冷え切っていた。頬に冷や汗がつたってくる。


 神崎は身じろぐ凪なんかお構いなしに、ズンズンとダンジョンへと入っていく。なんて豪気な女性なんだろう。嫌な感じだけど、頼もしくはある。凪は、彼女の後ろに付いていくようにダンジョンの中へと歩を進めた。


「君は、どうしてナビくんと呼ばれているんだ?」


 唐突に神崎が切り出してきた。相変わらず気にしているところ的確に突いてくる。またも面食らうが、無視するのも気まずい。


「俺の唯一のスキル<探知>で、ダンジョンの全体像を把握することができるんです。まぁカーナビみたいなもんですね」

「なるほど、それでナビと呼ばれているわけか。私もナビくんと呼んだほうがいいか?」


 真顔で問いかける神崎。最初は皮肉を言っているのかと思ったけれど、栗色の目が真っ直ぐと凪を見据えている。どうやら、この人はいたって真面目に聞いているようだ。もしかして、天然なのだろうか……。


「周りの連中は、使い物にならない俺に対して、皮肉を込めてナビくん呼んでいるんです。なので、その呼び名はやめてほしいですかね……」

「!!」


 ぽりぽりと凪は頬を掻きながら苦笑する。すると神崎は、カーッと赤面し、慌てて頭を下げてきた。


「す、すまなかった! 悪気があったわけじゃないんだ! 私は海外での生活が長くて、こちらでは空気を読むのが苦手で……ごにょごにょ」

「い、いえ! お気になさらず! こ、こちらも気にしてませんから!」


 金髪ポニーテールがお辞儀する度に、ぶんぶんと勢いよくなびく。どうやら悪い人ではなさそうだった。モデルのように整った美女が赤面するものだからビックリしてしまった。これが、ギャップ萌えというやつか。危うく凪のピュアな心が持っていかれそうになる。

 薄暗いダンジョンを進む二人の間に、少しだけ気まずい沈黙が訪れる。


「……君は良い人なんだな」

「いえ、全然普通だと思いますよ?」

「いいや。私は違うと思うぞ。私は人と話すのが苦手なんだ。少し話すと、相手がすごく嫌な顔をするんだ。私は、いつも、避けられていたから。避けられて初めて、自分が失言をしてしまったと気づくんだ」


 凪は勝手に、容姿が良い人は何も悩みがないもんだと思い込んでいた。外見から内面まで至って凡人である凪からすると、妬みの対象ですらあった。しかし、彼女は人間関係で苦労してきたようだった。


「俺、神崎さんは、良い人だと思いますよ。思ったことをハッキリと言える人は少ないです。棘があるように思われているのかもしれませんが、俺からすれば裏表のない正直者である証拠なんだと思います」


 とっさに凪の口から出た言葉は、本心だった。人から悪意を向けられてばかりの人生だったため、他人が裏で何を考えているのかを透けてみることに長けている。だからこそ、凪は本心で断言する。この人は、間違いなく、正直なだけだ。


 黙りこくってしまった神崎をチラッと覗くと、先程以上に赤面していた。真っ赤な顔からは湯気が出そうな勢いだった。


「ええっ!! す、すす、すみません! 初対面でわかったような口を聞いてしまって!!」

「いや! いや、いいんだ。人からそんな風に言われたのは初めてだったから……だから……その……ごにょごにょ」


 先程までの冷え切った空気から一変、生暖かい気まずい空気が流れる。なんだこの唐突なラブコメ展開は? 凪もなんだか恥ずかしくなってきてしまって、頬が熱くなるのを感じる。

 落ち着け。ここは、いつ怪物に襲われるかもわからない危険なダンジョン。和やかな会話するような場所ではない。凪は気を取り直す。


「……そろそろ、いいかな。神崎さん、このへんで大丈夫です」

「えっ? まだダンジョンに入ったばかりだが。ダンジョンを把握するにはもう少し進まないと……」


 ハンターになりたてだった頃は自分を中心に半径十メートルほどしか探知することができなかった。けれど、今では百メートルでも探知可能だ。雑居ビルのサイズ感であれば、正直なところ入口付近でも1階の全容を把握することは造作なかった。だが、上の階に関しては、行ってみないことにはわからない。


 ――スキル発動、<探知>!


 地面に手を当て、凪はいつもどおりスキルを発動した。

 手を伝って、徐々にダンジョンの構造が明らかになってくる。ダンジョン全体をスキャンしているような感覚。床を伝って、壁、天井、そして、それらに接しているアイテム、植物、モンスター。それらを明確に捉え、捉えた情報が脳にダイレクトに流れ込んでくる。


 すると、すぐさま腰に巻いたアイテム袋から紙とペンを取り出し、地図の作成を始める。


 ――ガリガリガリガリガリガリガリガリ


 地図自体はカーナビのように簡素なもの。だけれど、アイテムから植物、鉱石、そしてモンスター位置と数、種類に至るまで。ダンジョンの第一階層の全容を書き込むと、1分もかからずに作業が終了した。


「ふぅ。こんなもんで大丈夫そうです。さ、戻りましょうか。お待たせしてすみません」


 地図を書いていた地面から起き上がると、神崎は目を見開いて硬直していた。


「い、一条くん……。君はこんなに正確にダンジョンの構造を把握することができるのか……?」

「え? ああ。実際は地図に書いているよりも細かく把握できているのですが、細かく書きすぎてもわかりづらいと思うので、結構簡略化しているんですよね」


 あまりにも大した事のないスキルに失望させてしまったのかな……と、凪は少し肩を落としたが。実際のところ神崎は、これほどまでに特殊かつ貴重なスキルを初めて目の当たりにした。危険なダンジョン。その全容を攻略前に把握することが出来るスキル。そんなもの、どのギルドだって喉から手が出るほど欲しいに決まっている。


 神崎が、凪の実力に見合わない不当な扱いに顔をしかめ頭を悩ませているあいだに、凪は作成した地図を見返していた。初めてのC級ダンジョンで、自身のスキルが通用するのか、少しだけ不安ではあったが、いつもどおり地図を作ることができた。が、違和感を感じる。


「……一条くん、どうかしたの?」

「いや、この地図。探知した時もそうだったんですけど、少し違和感があるんです。」


 神崎も地図を覗き込む。


「ここのところ、広い空間? が、あるのかしら?」

「いや、探知した感覚だと、おそらく、穴なんじゃないかなと」

「穴? ダンジョンの第一階層に大きな穴があるなんて……聞いたことがないぞ」


 凪よりも経験豊富そうな神崎ですら知らない、ダンジョンの第一階層にある大穴。第二階層へと続く階段は別にあるため、無視しても良さそうではある。後でリーダーである山田に相談してみることにしよう。

 凪と神崎は、先遣隊としての任務を終え、来た道を戻っていった。

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