激レア職業のハズレ持ち、現代ダンジョンを無双する ~地図しか作れない無能と罵られ、最難関の大迷宮に捨てられたけど、ソロで攻略できるから問題ない~

月光羅雀

第1章 大迷宮攻略編

第1話 ハズレ固有職業

 地下鉄神保町駅を出ると、ビルが建ち並ぶオフィス街の中に、場違いな『魔城』が出現していた。アスファルトを照り付ける夏の日差しが、むわっと、街全体を息苦しくしている。


「うげぇ、あっちぃ……都心はこれだから嫌なんだよ」


 行き交う人々がみんな揃って駅へと向かう中、一人逆行する青年がいた。身長は170cmほどの中肉中背。無造作に伸びた髪の間からは、いかにもダルそうな淀んだ目を覗かせている。

 どこにでもいる普通の青年、一条 凪いちじょう なぎ。変わったところを挙げるのであれば、腰には短剣を帯びており、冒険者風の格好をしていた。


 冒険者風の格好をしている凪の足取りは重い。

 地下鉄は冷房が効いていて快適だった。だが、地上へと続く階段を上がっていく度に、気温は上昇し、じんわりと汗が滲んでくる。自然と足も重たくなる。

 ただでさえ、仕事で足が重いのに、本当に勘弁してほしいと、凪は思った。


 凪は、高校を卒業してすぐにハンターになった。妹の海未うみと二人きりで生活している。生活費と大学に進学する妹の学費を工面するため、生傷の耐えないハンターを続けていた。


「ダンジョンが出現しました。近隣にお住まいの皆様は、避難所に移動して下さい。繰り返します――」


 街頭スピーカーで、避難勧告が出されている。街ゆく人もダンジョンの出現には、慣れた感じで、特に緊張感もなく避難する。


「あ〜あ、せっかく遊びに来たのに、ダンジョンかよ」

「仕方ねぇよ。ギルドの連中、さっさと片付けてくんねぇかな〜」


 なんなら悪態をつくほどに緊張感を欠いていた。


 ダンジョン発生の原因となるエネルギー源『コア』。コアは、出現から48時間以内に、周囲一帯をダンジョンへと。出現するコアのエネルギー量に応じて、ダンジョンの難易度が変わっていく仕組みになっている。


 凪は、避難や帰宅する人々の波と逆行するように、重い足取りでダンジョンへと向かう。ちなみに、昨日からこの辺でコアが発生した情報は出ていた。今日ダンジョンが出現することはわかっていたんだから、遊びに来ている方が悪いと思うぞ、と心の中で悪態をつく。


 身寄りもなく、高卒でなんの取り柄もない凪が、それなりに生活できているのは、体を張ってハンターをやっているからだ。本心を言うと、命の危険があるハンターなんて今すぐにでも辞めたい。いや、辞めたい本当の理由は、他に――


「よう! ナビくん!」


 ドン!と、勢いよく背中を叩かれた。


「ゴホォッ……! ああ……山田さん、今日はよろしくお願いします」


 銀色に輝く鎧を身に着けた190cmを超える巨体の男が目の前にいた。歳はたしか30代前半だったか。無精髭を生やした快活なおじさんだ。夏の暑さにフルアーマーを身に着けているものだから、とにかく汗の量が尋常じゃない。

 頭に巻きつけた手ぬぐいもぐっしょりな山田の様子を見て、凪は苦笑する。その上、オフィス街にフルアーマーという……この異色の組み合わせは、全く慣れない。普通は、スーツを着たビジネスマンだろうに……だが、ダンジョンの前ではそうではない。


「今日はナビくんがいるのか! 楽になりそうだ! いつもどおり頼むよ!」


 ドンドン! と、激しく背中を叩かれる。ついでに汗もほとばしっている。フルアーマーからほのかに香る汗の匂いが、凪のやる気を一層削ぎ落としていった。普通に痛いから背中を叩くのは止めてほしい……体育会のノリは苦手だった。


「は、はぁ……ゲホッ……痛いんでそろそろ止めて下さい」

「おおっと、すまん! すまん!」


 ハンターの筋力は一般人を遥かに凌駕する。凪は、内臓が出かかったところで山田を静止した。一般人にもこれをやってたら、いつか内臓でちゃいますよ。


「それで、今日は魔城タイプですか?」


 眼前に広がる魔城タイプのダンジョン。隣に建つオフィスビルから察するに、5階建ての雑居ビルが、ダンジョンへと書き換わったようだった。いつも思うが、オフィスビルとオフィスビルの間に挟まれた魔城。その絵面は非常にシュールだ。


「ああ、その通り。C級ダンジョンだそうだ」

「えっ、C級!? お、俺……C級ダンジョンは、初めてで……」

「大丈夫さ、ナビくん。人間誰しも初めては付き物だろ?」


 そういう問題じゃないんだが……と思いながら、凪は頬を掻いた。一般人よりも少し身体が丈夫で、回復が早いだけの底辺ハンター。一ツ星ハンターである。さらに何を隠そう、凪には、敵を倒すための攻撃スキルも、自身を守るための防御スキルも、全く有していない。


 最低最弱の固有職業ユニークジョブ――


「なぁに! 大丈夫さ! 三ツ星ハンター、職業『守護者ガーディアン』の俺が付いているんだ! 怪我の一つもさせないさ!」


 そう言ってドンと、自分の胸を叩く山田のその姿に、今日初めて頼もしいと思った。山田とは、幾度かパーティを組んだことがある。情に厚く献身的で、いつでも頼りになるリーダーだった。誰だ、汗臭いおじさんとか言った奴。夏でもフルアーマーで出勤する盾役タンクの皆様には敬意を払うべきだぞ。

 初めてのC級ダンジョン。山田と一緒になって良かったのかもしれない。


「と、言うことでナビくん。いつものやつ頼むよ。先遣隊!」

「はい……それじゃ、いってきますね」 


 仕事の日は、いつも憂鬱だ。だが、初めてのC級ダンジョンへの挑戦と、自分を頼りにしてくれる山田から背中を押され、凪は、少しだけやる気が出てきていた。


 攻撃スキルもない。防御スキルもない。ましてや、回復スキルなんて持っているわけもない。戦闘では何も役に立てない凪が、ハンターとして唯一役に立てる手段。

 それが、先遣隊。


 とぼとぼ……と、ダンジョンの入口に向かう凪の後ろで、待機しているハンター達が、ボソボソと陰口を叩いている。いつものが、はじまった……。少しだけ出てきたやる気が一気に失せるのを感じる。


 凪がハンターを辞めたい本当の理由。それは――


「先遣隊? そんなの初めて聞いたぞ?」

「はぁ〜? お前、ナビくん、初見なのかぁ? 彼こそは、二年前、世間を賑わせた伝説の一ツ星ハンター! "ハズレ”固有職業ユニークジョブの持ち主こと、ナビくんその人だ!」


 いつもの陰口が嫌でも凪の耳に入ってくる。


(大げさに話すのは止めてくれええ。あと俺の名前はじゃない。だ)


「あ? 固有職業ユニークジョブ? おいおい、固有職業ユニークジョブっていったら、特定の職業を極めた五ツ星ハンターが獲得できるもんだろ? 固有職業ユニークジョブを獲得できたハンターなんて、国内にたった5人の五ツ星しかいねぇ。それを一ツ星で獲得するなんて……世界で数えるくらいしかない超希少なレア職業だぜ」

「ふっふっふ。だ〜か〜ら、世間を賑わせたんだろ」


 ああ……もう、もったいぶらずに早く言ってくれ……


「日本初! 一ツ星の固有職業ユニークジョブ『案内人』!!」

「……!! 思い出した…! それじゃあ、あのヒョロいガキが、あの時の『案内人』か!!」


 そのとおり。凪の職業は日本初、いや、世界初。

 敵を倒すための攻撃スキルも、自身を守るための防御スキルも、仲間を支援するための魔術スキルも、何もかも全く有していない。

 世界にたった一つの固有職業ユニークジョブ


 最低最弱の『案内人』だ。

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