第2話

 おれは単身、ギャングスタ・ファンタジスタのアジトの一つである「飼い猫の店」に乗りこんでいった。

 店に入った瞬間、探知音を発し、現場の状況を確認する。

 店は混んでいたが、座る席は空いており、おれは一人で四人がけの席に座った。なかなか小ざっぱりとした雰囲気のいい店だ。どこの誰をどう問い詰めようかまったく考えてなかったのだが、いざ、敵のアジトにいるのだと思うと汗が出てくるほどに緊張した。

 注文を聞きに来た女の子の店員はすぐにおれを見ていった。

「お客さん、カタギの人かな? いつも体にギャングスタ・ファンタジスタのしるしのあるものを身に着けておくと、きっといいことがあるよ。このキーホルダーなら一個五十円だよ。安いよ、安いよ」

 おれは一個五十円という値段の安さにも驚いたが、片っ端から入ってきた客を勧誘しているのにも驚いた。

「いや、やめておくよ。おれは日常と戦う孤独なソルジャーなんだよ」

 そうおれが口ぐせにもなっているいつもの文句をいうと、店員はすごく残念がっていた。

「ギャングスタ・ファンタジスタは来る者を拒まず。誰でも入会可能です。お気が向いたら、いつでも声をかけてください。キーホルダー買ってくれるだけでいいんです。上の階級に行くには他にもいろいろとあるんですけど」

 このようなまだ若い女の子までが懐柔されているとなるとますます放っておくわけにはいかないようだ。今日は情報収集だから、仕方ないとしても、次に来る時にはこの店のギャングスタ・ファンタジスタのマークを付けているやつはマシンガンで皆殺しにしてやる。

 おれが店で時間をつぶして粘っていると、三時間がすぎた。いや、別にいざとなると行動に移すのが怖くなってビビッていたわけではない。だが、ここが噂通りのギャングスタ・ファンタジスタの店なら、殺人なんて軽く犯してしまう頭のおかしなやつらがわんさかいるにちがいない。いざとなると慎重にならざるを得なかった。

 珈琲二杯で時間をつぶしていたところだ。客らしい女の子が話しかけてきた。

「あなた、ボス・ギャングスタに会ったことある?」

 おれはいきなり聞かれて困ってしまったのだが、いきなり最大の禁忌であるボスの話をするとは何と警戒心のない女の子なのだろうか。おれはこの女の子が不安になってしまった。

「いや、ボス・ギャングスタには会ったことないよ」

 おれは正直に答えた。女の子はあからさまにがっかりした表情をして同じテーブルの席の向かい側に座った。

「ああ、まただ、まただ。構成員二万人といわれるギャングスタ・ファンタジスタには、ボス・ファンタジスタに会ったことにある人ってほとんどいないんだよね。みんな、声は聞いたとそればっかりで、どんな顔や姿をしているのかまったくわからないのよね。写真ももちろん一枚もないんだよ」

 おれはこの女の子がギャングスタ・ファンタジスタのマークを付けていないのを確認して、声を落として答えた。

「ボス・ギャングスタは絶対に逮捕されないって噂だもんな。やっぱり、相当に頭のきれる手練れなんだろうな」

「でも、年齢もわからないんだよ」

「それは困ったな。で、なんだ、おまえさんは。ボス・ギャングスタの命でも狙っているのか。なんせ、賞金十億円だもんな。それとも、ボス・ギャングスタの妾にでも囲ってもらいたがっている売女か」

 女の子も声を落として答えた。

「もちろん、命を狙うなんてバカなことはしないよ。でも、警察官でも、何度も立ち入り捜査、まあ、ガサ入れね。をしているんだけど、あたしの知るかぎり、一人もボス・ギャングスタの姿を見た者はいないんだよ」

「なんだ、そりゃ。それじゃ、逮捕できないのも当然だな」

 ぼくは落胆したが、それを表情に出さないように気を付けた。

「こう考えたらどうかな。もともと、ボス・ギャングスタという人物は存在しなかった。それでギャングスタ・ファンタジスタの幹部たちが共同で存在するかのように印象づけて演技しているだけだとか」

 女の子は深く考え込んでしまった。ねえねえ、とか、ちょっと、とか声をかけても返事もしないくらい真剣に考え込んでいた。

 そして、女の子がついに顔をあげて声を発した。

「それがね、ギャングスタ・ファンタジスタの幹部たちってみんなすごく変なんだよ。みんな、ボス・ギャングスタを見たことがないというのに、ボス・ギャングスタを死神のように恐れていて、逆らったらボス・ギャングスタに殺されるとそればかりつぶやいているんだよ。ギャングスタ・ファンタジスタという犯罪結社は、みんな、姿も見たことのないボスの声だけに怯えて命令を聞いているんだよ。頭おかしいよ」

 おれはまあ、犯罪結社なんてもともと頭おかしいだろとか思いながら、まだ、その時、いわれたことの重大な意味がわかってなかった。この時の女の子の疑問にもっと注目していたら、おれたちがその後に遭遇した現象にもっと上手に対応できたのかもしれないと思うと、非常に残念だ。どちらにせよ、この時のおれはそれを犯罪結社のボスなんてそんなものだろうとくらいにしか思わなかったという痛恨のミスをしていたのだった。

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