これがあたし達の美女と野獣

双六トウジ

第1話

 深い深い森の奥、高い高い塔の上に幽閉された、長い長い髪の毛の女の子。

 彼女の名前はラプンツェル……ではありません。

 彼女はドコカノ国のお姫様。通称お飾り姫。

 そのあまりの美しさに各国から婚約の提案が殺到したので、バカンス用に建てた塔に逃げてきました。

 塔の中は至って快適。甘いお菓子もふかふかのお布団もあります。

 でもその代わり、とってもとっても退屈。

 話し相手はたまにやってくる飯運びの召使い。でも彼は無口だし、長居はしません。つまんないの。


「あーあ。暇」姫様は嘆きました。

「暇してるんですか」

「そりゃそうですよ」

「大変ですね、お姫様ってのも」

「でしょ〜……って、あんた誰よ」


 お姫様の目の前には、鋭い目付きに鋭い牙に鋭い爪の、真っ黒なオオカミがいました。


「俺ァオオカミですよ」

「いや、見りゃわかるわよ。あたしが聞きたいのはなんでここにあんたがいるのかってことよ」

「登ってきたんですわ」

「そういう意味じゃないわよ。目的は何?」

「お姫様が暇そうにしてるんで、遊びに」

「ナニソレ」


 とまあ、こんな調子ではぐらかされ。

 でも、少しは暇が潰せそうです。乱暴なことはまだされていませんし。

 悪くはないかも、とお飾り姫は思いました。

 実際のところ、見知らぬ人が自分の家の中にいたら大層驚くのが普通なのでしょうが、彼女はあまりにも暇すぎました。



 お出かけには良い天気の日、狼はこんな話をしました。

「おばあちゃんのお見舞いに行く女の子を騙して、おばあちゃんとその子を食べた狼がいたそうですよ」

「へえ! 怖いわね」

「でも、通り掛かった猟師にばーんと撃たれて、裂かれた腹の中から獲物を救出されて、悲惨な最期を迎えました」

「あら。でも自業自得ね」


 レンガ造りの塔が崩れてしまいそうなほど雷が鳴り響く日、狼はこんな話をしました。

「三兄弟のこぶたを食べようとした狼がいたそうですよ」

「へえ! でも、食べられなかったのよね?」

「ええ、ええ。長男と次男はそいつらの家をぶっ壊して食べれたのですが、末っ子だけはレンガの家なので壊せなくて。仕方なく煙突から入ってみると、下にはグツグツに煮えた熱湯。大火傷と窒息で悲惨な最期を迎えました」

「あらあら。でも自業自得ね」


 召使いが大量の食料を置いて去っていった日、狼はこんな話をしました。

「狐を家来にした狼がいたそうですよ」

「へえ! お似合いのコンビかしら?」

「しかし狐は少々オツムが弱い狼と縁切りがしたいようでして。その狼は、狐が狼のために人間からこっそり盗ってきた食べ物では物足りず自分で狩ってしまうんですが、これがいつも人間にバレて大失敗。或る日とうとう食べ過ぎで動けなくなって、農夫にめちゃんこ殴られ悲惨な最期を迎えました。ちなみに賢い狐はいつでも走れるよう、ほどほどに食べたので逃げられました」

「あらあらあら。狐って賢いのね」


 大雨がビュービューと降った日、狼はこんな話をしました。

「嵐の夜に羊と出会った狼がいたそうですよ」

「へえ! 食べちゃうわけ?」

「いえいえそれがなんと、お友達になっちゃったとか」

「まあ! 素敵ね」

「フフフ、そう言ってもらえて嬉しいです」


 ――斯くして幾多の月日が経って、二人はとっても仲良しになりました。

 しかしそんなところに邪魔者が入ります。


「僕と結婚してくれないか、お姫様」

「……」

 どこから嗅ぎ付けたか、王子様が姫の前に現れました。

 ハンサムな面、豪華な服装、輝く王冠。そしてその手には薔薇の花束。

 結婚するかどうかはともかく、第一印象としてはなかなか良いです。

 でも実際のところ、見知らぬ人が自分の家の中にいたら大層驚くのが普通なのでしょう。

 でもお姫様は、空気を読んでクローゼットに隠れている狼とお話がしたかったので……、

「帰って」

「え?」

「今すぐ帰って。友達とお喋りするんだから」

 美しい顔を不機嫌そうに歪め、一喝しました。



 王子様がしょんぼり肩を落としながら帰って行った日、狼はこんな話をしました。

「俺ァ……悪い存在ではない狼になりたかったんです」

「悪い存在?」

「物語の悪役。オチをつけるために間抜けに死んでいくもの。そういうものに、俺はなりたくなかった」

「……そうね。楽しくないもの」

「ええ、楽しくない。だから、その、悪役にならないように頑張った。……貴女と友達になることによって。でも、もしもそれで貴女が掴めたかもしれない幸せを奪ってしまったとしたら、俺ァ……」

「あたし、今かなり幸せよ。だからこれでいい。これがいい。それでこの話はおしまい」

「……は、はい。…………それで、えっと、今日は何の話をしましょうか」

「たまにはあたしもお話したいのだけれど、いいかしら?」

「ええ、ええ。もちろん。どんなお話で?」



「美女がキスしても、野獣のままのお話」

お姫様は狼の頭にキスを落としました。

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