第52話 その陰キャ、暗闇で陽キャギャルの攻めに動じない

『ヴォォォォォォォォ!!!』

「きゃあああああああ!!!」


 別れ道を左に進んだ後、実行委員が仕掛けたであろう肝試しの仕掛けに、夢乃は驚かされていた。


 迅は必死に腕を掴んでいる彼女を支えながら、こちらに迫ってくる者から逃げる。


 肝試しというものが初めての体験のため勝手が分からないが多分こんな感じなのだろう、と迅は流れに身を任せていた。


『ガァァァァァァァァ!!!』

「きゃあああああああ!!!」


 絶え間無く続く、肝試しの仕掛け。

 二人は責め立てられるように、前へと進む。


『ダァァァァァァァァ!!!』

「きゃあああああああ!!」


 次々と来る仕掛け。

 叫ぶ夢乃。


『バァァァァァァァァ!!!』

「きゃあああああああ!」

『ボォォォォォォォォ!!!』

「きゃあああああああ(棒)」


 徐々に声から迫真さが失われていきながらも、彼女は迅と体を密着させる。そして、


「ゆ、唯ヶ原……守って……」


 上目遣いで、彼を見た。

 もはや言うまでも無いが、真白は自他共に認める美少女である。そんな彼女による、肝試しという絶好の状況シチュエーションでの恋愛攻撃アプローチ

 大抵の男ならば、彼女に淡い感情を抱かずにはいられないだろう。


 ふふ、どうよ!! これなら……。


 得意げな表情は裏は隠し、不安そうな表情だけを表に出しながら、真白は迅の様子を伺う。

 ……が。


「いやぁ、守ってと言われましても……」

「……」


 え? ナニソノ反応?


 あまりにも淡白な迅の反応に、真白は目をパチクリさせた。


 真白がそうなるのも無理はない。

 通常、真白のような美少女が意中の相手に恋愛攻撃アピールした場合、それが恋愛感情が湧かないにせよ、大なり小なり動揺するものだ。


 しかし、迅は全く動揺する素振りを見せない。


 昔から無駄に美少女で頭のネジが数本外れている不良娘たちに絡まれており、なおかつ今この瞬間、周囲の目を気にしなくてよい迅。

 

 そんな彼にとって、今の真白の恋愛攻撃アピールなど、無に等しかった。


「大丈夫ですよ。全部仕掛けなんですから」


 一切調子を乱すこと無く、冷静な対応を取る迅。

 そんな彼を見て、真白は無言で頰を膨らませ、迅の脇腹をつついた。


「な、何ですか?」

「べぇっつにー?」


 どう見ても「別に」ではない真白の反応。それを追求することを、迅はしなかった。


 ふん、こんなんじゃめげないし。逆に燃えてきたっての!!


 真白は更に燃ゆる。

 初めての好きな異性、加えて気の強い性格の彼女にとって、迅に対応は火に油だった。


「と、とりあえず先に進みましょう。えーと……」


 切り返すように、懐中電灯で前を照らす迅。

 そこで、彼は些末な違和感を覚える。


「……ん?」

「どしたの?」

「いや、その……道が」


 迅は真白に伝えるように、前方を指し示す。

 

「アレ? 道無いじゃん」


 そう、道が……無い。

 道が存在しているのは今迅たちが立っている位置までであり、その先……彼らの目の前に広がるのは広大な緑の木々と茂みだった。

 

「ちょっとどうなってんの? 道間違えたとか?」

「いや、ここまではほぼ一本道でしたし、地図を見ても、このまま真っすぐ進で合ってるみたいです」

「ふ~ん。じゃあ行こ」

「は、はい」


 再び腕を組んでくる真白に特に言及しない迅。

 二人は茂みの中へと足を踏み入れた。



 地図上では、茂みを突っ切れば第一チェックポイントに着くと示されている。僕たちはそれに従い、茂みの中を、真っすぐに進んだ。

 だが茂みに入り、既に十分ほどが経過。未だチェックポイントに到達する気配が無い。


 やっぱり、おかしくないか?


 僕は足を止めた。


 ヒュオォォォォォォォ……。


 木々の間を、冷たい空気が吹き抜ける。地面の草と、木の葉が音を鳴らす。

 それ以外の、音は無い。


「夢乃さん。やっぱり戻りましょう」

「え、どうしたの?」


 僕の提案に、夢乃はキョトンと首を傾げる。


「地図に従ってここまで来ましたけど……この道は、違う気がします」

「あー、まぁさっきと比べて仕掛けも無いしね」

「はい。だから引き返しましょう」


 僕はそう言って、後ろを振り返る。


「アレ……?」


 そこで、ようやく気付く。

 後方が色濃い霧に包まれていたことに。そしてソレは後方だけに留まらず、見る見る内に僕たちの周辺を包み込んだ。


「すごい霧ね」

「そう、ですね……」


 至って平静さを保ち、僕は答える。

 が、内心はとてつもなく穏やかではいられなかった。


 危機ヤベェ……!! クソ……失敗シクった!!

 ここは山だ。気温と気流の変動で、霧が出たんだ……!!


 マズいどうする!? これじゃあ下手に引き返すことも出来ないぞ……!!

 

 ――違う。


 僕は即座に否定する。


 自身の中で増幅を続けるこのな感覚が、引き返すことができなくなったことによるものではないと、悟る。


 言うならば、そう……ただ漠然と、言い表しようのない不快感がすぐそこまで迫っている……そんな感覚。

 

 僕は、何に危機を感じてる……?


 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ……。

 

 空気が、揺れる。そして、


「……はは」


 ソレが聞こえた瞬間、僕は夢乃を抱え、走った。


「ちょ、ちょちょちょ唯ヶ原!? どしたの急に!!」


 突然抱き上げられた夢乃は顔を赤らめながら僕に問い掛ける。

 

「すみません!! 今答えてる暇無いです!!」

 

 走る、走る、走る。

 霧が晴れ、視界が開けた場所に到達するまで、僕は走った。

 冷たい空気を頬に浴び、鼻から取り入れる。そうして十数秒走った所で霧を抜け、視界が晴れた。


「……っ」


 そこで、僕は足を止める。

 目の前には道が無く、あるのは崖だったからだ。

 普通の人が飛び降りれば、即死だろう。

 ……そう、の人ならば。


「夢乃さん、堪えて下さい」 

「え、それどういう……ってきゃあぁぁぁぁぁ!!??」


 一瞬の躊躇いの後、僕は崖から跳び降りた。

 耳元で響く夢乃の高音。先ほど肝試しの仕掛けで発していた声よりも迫真さが増している。

 

「っと」


 夢乃を抱えたまま二十メートル以上下への着地を成功させ、僕は彼女を地面におろした。


「ゆ、唯ヶ原……?」


 流石に、今の異常な行動を見過スルーすることは無理だったようで、夢乃は僕に恐る恐る問い掛ける。


 それに対する言い訳を考えている暇は無い。

 何故なら、


「いよおぉぉぉぉぉぉぉっとぉ!!」


 ドゴォォォォォォォォォン!!


 先ずをどうにかしなければならないからだ。


「はっはっはっ! 良い逃げ足じゃねぇかぁ。なぁ?」


 豪快に、景気良く笑う男。

 その目は、一点に僕を見ていた。

 そして、同時に直感する。相手が、どういう種別なのかを。


「誰ですか? あなたは」


 それを確かめるような、問い掛け。

 対する男は、


「田中淳漠。さぁ、楽しませろよ!!」


 あまりにも無責任に、押し付けがましくそう言った。

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