第16話 その陰キャ、後始末をする
伽藍とのケンカに勝利した僕は、階段を使って龍子たちがいる階まで降りた。
到着すると既にそちらも事態が収束しており、龍子が勝利を収めているのを確認する。
まぁ龍子がいたのだから当然の結果である。
「アァニィキィ!」
そして開口一番、龍子が僕に飛びついてきた。
「勝ったんだなぁ! まぁ当然だよなぁ! アニキならぁ!」
「お前もな。良くやった龍子」
「ははぁ! アニキが褒めてくれたぁ!」
嬉しそうに顔を綻ばせながら、龍子は僕の腰に回してる腕の力を強めた。
「な、何だよ……。だ、誰だよテメェらは……!」
するとそこに、水を挟むように全身が濡れている咢宮が絞り出すように叫んだ。
「せ、誠ニやめなよ! この人たちは私たちを助けてくれたんだから……」
状況をフォローしようと坂町が声を掛けるが、
「うるせぇ! こんな奴らが助けに来なくても、俺なら何とかできたんだよ!」
彼女の言葉に咢宮は耳を貸す様子がない。
「はははは! アニキ、この雑魚ヤベェな! 色んな意味で終わってるぜ!」
「なん、だと……?」
ケラケラと笑いながら放たれた龍子の言葉に、咢宮は唇を震わせる。
「取り消せ……」
「あん?」
「取り消せよ今の言葉ぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら、咢宮は僕たちに殴り掛かろうとする。
「俺は雑魚じゃねぇ!! これから、ここから成り上がる!! あぁぁぉぁぁぁぁぁぁ!!」
「ははっ! 救えねぇなぁコイツ!」
待ち構える龍子が咢宮を殴るつもりであることを、付き合いの長い僕はすぐに理解した。
「ダメェェェェェェェ!!!」
が、そこに坂町が割り込んできた。龍子と咢宮の間に立った彼女は、腕を大きく広げ、咢宮の攻撃を阻止しようとしている。
このままでは坂町が危ない、そう判断した僕は龍子よりも早く咢宮の手を掴んだ。
「ってえ!?」
手を握られたことで痛がる咢宮だが、気にすることなく僕は口を開く。
「おい、あんまりナメたことするんじゃねぇぞ」
「はぁ……? 何言ってんだよ!! そんな御託並べるくらいならさっさと殴ってこいやぁ!!」
咢宮は自暴自棄になっている。それは誰が見ても明らかだ(龍子を除く)。
――だが、
「てめぇを殴るつもりはねぇよ」
俺はソレをしなかった。
「あぁ!? なら説教でも垂れるつもりかよ!!」
「ンなことしねぇよ。
「何を……何をだよぉ!!」
「てめぇのことを、こうして心配してくれてる奴がいるってことをだ」
「っ……」
俺の言葉に、咢宮はようやく気付く。
坂町が必死の形相で、彼の前に立ちはだかっていることに。
そう、坂町は咢宮の身を案じ、自ら身を乗り出した。
龍子と咢宮の間に立てば自分が怪我を負う可能性は十分にあった。しかし、彼女はそれを
生半可な覚悟でできる
「誠二……もう、止めて」
「……ぅ、あぁぁぁ……!! あぁぁぁぁぁぁ!!!」
崩れるように膝をつき、僕の目の前で誠二は号泣した。
「何でだ……!! 何で俺はこんななんだ……!! 不良に憧れて、不良になったのにぃ……!! どうしてぇ……こんなにカッコ悪ぃんだよ俺はぁ!!」
自虐するように、誠二は嘆く。
「
「……」
コイツは、伽藍とは違う。
誠二の言葉を聞きながら、俺は思った。
伽藍は渇きと飢えを満たすために戦いを求め、成り行きで不良になったに過ぎない。
だが誠二は、成りたくて不良に成ったのだろう。
――つまり俺がすべきはV《ブイ》の布教ではない。
「分かんねぇだろ。ンなこと」
「……何、言ってんだよ……。俺を見ただろうが。こんな雑魚が、最底辺の俺がぁ……
「なら、余計分からねぇな」
「は……?」
「最底辺なんだろ? じゃあ後は上がってくだけじゃねぇか」
「ンなモン、
「そんなことねぇよ」
「っ何を
「てめぇが、
俺は咢宮を指差し、言った。
「……何だよっ、それ……!!」
辛酸を舐めたような表情で、咢宮は震える。
「
「保証だぁ……? てめぇの保証が、何になるっていうんだよ……!!」
「おいおい、
瞬間、数秒の沈黙が流れる。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇ!!?? あ、あああアンタがワワワワワワワワルガミィ!!??」
そしてその沈黙は、咢宮の叫びによって、一気に決壊した。
「つーわけだ。とりあえず、今日はもう
「ぐぎゃ!?」
俺は咢宮にデコピンをし、強制的に眠らせた。
「うし、ここじゃアレだしコイツはどっかの公園に放置しとけばいいだろ」
「あ、ありがとうございます唯ヶ原君。あのままだったら、誠二が大怪我をする所でした……」
「気にすんな。コイツには一度助けてもらったからな。その借りを返しただけだ」
「で、でも良かったんですか? 自分のことを言っちゃって……」
「別に【悪童神】の正体が
「は、はい。それは勿論です」
「じゃ、後はお前のその服だな」
「えっ!? あ、あぁ……!! そうですね……」
乱暴に服を破かれていたことを忘れていたのだろう、自身の胸元がはだけているのを思い出した坂町は慌てて胸を隠した。
「で、でもどうしましょう……。破られたの制服ですし……」
心配そうに言葉を発する坂町、その理由は明白だ。
制服は普通の服とは違い用意が難しく、ある程度の時間も掛かる。
それだけならばまたいいが、もし親やクラスメイトに事情を問い正されれば面倒なことになるのは間違いない。
そうなれば僕にも火の粉が飛んでくる可能性がある。なんとしても避けたい事態だ。
だから僕は、奥の手を取ることにした。
「待ってろ。すぐに用意させる」
「え?」
困惑する坂町を他所に、僕はある電話番号をスマホに入力する。
そして3コール後、電話が繋がった。
『はーいもしもし? 誰だぁ私に直接電話掛けてくる不届き
「僕だ
久方ぶりに聞く彼女の声に懐かしさを覚えながら、僕は名前を呼ぶ。
『……うぇぇぇぇぇぇ!!?? その声は大将!! どどどどどどしたのいきなり電話なんてぇ!! 全然知らん番号だったからビックリしたよぉ!!』
「そりゃすまん。どうしても力を貸してほしい要件があって連絡させてもらったんだ」
『やるやる!! 大将の頼みだったら何でもやるよ!!』
「助かる。頼みっていうのは制服を
『どこの!? いつまでに!? 届け先は!?』
「『大惨事学園』の女子制服、サイズは多分M。期限は明日の朝6時まで。届け先はメールで送る」
『オーケー分かった!! んじゃ早速取り掛かるね!!』
「悪いな。こんな急の依頼で」
『なーに言ってんのさ大将! 大将には腐るほど恩がある! こんなこと気にしなくていいって!』
「……そうか。それじゃ、頼んだ」
『うい! 任された!』
気の良い返事を聞いた僕は、通話を終了した。
「も、もしかして今のって……【
すると僕と電話先のやり取りに坂町が目を輝かせる。
「ん、まぁな」
コイツ相手に隠してもしょうがないと思った僕は、素直に答えた。
【常闇商会】、不良相手に商売をしている連中であり、情報収集や道具の調達・作製などを行っている。【羅天煌】も随分と世話になったものだ。
そして僕が今連絡を取ったのは【常闇商会】のボス、
商会の下っ端に連絡していては明日までに制服の用意などできはしない。だから僕は大元である彼女に直接電話をしたというワケだ。
「これで、一件落着だな。あ……そうだ、おい坂町」
「何ですか?」
「一つ聞きたいことがあった。お前、何であそこまで咢宮を助けようとしたんだ?」
「え?」
僕はずっと疑問だった。
二人が幼馴染だということを考慮すれば、坂町が【終蘇悪怒】から咢宮を助けるために僕に頼み込んだり、龍子に殴り掛かろうとする咢宮を止めようとしたのは分からなくは無い。
だがそれ以上に、それ以上のナニかが坂町を突き動かしているような……そんな気がした。
だからあくまで興味本位で、僕は聞いた。
「はは。それは、私が誠二に感謝してるから……ですかね」
「感謝?」
アイツの何処にそんな要素が……?
思わず半眼になる僕だが、
「誠二が不良になったから、私はその存在を知って、不良オタクになったんです」
それを聞いて納得してしまった。
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