第52話 王女クリスティーナの婚約破棄3

「うわああああああああああああああ!?」


「きゃああああああああああああああ!!」


会場に悲鳴が響き渡る。晩餐会に出席していた全ての人々の悲鳴だ。


無理もないだろう。ここは安全な筈の街の中なのだ。歴史上、街の真っ只中に魔族が出現したなどいう記録はない。


リーゼの話では、魔族は聖石の埋まっている街に出現すると、聖石の聖なる力により、力が半減する。だから、街には出没しない。それに狡猾な魔族は安全なダンジョンに潜み、魔物を多数配置して、安全を買うのが普通だ。実際、セリアの魔族もトゥールネの魔族もそうだった。彼らは人間がダンジョンの中を進む事で弱らせて、弱った処を最終層で待ち受ける訳である。


しかし、この魔族は?


正体を現した魔族は溢れる瘴気を放ち、禍々しい姿からは、聖石の影響を受けているようには見えない。


魔族から逃れようと、晩餐会の出席者は我先にと出口へと逃げて行く。幸い、ほとんどの者が無事に出口に辿り着いて、脱出することに成功していた。


この場にいるのはヒルデ、リーゼ、そしてティーナ王女を抱いた僕だけだ。


「……みなを連れて来なかったのは失敗だったね」


「今更ながらよ。それより下僕、剣を頂戴!!」


「アル、3人で戦うしかないわ。でも、あの魔族、変よ」


やはり魔族か? 魔族だよね? いやいや、しかし、なんでこんなところに? シュミット侯爵はちゃんとした貴族だった筈だ……おかしい……


「ア、アル様にお姫様抱っこされてる」


こんがらがっている僕の耳に、ティーナ王女の声が聞こえた。


見ると、顔を真っ赤にした王女が僕を見つめていた。


なんで僕は王女様の好感度上げてるの?


「えっと、婚約者が魔族って聞いていなかったのだけど…」


「わたくしも知りませんでした。と、いうよりシュミット侯爵は50歳を超えていますけど、アマルフィ地方の重鎮です。あれはシュミット侯爵ではございません。50年も人をたばかるだなどとは思えません」


なるほど、シュミット侯爵は最近魔族と入れ代わってしまったという事か…それにしても、貴族とはいえ、50歳の男に嫁がされるティーナ王女が可愛そうになった。だからと言って、僕が引き取るというのも違う話だと思うのだけど。馬鹿の王女枠はもう、一人いるのだ。


まあいい。今はとにかく魔族討伐だ。


「ティーナ王女、ここは任せてください。シュミット侯爵、いえ、魔族は必ず倒してご覧ににいれます。あなたのことは必ずお守りします」


「助けてくれるのですね!! アル様」


「は、はい、必ず…」


王女様を助けるのは当然なんだけど、平民の僕に様をつけて、そんな熱い目で見られても…もうまにあっています。


いかん、今はそれより魔族討伐だ!


「あなた誰だ? シュミット侯爵ではないのでしょう? 誰なの?」


王女ティーナが問いかける。王女は既に僕の腕の中から、後ろに下がってもらっている。僕達に守られながら、魔族に問いかける。


しかし……。


「駄目だ、駄目だ。殺すしかない、殺う、殺そう……」


ひぇ……。真っ黒な虚ろな姿から聞こえてくるのは、そんなおぞましいとしか形容できない声だった。


怖いよぉ……。これ、絶対不死の王、リッチの魔族だよ。


「死ね、死ね、殺さないと、殺さないと、気が紛れん! だから、殺そう……」


ひぇ……。黒い靄の様なフードを被った骸骨からはかなりヤバい発言が聞こえてくる。しかも、その声はおぞましいとしか形容のしようがない。


「ヒルデ、リーゼ、行くぞ!!」


「うん、アル!!」


「当然よ。下僕!」


ヒルデが聖剣を抜き放ち、リーゼがデュランダルを構える。


「様子が変よ! この魔族、意識がはっきりしていないみたい」


頭のいいリーゼは魔族を観察してくれる。リーゼはよく魔物の弱点や特性を見出すのだ、その鋭い観察力で。


意識がない? どういう事だ?


「おかしい。リッチにしても魔族にしても狡猾で、知性の高い種族よ。なのにまるで知性がないみたい」


確かに妙だ。今までの魔族は探りの言葉をかけたり、罠に誘いこもうとしたり、仲間に引き込もうとしたり…たいてい狡猾な事を言葉で投げかけてきていた。だが…この魔族は、


「敵、お前が敵? 殺していいのか? 殺せるのか?」


やはり、知性がないとしか思えない。さっきまで、シュミット侯爵の時にはあった、知性がない。狡猾な筈の魔族、それもリッチの魔族が何故?


「何故知性がないかはわからないけど、とにかく好都合です。魔族はその狡猾さが一番怖いですから!」


「なら、むしろ好都合!」


とはいうものの、何故この魔族はシュミット侯爵にすり替わっていたのだろうか? いつから? それはこの魔族に知性が無い事と関係するのか?


「シュミット侯爵、いえ、魔族、あなた私のアル様に近ずく為に侯爵とすり替わっていたのですね?」


はっとした。そうか、魔族の次の狙いは僕達だ。そして、貴族に扮していれば近づきやすい、いや、近づいてきても疑う事などないのだ。勇者パーティを厚く遇するのは貴族の務めなのだから、


「クリスティーナ殿下、おそらくはですけど、魔族がシュミット侯爵とすり替わっていたのではなく、彼に憑りついたんじゃないかと思います」


なるほど、それなら納得がいく。いくらなんでもすり替わったら、周りの人が気がつく、しかし憑依したのなら?


それなら、周りに気取られる事も無く、のうのうと街に潜み、そして僕達を…そうか、他のSSS級冒険者も騎士団も身近の人に憑依されて、油断しているところを…それも街の中で、魔族に…突然


信じがたく狡猾な魔族だ。だが、そんなに狡猾な魔族に何故知性がない?


「危険、危険だ。この男は、とてつもなく危険……」


魔族がまるで意思がないかの様に、機械の様に話す。


「良く分かったな。僕達は勇者パーティだ! 貴様らを滅ぼす存在だ!」


「手加減は、手加減はできない。遊ぶ事はできない、確実に、徹底的に、殺す……」


怖っ! この魔族はめちゃ怖いんですけど、頭がやられているのが幸いだ。魔族となったリッチはとてつも無く強敵だ。だが、頭がやられているなら、脅威は半減する。リッチはその頭脳が一番怖いからだ。


「アル!! 来るわ!」


「ヒルデ、任せて!!」


キシン! と凄まじい勢いで黒い矢印が襲い掛かってきた。禍々しく黒く光る矢印は鈍く光っている。そして、全く予備動作を見せずに襲い掛かってきたことから、無詠唱の魔法だろう。大抵の人なら不意を突かれてこの一撃で死んでしまうだろう。だが、戦いに慣れた僕は一気にバックステップでかわす、後ろに一気に飛ぶことによって、その矢印の脅威から逃れた。


凄い威力高っ!! 魔力どんなけ高いの? 心の中で毒づく。想像以上の矢印の威力に驚く。あんなのくらったら、一たまりもない。


「とんでもない魔力だ!」


次々と繰り出される黒い矢印を魔剣で受け止める。剣には悪魔の魔力がたっぷりのっている。剣が折れるのだなとは思っていなかったが、なんと魔族の魔力と拮抗しているのだ。今までの魔族に比べて、とんでもない魔力量だ。


だが、黒い矢印にただ黙って斬られるつもりは無い、僕は隙を見て魔族に斬りかかり、それを魔族の黒い矢印が受け、魔族の黒い矢印は僕が受ける。


「殺す、殺す……。我らが魔王様のため、より強い人を……勇者を。人と勇者と聖石を、殺さなければ……」


突然、魔族の黒い矢印は複数現れて、矢印はまるで落雷のようにその軌道をジグザグに変えて、大半は避けたけど、最後の一つが僕の身体を襲った。


「ぐっ!?」


「アル!?」


魔族がほのかな瘴気の黒い粒子を振りまき、黒い矢印が僕の身体を貫いた。

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