第3話 底辺回復術士女の子を救う

修羅のダンジョンの奈落の最終階層の主を倒すと、魔法陣が現れて、通常ダンジョンの1階層に出た。僕はダンジョンを後にして近隣のパーティの常宿とは違う街にむかった。勇者エルヴィンを見かけたら、殺してしまうだろう。だが、殺人は犯罪だ。勇者は対魔王戦で最も必要とされる才能だ。この国が勇者を殺した人間を放置するとは思えないし、勇者の悪行を訴えても、聞き入れてもらえないだろう。勇者の権威はそれ程のものなのだ。


「しかし、一人では心細いな」


僕は思案した。これからの事。勇者エルヴィンに復讐をしたい。婚約者のフィーネを取り戻したい。だが、犯罪者にはなりたくない。ならば、合法的にあいつの鼻を明かすには?


「……僕が魔王を倒せばいいんだ」


僕は決意した。勇者を差し置いて魔王を倒す栄誉を得る。そうすればヤツの鼻をあかしてやれる。この王国も僕が英雄ともなれば、僕の意見を聞かざるを得ないだろう。勇者エルヴィンを正当に罰する事ができるかもしれない。だが、


「仲間がいる。一人では無理だ」


ダンジョンの戦いで、高レベルであっても、油断はできなかった。一人で色々な事に対応する事には限界がある。仲間を迎えなければ。そんな風に思った時、声が聞こえてきた。


「は、離してください。あなた達のパーティに入る気なんてありません!」


「そんな事言うなよ、ねえちゃん。色々いい思いをさせてやるからな」


「そう、そう、色々とな、ふへへへへへ」


ゲスい声と共に、綺麗な騎士風の女の子が見るからに不良そうな冒険者に絡まれているのが見てとれた。


「(関わり合いにならない方がいいよね?)」


僕は即決だった。彼女は可愛いから、他の誰かが助けてくれるだろう。僕は荒事は好まないのだ。


しかし、


「た、助けてください!?」


「ええっ!? 僕?」


僕は驚いた。女の子は不良冒険者の手を振りほどくと、僕の元へまっしぐらに来て、僕に助けを求めてしまった。流石に放置しづらい。僕が薄情者に思われてしまうじゃないか。


「えっと、助けてあげればいいの?」


「は、はい、お願いします。あの人達、この辺でも有名な不良なのです。その癖にレベルが高くて、誰も彼らに意見できないんです」


そんなヤツらに僕をけしかけるの?


「わかったよ。何とかするよ。任せて」


僕はいやいやこの女の子を助ける事にした。でも、助けたら、僕のパーティに入ってくれるかもしれない。女の子は黒髪で見た事の無い衣装だった。多分、異国の子だろう。


「てめぇ、俺様達に喧嘩売る気か? いい度胸だな? 今すぐぶっちめてやる!」


「ふん! …ホント馬鹿なヤツだな」


「自分の立場がわかんねぇヤツだな」


僕は不良冒険者達の半笑いの顔に勇者エルヴィンが重なり、こいつらに殺意を覚えた。だが、しがない底辺回復術士の僕にこんなハイレベルの悪徳冒険者を撃退できるものなのか?


「この子を見逃してあげてくれないかな? そうしないと困るんだ。僕、唯の底辺回復術士だから」


「底辺回復術士? なんだそれ?」


「聞いた事ないぜ! 回復術士なんて弱っちい職業の上、底辺てなんだ?」


「こいつ頭おかしいじゃないのか? 回復術士の癖に俺達に喧嘩うるのだなんて」


「できれば穏便に解決できないかな?」


「「「できる訳ないだろう!?」」」


三人がもう、敵対するしかない事を宣言すると、魔術師風の男が前に進み出てきた。


「俺は魔術師だ。魔法の神髄を教えてやろう、俺様の名は炎のシュレン、てめえを丸焦げにしてやる!」


「えっと?」


僕は困惑した。ここで魔法使うの? 周りに被害でるよ。マジなの? 何とか止めないと。


冒険者は炎の魔法の詠唱を始めた。こんな処で魔法は危険だから、詠唱と共に組み立てられる術式に僕は干渉した。炎に供給する鉱物の術式を水に変更、酸素を窒素に変更。


「求めるは、煉獄。荒れ狂う炎の精霊は、その胸を掻かきむしり、その瞳を赤く染める。膨れあがれ炎よ! 加速する炎よ、燃え尽きた灰は、天より注ぐ!?」


術式が完成する。しかし、魔法はプスプスプスと小さな炎がちろちろと燃えただけだった。


「えっと、ここでそんな魔法使ったら危ないんじゃないかな? 一応魔術はキャンセルさせてもらったよ」


「てめえ、何しやがった! 卑怯者!?」


えっ? 卑怯? 別に卑怯じゃないと思う。むしろ、3対1で普通に喧嘩しようと思う方が卑怯じゃないかな?


「この野郎ただものじゃねえな? お遊びはこのくらいだ。こうなったら、俺の魔術師の神髄、無詠唱魔法を見せてやる!」


「いや、できれば話あいで解決しようよ?」


「ふっ……ここまでの魔法を見せる気はなかったんだが、もういい。本当は軽い火傷をさせる程度で許してやる予定だったが……お前には惨めに大火傷をおってもらうことにしよう――《煉獄斬-撃-》!」


魔術師はそう言って、いきなり無詠唱で炎の魔法を発動し、僕の周りに炎の魔法を展開した。何の魔法か分かんないけどなんか弱そうだな。


「何かなこれ? こんなのでどうするつもり?」


僕は自分の周りに炎の魔法が現出し始めたけど、あまりにも威力が弱そうだから、手をバタバタとしてかき消そうとした。だが、


「止めてっ! 駄目です! 逃けてください!!」


絡まれていた女の子が悲壮な顔で叫ぶ。……え? 逃けろって言っても、もう炎の術式が完成しているし、そんなに熱くないのだけど?


バタバタとしようとしたまま固まってしまった。虚をつかれた。そして、炎が周りに出現した。そして、炎が出現したとたん、炎が黒く変色し、僕の体を勢いよく包み込んだ。


「お、お願い!? 生きていてくださいっ!!!」


女の子の叫び声にビックリした。


「えっと? 突然大声上げるからびっくりしたよ?」


女の子は、恋人を目の前で殺されそうなみたいな感じで叫び声をあげるから、僕は固まってしまった。流石に抗議する。助けようとしているのに酷くない?


女の子は信じられないものでも見るようにこちらを凝視していた。気がつくと周りのギャラリーもみなもぽかんという顔をしていた。


「えぇ? あなた、それって……炎の最上級魔法なのに?」


僕は自分の身体を包んでいる炎が最上級魔法だった事を理解して、ようやく彼女が何故こんなオーバーリアクションなのかがわかった。


「大丈夫だよ。僕、アークデーモンの魔法を素で受けても平気だから」


「ア、アークデーモン? えぇ? いえ、そもそもなんで普通に生きているのですか? そんな状態で?」


「別にちょっと熱い位だけど」


「えぇ……?」


女の子は困惑して、意味が分からないとでも言いたげな顔で僕を見る。


「そういえば、いつまで炎に晒されてんの僕?」


僕は手をバタバタとかき乱して炎を消した。よし、消えた。


今、夏だよ。こんな季節に炎の魔法を使うなんて、なんてあくどい魔術師なんだろう。ちょっと暑くなってきたじゃないか。汗をかいたらどうしてくれるの? 僕は肉体派じゃないんだ。


「あ……ありえねぇ! 俺の《煉獄斬-撃-》 を手でかき消すのだなんて!! お、お前、伝説の神級の炎の魔法を無効にする魔道具を付けているな? それ以外に考えられない!?」


「いや、知らないよ」


変な因縁つけるなぁ。僕はこの魔術師がちょっと変なので困った。

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