わたしにもできる事

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 使用人向けの控え室のソファは固い。


「ディアーナ、お尻いたくない? 僕の膝の上に座る?」

「お兄様。最近のお兄様のお膝は硬くてあまり座り心地がよくありませんの」

「えっ。……ちょっと太ろうか?」

「お膝の上に座れないのは残念ですけど、そのままかっこいいお兄様でいてくださいませ」


 座り心地の余り良くないソファに並んで座っているカインとディアーナの会話に、どこから取り出したのか不明なクッションを差し出すサッシャ。

 簡易キッチンでお茶の用意をしていたイルヴァレーノが、三人分のお茶をテーブルに乗せてからカインの後ろで待機態勢に入る。


「……」


 ラトゥールは、カイン達と向い合わせのソファーに座らされ、ディアーナとカインのいちゃいちゃぶりを見せつけられていた。


「お兄様、そろそろラトゥール様とお話なさいませんと」

「そうだった。ディアーナは気が利くねぇ。淑女の鑑だよ!」


 えらいえらいと、ディアーナの頭を撫でようとするカインの手をサッシャがそっと阻止した。出来る侍女は主の髪が乱れるのを許さない。


「さて、ラトゥール・シャンベリー。君、授業妨害してるってクラスメイトから不満がでているのは認識してる?」

「?」

「授業内容が幼稚だとか、効率が悪いとかって教師にクレームつけて授業を中断させてるらしいじゃないか」


 カインは、単刀直入に切り出した。


「組み分けテストで一組に入ったって言うのに、魔法に関する授業が二組より遅れてるって不満を持っている子もいるみたいだけど? 自覚はある? ラトゥール・シャンベリー」

「授業の邪魔……してない」

「自覚は無いって事だね」


 ラトゥールの聞き取りにくい、ぼそりとした小声をちゃんと拾ってカインが頷いた。

 アルンディラーノとディアーナからラトゥールに関する愚痴を聞き出した後、カインは一年一組の教師にも話を聞きに行っていた。

 教師から聞いた話だと、ラトゥールの語る魔法というのはとても高度なものらしく、深い知識に基づいた推論の確認だったり、仮説の不足部分についての質問だったりするらしい。

 教師としても、クラス全体の授業を進めなければならない事は認識しつつも、最新の魔法技術論文から引用して発言してくるラトゥールと議論を交わすのが楽しくなってついつい脱線してしまうらしく、「これじゃいかんとわかってるんだがねぇ」と苦笑いしていた。


「ねぇ、自分以外のクラスメイトは皆バカだって思ってない?」


 カインは身を乗り出して、膝の上で指を組んでラトゥールを見つめた。見つめられたラトゥールは、ツイッと視線をそらした。


「思って……ません」


 これは、思ってるな。とカインは苦笑い。隣に座るディアーナをチラリと見れば、口がへの字に曲がっていた。


「私の事も、バカだと思っているってことですわね」

「思ってない……って、言った」

「こちらを見て、私の目を見てもう一度おっしゃって?」

「……」


 ラトゥールは目をそらしたままこちらを見ない。見られないのだろう。

 遠回しにディアーナをバカだと言われたサッシャは、ディアーナの後ろに待機しつつ戦闘態勢に入っている。

カインが留学し、イルヴァレーノがサイリユウムの邸に行ってしまって以降、ディアーナと一緒に毎朝走り込んで鍛えた脚力。パレパントルの隙間時間に教えを請うて護身術バリツも身につけた。私のお嬢様をこれ以上馬鹿にしたら許さないオーラがにじみ出ている。

サッシャの隣に立っているイルヴァレーノは、カインの様子をうかがっていた。ディアーナを馬鹿にされて一番怒るのはカインだと思っているからなのだが、当のカインは困った顔はしているものの怒っている様子は無い。


「ねぇ、ラトゥール。君は『魔力の体内循環』に関して、授業で右回りと左回りがあるっていうのに疑問を持って教師に質問したんだってね」


 ディアーナとアルンディラーノが愚痴っていた内容を、ラトゥールに確認する。


「人間の体は平面じゃ無い。体内を巡らせる魔力は左回り右回りなんて単純なものじゃない」


 魔法の話になったら、ラトゥールは急にシャキッとしゃべり出した。顔も上げてまっすぐにカインに向けている。


「あたりまえですわ。人のからだには厚みがあるなんてことは百も承知でしてよ。腕も太ももも丸いですし、頭なんて球状ですもの」

「それがわかっていて、なぜ右回り、左回りなんていう単純化して考えなければならないのかがわからない。最初から立体的に意識して訓練した方が効率がいいじゃないか」

「でも、ベッドで大の字になって寝てしまえば人なんて平らなものでしょう? 腕や足などでは、らせんを描くように魔力を巡らせるのだとしても、大きな目でみれば結局は右回り、左回りっていうお話に戻ってきますわ」

「そんなのは実践的じゃ無い」

「入学前は皆さん別々の家庭教師について魔法を習ってきているんですのよ。教わり方も家庭それぞれですわ。それを、これから六年間一緒に学んでいく為に基本をすりあわせましょうって事ではないかしら」

「それじゃあ、君は魔力の体内循環をきっちり出来てるって言うのか?」


 興奮してきたのか、ラトゥールの語気が荒くなってきている。しかし、ディアーナは余裕の笑顔で頷いた。


「もちろんですわ」


 そう言って立ち上がると、ディアーナは軽く両腕を開き目をつむる。魔力を意識して体内にめぐらせているのだろう。ディアーナの髪の毛がふわりと浮かび、スカートの裾が小さく揺れる。

 広げた腕をらせん状に風が包み、やがて肩、腰、足先へと巡って行く。


「わかりやすく魔力に風の属性を乗せているね。さすがディアーナ」


 右肩から右の指先へ降りていき、それとすれ違うように指先から肩へと戻っていく細い空気の筋。そして右肩から首を巡り、髪の毛を揺らして左肩へ、左指先、そこから腰へ下がって胴をぐるりと回り、左足へ。その後は右足へと続き、腰に上がってぐるりと胴を回った後はまた左右の肩へ。


「左回りですね」

「左回りですわね」


 カインとディアーナの後ろに立つ侍従二人組から言葉が漏れる。そうしてしばらく風をまとっていたディアーナは、やがて浮いていた髪も落ち着いた頃にポスンとソファーへと座りこんだ。


「ディアーナは凄いねぇ。ちゃんとわかりやすいように、魔力を巡らせるのに合わせて風魔法を体に沿って発動させるとか、発想がもはや天才! 巡らせ方も完璧! 将来は世紀の大魔法使いになっちゃうんじゃないかな?」

「お兄様、そんなに褒めては照れますわ。それに、魔力の通り道を目に見えるように示してくれたのは元々お兄様でしてよ?」

「そうだっけ? でも、それは僕の留学前の話でしょう? 覚えていたのが凄いよ! 記憶力が凄すぎる!」


 カインがディアーナを褒めちぎっていると、バンっとラトゥールがテーブルを叩いて立ち上がった。


「それぐらい、わたしにだってできる!」


 そう言って、ラトゥールは体の周りに霧をまといだしたのだった。

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活動報告を更新していますので、よろしければご覧ください。

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