小さなお茶会

 人は一度愚痴をこぼし出すと、止まらなくなるものだ。特に、一緒になって愚痴を吐く人と、聞いてくれる人が居る状況というのは愚痴を加速する。

 ディアーナとアルンディラーノは、いかにラトゥールが授業の邪魔をするかを熱く語った。


「ラトゥールは魔法鍛錬所での実践授業の時に周りを見てないから危ない」

だとか、

「グループテストなのに、自分一人で再現可能だからってグループを組もうとしない」

 だとか、

「魔法道具に頼るなんて魔法使いとして三流だ! なんて言って魔法道具に魔力を込めるのを拒否した」

 だとか。


 どんどん、ラトゥールに対する愚痴がこぼれてくる。しかし、アルンディラーノもディアーナも育ちが良いせいか、ラトゥールの授業妨害に関して愚痴をこぼしても、身だしなみのだらしなさや口下手で話が聞き取りにくい事などについては全く文句を言うことは無かった。


「た、大変ですね」


 隣の組の、よく知らない生徒に対する愚痴を延々と聞かされたジャンルーカは大変である。二組は一組よりも平和な組で良かったな、と心で思いながらアルンディラーノとディアーナをなだめていた。よく知らない生徒について、アルンディラーノとディアーナから聞いた話だけで愚痴に混ざったりはしないジャンルーカもやはり、心根の優しい良い子なのだ。


「ところで、そのラトゥール・シャンベリーという生徒はどの方ですか?」

「あれ? 一年生ってまだ合同授業とかないの?」


 愚痴が一旦途切れたところで、ジャンルーカがラトゥールについて質問した。同じ学年といえどもクラスが違えば名前や容姿を覚えていないことはもちろんあるだろう。しかし、ジャンルーカはここまで相づちを入れつつも黙って二人の愚痴に付き合っていたのだ。

カインはゲームで合同授業イベントがあった事も覚えていたので、もうジャンルーカはラトゥールの事を知っているのだとばかり思っていた。


「合同授業? そんな物があるんですの?」

「学園敷地内にある森を使ったオリエンテーリングがあるらしいぞ」

「へぇ、それは楽しそうですね」


授業態度などの人となりは知らなくても、『アレがラトゥールね!』ぐらいの認識はあると思っていた。しかし、ジャンルーカから「どの人がラトゥール?」という質問がでると言うことは、愚痴を聞きながらも全く該当する生徒が思い浮かんでいなかったのだろう。


「忍耐強いですね、ジャンルーカ様」


 全然知らない人の愚痴をずっと聞き続けたことに対してねぎらいの言葉をかければ、


「……。兄でなれているので」


 という返事が返ってきた。あぁ、なるほどなとカインは遠い目をしつつ、ジャンルーカの頭を優しく撫でてやるのであった。



ゲームの同級生魔道士ルートでは、魔法は凄いが社交的では無くクラスの中で浮いている存在だったラトゥールに対して、「ラトゥール君の魔法凄いね!」「平民で独学だったからわからないところがあるの。教えてくれる?」といった感じで気さくに声をかけてくれるヒロインに徐々に心を引かれていくといシナリオになっている。

 ちなみに、「ラトゥール君、そういう独りよがりはダメだよ」とか「え、怖いんですけど。近寄らないでくれる?」といった選択肢を選ぶと好感度が下がるので同級生魔道士ルートから外れていく事になる。


「ディアーナ、アル殿下。同じクラスで他に仲良くなった子はいるの?」


 ヒロインであるアウロラが、ディアーナやアルンディラーノと同じ一組だったのを思い出し、カインは探りを入れてみる。入学式後の組み分けテストで一組になったと言うことは、手を抜いて居ないと言うこと。ジャンルーカやクリス狙いではないと言うことだ。


「クラスの皆さんのお顔とお名前は全員覚えましてよ? 授業ではその時その時で近くの席の方とご一緒しますけど、特に仲が良くなった方となると……」


 ディアーナは、クラスメイトとまんべんなく仲良くなっているようだ。


「僕もそうかな。仲良くなる人物に対しては様子見してる」


 アルンディラーノは、派閥だとか下心だとかを見極めるためにクラスメイト全員にまんべんなく同じように接しているらしい。必要以上におだてたり自分を卑下した言葉で話しかけてくる生徒に対しては若干うんざりしているようだった。


「ライバルではあるけど、ディアーナが同じクラスで良かった。クリスが別のクラスになってしまったから話し相手がいないんだよな。ジャンルーカ! 来年は絶対に一組に上がって来いよ」

「はいはい。アルンディラーノこそ来年は二組に落ちたなんてならないようにしてくださいね」


 王子同士、アルンディラーノとジャンルーカは仲が良い。ジャンルーカは学生寮に住んでいるが、アルンディラーノが時々王宮に連れ帰っているみたいだと、以前ディアーナがカインに教えてくれていた。


「なんだっけ、ほら。羽ペン作りに参加していた子も一組に居るんでしょう?」


 アウロラの話題が出てこないので、カインは自ら話を振ってみる。これで、全然反応がないようであれば、転生者らしいヒロイン側も「ゲームの登場人物に近寄らんとこ!」って考えている可能性が高い。


「ああ、アウロラさんね!」


 ディアーナがパッと明るい顔をして手を打つ。逆に、アルンディラーノは眉間にしわを寄せ、ジャンルーカは小さく首をかしげた。


「入学前からの知り合いですし、仲良くしたかったんですけどね……」

「あいつ、セレノスタ師匠の先生なんだろ? 僕も声かけてみようとしたのに全然つかまらないんだよな」

「世を忍ぶ仮の姿であることを内緒にしてねってお願いしただけで、普段から避けなくても良いですのに……」

「セレノスタ師匠?」


 ディアーナとアルンディラーノの反応を見る限り、アウロラは積極的に『ド魔学』プレイを再現しようとしている訳ではなさそうだった。

(いや、腹黒後輩ルートか、先生ルート、もしくは俺ルート狙いで今だけおとなしい可能性もあるか?)

 カインがアウロラの行動について考察している間、頭上にハテナマークが並んでそうなジャンルーカに、ディアーナとアルンディラーノがアウロラについて説明していた。

 セレノスタという『石はじき』というシンプルで面白い遊びの名人がいて、アウロラはそのセレノスタに文字や計算を教えていた賢い少女であること。治癒魔法を使えるようになってからは孤児院に赴いて無償で子ども達の怪我や軽い病気を治してくれている心優しい少女であること等を説明している。

 アルンディラーノは入学するまでアウロラと面識はなかったらしいが、セレノスタを石はじきの師匠とあがめていることもあって興味はあったらしい。


「なんか、柱のかげとか廊下の角とかからじっと見つめてくる事があってちょっと怖いんだよな」

「ああ! もしかして、あの桃色の髪の毛の令嬢ですか? こう、このくらいの髪の」


 アルンディラーノの言葉に、ジャンルーカがようやく反応を返した。肩の上で手のひらをぽわぽわと動かして、ボブヘアを表現している。


「あの子が、アウロラ嬢なんですね。私も時々視線を感じます。サイリユウムから来た人が珍しいのかと思っていたんですが、アルンディラーノも覗かれているんですね」

「私、覗かれてない……」


 アウロラの不審な行動に、カインは思い当たることがある。おそらく、ゲームの立ち絵やイベントシーンの再現というか聖地巡礼というか、そういったことをやっているんだろうと思う。

 以前アウロラと羽ペン作りで一緒になったときに「サイオシキター」と叫んでいたアウロラのことである。おそらくゲームプレイ済みな上にオタクであるに違いない。

ゲームと同じようにヒロインとして恋愛するにしたって、逆ハーエンドが無いド魔学であれば誰か一人に絞って攻略をするだろうし、かといって別のキャラクターが嫌いなわけでも無いのであれば、似たシーンを自分の目で見たいと思うのは自然の摂理である。カインだって見たい。


「ディアーナ様のことは、カイン様が覗いていますからご安心ください」


 しれっと、イルヴァレーノがバラした。


「それなら、安心ね!」

「カイン! 僕のことも様子見に来てもいいんだぞ!」

「ディアーナ嬢のついでに、私の所にも遊びに来てくださいカイン」


 これ以上、アウロラに関する情報は出てこなそうである。学校から出されている宿題の話や、カインのクラスメイトの話などを少しした後、エルグランダーク家での小さなお茶会はお開きになったのであった。

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