また遊んでくださいませ

日も傾きはじめ、お茶会も終了の時間となった。

小箱に入れた小さな綿菓子やしっかり冷やしたチョコレートコーティングの果物をお土産に手渡しながら、エリゼとディアーナが正門前の馬車停まりで参加者の見送りをしていた。

エリゼが夫人達を、ディアーナが令嬢達に挨拶をしている。そのうちに、例のカイン嫌いの令嬢三人衆がディアーナの前へとやってきた。


「ティモシー様。遅くなりましたが、半年前のお茶会では大変不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。本日のお茶会が楽しい物となっておりましたら嬉しいのですが」


挨拶前に、ディアーナが謝ってきたのでティモシーはびっくりしてしまった。

お茶会中では、会話の定石から入り普通に演劇の話で盛り上がっていたので先日の事は無かったこととして話を進めていくのかと思っていた。公爵令嬢と伯爵令嬢ではそこの異議申し立てをする事も出来ないと思っていた。


「謝罪をお受けいたします。私も、混乱してしまいせっかくご招待いただいたお茶会を中座してしまいもうしわけございませんでした」


今日のディアーナなら、許しても良いと思った。ティモシーはにこりと微笑んで謝罪を受けた。


「ありがとうございます。ティモシー様」


そう言って笑うディアーナに、ティモシーは再び表情を引き締めて厳しい顔を作る。


「それでも、ディアーナ様のお兄様にお茶会で言われた言葉、取られた態度については別問題ですわ。お手紙で謝罪を頂きましたけど、まだ許しておりませんの」

「はい。兄が、冬に戻った際に直接謝罪したいと申しておりました。……今日は、私と仲直りしてくださってありがとうございます」


これは仕方が無い、と思いつつもディアーナは困った気持ちが顔に出てしまう。アウロラも言っていた。カインの好感度を上げるのとディアーナが仲直りすることは別で考えるべきだと。

今日は、ディアーナが三人の令嬢と仲良くなれたのだから十分勝利なのだ。


「……でも、仲の良い子の身内であればひいき目で見てしまうかもしれませんわよ? ディアーナ様のお兄様なら本当はお優しい人に違いないわ。と思わせるぐらい、私たちと仲良くなる努力をなさいませ!」

「ティモシー様」


思いもがけず、カインも許すかもしれないと言ってくれたティモシーをディアーナは目を丸くして見上げた。


「そうですわね。馬にまたがっても素足が見えないスカートの図案についてもっと詳しくお話いただければ、もう少し仲良くなれるかもしれませんわよ?」

「私は、カイン様の製菓道具アイディアについてもう少し詳しくお話を伺いたいかしら。道具だけで無く、お菓子についても造詣が深いようでしたら見直すかもしれませんわね」


ティモシーに続き、ピクシーもフェイリスもそう言ってディアーナの肩を優しくたたいた。

今日の勝利条件は、カインの良さをごり押ししたせいで嫌われたティモシーと仲直りすること、ティモシーから話を聞いてディアーナを嫌っているかもしれない二人の令嬢と仲良くなること。

けっして、カインを許してもらう、好感度を上げるところまでは望んではいなかった。



アウロラと孤児院の食堂であったときに授かった友人と仲良くなるコツ。

相手の懐の入る方法として、相手の好きなことを自分も好きになること。自分の話ばかりせずに相手の話をよく聞くこと。

それを聞いてから、サッシャとイルヴァレーノが頑張って三人の令嬢の情報を集めてくれた。

サッシャは貴族家の家庭教師をしている学生時代の友人に、生徒経由で三人の学校での様子を聞いてもらったり、二人の姉から社交界での噂話などをかき集めてもらったりした。

イルヴァレーノは通いの使用人達にお願いをして、他家で働いている使用人の知り合いがいれば話を聞いてきて欲しいと依頼していた。

仕えている主家の話を漏らすのは御法度ではあるが、ちょうど『面白くて楽しいお菓子』の話題を触れ回っても良いと言われていたところだったので、代わりの話として聞き出すことが出来たといって沢山の情報を集めることができた。

ジンジャー家、アンモレア家、ファンクション家に出入りしている菓子店がどこであるとか、観劇の為にどこに馬車を出したか、家庭教師に誰を雇っていて力を入れている教育科目は何か。

数は多いが些細な内容ばかりの情報であったが、それらを組み合わせて解析することで、令嬢達の趣味や好物を分析した。

それから、それらを自分でも好きになれるように、もしくは理解できるように食べたり観たり乗ったりした。

時々アウロラと孤児院で会って、観劇の感想を添削してもらったりもした。

カインに手紙を書き、他に製菓道具のアイディアが無いかを聞いたりもした。

ジャンルーカに第二側妃のスカートについて話しても良いか許可を取って欲しいと手紙を書いた。

そうした努力が、実を結んだ。

けっして、カインを許してもらう、好感度を上げるところまでは望んではいなかった。

けれど今、お茶会の終わりの挨拶で、ティモシーとピクシーとフェイリスは「いつかカインをゆるしてあげる」と言ってくれたのだ。

ディアーナともっと仲良くなりたいと、言ってくれたのだ。


「はいっ。是非また、遊んでくださいませ!」


こぼれそうな涙を我慢しながら、ディアーナは精一杯の笑顔で三人の令嬢を見送った。

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