母を頼る

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カインの提案した『参加型もしくは視聴型茶製菓道具』がプロによって改良されていく間、エルグランダーク家の主人一家と使用人達は何度と無く試作品を試すために菓子を食べた。


「ただのお砂糖の塊だってわかっているのに、口の中でしゅわっと消えてしまうのが楽しくてついつい食べてしまうわ」


そう言いながら、エリゼが屋敷内を早足で歩いて運動している姿を見るようになった。


「甘くしたミルクを垂らしただけなのに、冷たくて美味しい氷菓が出来るのが不思議でつい余分に作ってしまうのよね」


そう言って使用人達も夢中で試作品・改良品の道具を使う。料理人でも無いのに自分でお菓子を作れ、目の前でお菓子ができあがるという体験に興奮している使用人達に、イルヴァレーノは声をかけるのだ。


「エルグランダーク家の使用人で良かったな。こんな珍しいもの、お貴族様でもエルグランダーク公爵家に招待されなければ食べられないんだもんな」


それもそうか、とイルヴァレーノの言葉を聞いた通いの使用人達は、帰宅した家で、買い物に出かけた街で、顔を合わせた他家で働く使用人に自慢をする。

それを聞いた他家の使用人達は職場で話題にし、洗濯場や厨房での噂話は侍女へ、侍女から主人である貴族へと伝わっていく。



また、エリゼの侍女やディスマイヤのそばに仕えている侍従達は元々貴族家出身なので、休日に家に帰った時に家族や友人に珍しい茶菓子の話をする。貴族らしくもったいぶって話すので『とにかく珍しいんだ』とだけ中級から下級の貴族家へと伝わっていった。


ひと月も経つと、その噂を聞いた貴族家からエルグランダーク家の女主人であるエリゼへと問い合わせが殺到するようになる。


「次はいつお茶会を開く予定ですか?」

「是非お茶会にお誘いくださいませ」


そんな言葉をよくかけられるようになったエリゼだが、


「うふふっ。温室のお花が綺麗に咲く頃にしようと思っていますの」

「もう大分寒くなってきましたものね、温室や室内ですと余り大勢お呼びできませんでしょう?」


とはぐらかしていた。


エリゼは、イルヴァレーノが帰ってきたときにカインからの手紙を受け取っていた。

その手紙には、カインがディアーナのお茶会失敗を知っていることと、カインが知っていることをディアーナに内緒にして欲しいことがまず書かれていた。

その上で、神渡りの時期には帰省するのでその時に令嬢達には直接自分で謝罪すること、ディアーナと令嬢達は「ディアーナとその愉快な仲間達VSカイン嫌い令嬢一人」という構図にならないよう、『一度に大勢が参加できる、カイン嫌い令嬢も参加しやすいお茶会』を開いて欲しいというお願い等が書かれていた。


「カインも難しい事をお願いしてくるわね」


手紙に目を通し終えたエリゼは、開口一番にそうこぼしたが、目尻は下がって嬉しそうだった。留学前は屋敷の中で兄妹二人で遊んでいた子らが、邸の外の社交へと目を向け始めている。


「カイン様は、ディアーナ様には令嬢達と友人として付き合ってもらいたいと思っているようです。無理にカイン様の悪印象を払拭したり好印象を持たせようとしたりしなくて良いと」


手紙を預かるときに聞かされたカインの言葉を、イルヴァレーノが伝える。

ディアーナに年上の友人ができる事は望ましい。年齢差があるので、アルンディラーノの婚約者候補として競い合う可能性が低いから『悪役令嬢』としてディアーナをおとしめるとは考えにくい。そして、爵位としては下でも、年齢で上になるお姉さん的立場の友人ができれば、ディアーナは傲慢になりにくいのでは無いかとカインは考えている。


「カインがそんなことをねぇ。では、ディアーナと相談しつつお茶会の準備をしなければね~。忙しくなるわぁ」


イルヴァレーノの言葉に頷きながら読み終えた手紙を畳むと、エリゼは文机へとそれを仕舞いに行った。部屋を横切るちょっとの距離を小さくスキップして移動したエリゼを、イルヴァレーノは見ないフリをした。

淑女のお手本であるべき公爵夫人のスキップなど、見ても良いことは何もないのである。

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誤字報告いつもありがとうございます。

キリの良さの関係で、ちょっと短めです。

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