採用面接試験
エルグランダーク公爵家の主人の執務室。
向かい合って設置されているソファに、エルグランダーク公爵であるディスマイヤと、孤児のイルヴァレーノが向かい合って座っていた。
ディスマイヤは手元に手帳と万年筆を持っており、にこにこと笑顔でイルヴァレーノを見つめていた。
(笑い方がアイツにそっくり)
「こんにちは。私はディスマイヤ・エルグランダークです。エルグランダーク公爵家の当主でカインとディアーナの父です。君の名前を聞いてもいいかな?」
ディスマイヤの丁寧な話し方に、イルヴァレーノが目を見張った。
公爵といえば貴族の中でも最上位の爵位だ。もっと偉ぶって上から目線であれこれ聞かれるものだと構えていたのだ。
「イルヴァレーノと申します。家名はなく、西の神殿に併設された孤児院に住んでいます」
そういってグッと深く頭を下げる。
「頭を上げてください」
そういわれて、体を起こす。ディスマイヤは相変わらずにこにことイルヴァレーノを笑顔で見つめていた。
「カインに裏門のそばで拾われたとき、結構な怪我をしていたそうだね。そんな早朝になぜ怪我をして倒れていたのかな?」
それは、聞かれるだろうと思っていた質問だった。
カインは何故か最初から暗殺帰りだと決めつけていたので何も聞いてこなかったが、普通ならまずそこを疑問に思うだろう。
そもそも、6歳の子どもが暗殺なんて仕事をしていると考える方がどうかしているのだから。
「手紙を配達する仕事の帰りだったんです。夜明け前に渡して欲しいと依頼されていました。夜明け前でしたので玄関から入るわけにはいかず、二階の窓から手渡ししました。その時に暗くて足を外してしまい、屋根から落ちてしまったのです」
言い訳は用意していた。暗殺よりはましだが、やっぱり怪しさ爆発の理由ではある。押し切るのは難しいと思っていたが、他にはあまり言い訳が思いつかなかった。
「真夜中の配達ねぇ」
「誰から誰に当てたものなのかは、ご容赦ください。秘密の手紙だからこそ夜明け前に窓から直接本人に渡さなければならなかったのです」
平和的に受け止めてくれれば、親から反対されている恋人同士の恋文を想像するかもしれない。そうでなければ、貴族や商家の情報戦の片棒を担いでいると思われるかもしれない。
「なるほどね。なかなか危なそうな仕事だけれど、そんな事を
「何時もではありません。用事が無ければ呼ばれない仕事ですから。でも、現金で報酬をいただけるので、孤児院で作っている野菜や街の人からの施しでは足りない部分を補えるのです」
「ふむ」
「イルヴァレーノ。君は文字が読めるそうだね。孤児院の子はみんな字が読めるのかな?」
「いいえ。孤児院では教えてくれる人は誰もいないので…他の子は字がよめません…でも、カイン様が先日文字を覚えるための絵本を孤児院に置いてくださったので、じきに皆読めるようになるでしょう。難しい表現は無理かもしれませんが」
「なるほどね…」
ディスマイヤは、クルクルと指先で万年筆を回してもてあそんでいる。手帳も用意していたが、何かを書き込んでいる様子はない。
「カインの事は好きかい?」
「……感謝はしています。怪我したときに介抱してくれたことも、孤児院の仲間たちに親切にしてくれたことも……」
「そうか」
ディスマイヤは、クルクルと指先でペンを回している。
イルヴァレーノは気になってチラチラとそちらに視線がとられてしまっていた。
---パチンっ
ディスマイヤが手帳を片手で勢い良く閉じた。その音に、イルヴァレーノの意識が持って行かれた一瞬。
無意識でイルヴァレーノは頭を揺らして
カツンと乾いた音が、イルヴァレーノの背後で鳴る。ディスマイヤの右手にあったハズの万年筆がなくなっていた。
「ごめんね、手を滑らせてしまったみたいだ。
ウソだ。とイルヴァレーノは思った。手が滑ったんじゃない。投げたんだ。
とっさに避けてしまった。手帳を見ていたのに、視界の外から飛んできたペンを避けた。
わざとペンを投げたのだとしたら、ディスマイヤはイルヴァレーノのその動作を見たかったのだろう。
おそらく、普通ではない事がバレてしまった。
「良かったら、万年筆を拾ってくれないか」
「……はい」
ソファから立ち上がり、後ろに回る。ソファの背後は書棚になっていて、その縦板部分にインクが飛び散っていた。
ソファのすぐ後ろで拾った万年筆のペン先は潰れてしまっていた。
(これ、書棚にぶつかってから床に落ちたんだ…。大分勢い良く投げられたんじゃないか)
ペンを避けられずにペン先が刺さっていたら結構な怪我になっていたんじゃないかとゾッとする。
この面談までの数日間で、この人はどこまで何を調べたんだろうか。イルヴァレーノは首筋に鳥肌がたつのを止められなかった。
「ペン先が、潰れてしまっていました」
「おや。まぁ、軸が無事で良かったよ。ペン先は消耗品だからね。仕方ない」
拾ったペンをディスマイヤに渡し、改めてソファに腰を下ろす。
「夜明け前の手紙の配達みたいな仕事を、もう依頼されることは無いだろう」
「え?」
ディスマイヤは、つぶれたペン先をつまらなそうに見つめながらつぶやいた。イルヴァレーノの耳にもその言葉はしっかり届いていたが、何のことを言われたのか一瞬わからなかった。
「これからは、カインの良き友として、良き理解者として、良き侍従としてしっかり支えてやってくれ。
採用ということだろうか?
視界外からの凶器を無意識で避けた動きについて、何も疑問に思わなかったのだろうか?イルヴァレーノが困惑した顔で黙っていると
「給金は働いた相応分をきちんと支払うよ。家は公爵家だからね。ケチくさいことはしない。だから、
ヒュッと音を立てて息を飲み込んでしまった。
領地視察から帰ってきて、面談までの数日間。どこまで?じゃない。全部調べがついているのだ。その上で、イルヴァレーノを闇から切り離したのだ。このエルグランダーク公爵という男は。
カインは恐らく調べたわけではなく、
この人は違う。
知っていたから、万年筆をペン先を向けて死角から投げつけてきた。それを最後の裏付けとして確信したのだ。そこまでに集めた情報が正しいと言うことに。
イルヴァレーノが今までやってきたことも、それを指示していた人間もわかっていて、カインの侍従にすると決めたのだ。
「よろしくお願いいたします」
イルヴァレーノは深く頭を下げた。恐怖と、感謝と、その他の色々な思いがそこにはこもっていた。
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