第三十七章 光を信じる心
「アレウス王!!」
「来たね、遠岸蓮君。どうだい、余のこの力は。素晴らしいだろう?」
濃い瘴気で満たされた空間の最奥に、その男はいた。
王の威厳を示すための装束とマントは今やドス黒く染まり、いつも柔和な笑みをたたえていた彼の顔は力に酔いしれ歪み果てている。
「……どうしてこんなことを?」
「アハハハ。なぜだと? 決まっている。余は王だ。ゆえに国だけではなく、世界も『支配』したくなった。それだけだよ」
一体どうなっているんだ。どうして、こいつも『支配』なんて言葉を口走るんだ? それじゃあまるで―――
「気づいたようだね。余がドミナスの名と力を受け継いでいるということに!!」
「なんだって……? じゃあ、リエスが視たドミナスの力を譲渡されていた人物っていうのは…」
「ああ、余だとも。あの子からその話を聞かされた時は、失敗したと内心焦ったよ。マリアもいたしね。だが、その後すぐに君達兄妹のことも知った。これは利用できると思った」
恍惚の表情でアウレス王は喋りつづける。そこには一切の罪悪感も感じられない。ただただ嬉しそうに、子どものような無邪気さで話し続けている。
嫌悪感を覚えるほどの瘴気を身に帯びていてなお、彼の強烈な自我を感じさせる。
「そして魔人という分身体を使うことで計画は達成された。天使の方のマリアも君のおかげで力を失い、絶好のタイミングの到来! さらには異なる世界の人間同士の衝突が、終わりの力を発動するに足る歪みを生みだしたのだ!」
なるほどな。今になって改めて自分の勘に確信が持てた。
「……やっぱり、猫をかぶっていたんだな」
「ほう。やっぱり、とは」
「真耶に頼んで、王都にいる人間からアンタの評判を聞いたんだ」
「それで?」
「みんな口を揃えて、アンタを褒めたたえていたさ。悪口を言っているやつなんて一人もいなかった。不自然なくらいにな」
普通だったら、どんな優れた為政者に対しても、大なり小なり不満を抱えているのが歴史の常だ。それがないというのは、つまり、歯向かう者や疑念を持つ者は存在を許されていないということだ。圧政を敷いている以外にないと思っていたけれど。
「アハハハハ! 良い直感だ。別の世界には名探偵の君もいるのかな? そうとも。余に逆らうことは何人たりとも許さない。全てはこの手の中にあればそれでいいのだ!!」
「お前…!」
「ふう、少し話し過ぎたな。ここまでの協力大儀であった。誇りを胸に死ぬが良い」
「ッ!!」
ノーモーションで瘴気の弾丸が飛んでくる。呼び出した『剣』でなんとか受け止めるが、威力の重さで弾き落とすだけで精一杯だ。
一撃では終わらず、次々に襲い来る瘴気による攻撃を捌いていく。しかしアウレス王からは次第に引き離されていく。視界も悪く、戦うべき相手の姿も捉えられない。
くそ、これじゃまともに戦うこともできないぞ……!
「蓮!」
瘴気の帳を隔てた向こう側からリエスの声が聞こえてくる。姿は見えないがどうやら無事なようだ。けど、この戦いに巻き込むわけにはいかない。
「こっちは危ないから、リエスは街のみんなを助けに行ってくれ!」
「そこに…そこにお父様がいるのですね…」
「ああ。俺がなんとかするから、お前は―――」
「アハハ、お喋りに興じている余裕があるのかな!?」
集中が切れているのを隙と見たか、アウレス王の足元から伸びた影が拡がって俺の周囲に鋭く尖った槍の柱を生み出した。かわしきれず、少なくない手傷を負ってしまう。
「くッ」
「っ。父の醜態は、娘であるわたくしが正さねばなりません。それが王女としての務めでもあります。ですが、わたくしは非力です。皆さんのように戦う力は持っていません」
傷の痛みを堪えながら、黙ってリエスの話を聞く。彼女のひどく落ち着いた声は頼りなさがあるが、小さくとも確かな覚悟の響きが含まれていた。
「わたくしにできることは信じ、祈り、託すことだけ。たったそれだけの事でも貫ければ、誰かにとっての大きな力となる……。かつて、マリアからそう言われました。ですから、今はそれを信じます。終わりに抗う力、『導の光』を!!」
「! これは……」
リエスが瘴気の壁の向こうで祈りを捧げ始めたのを感じ取る。それと並行して、俺の視界に変化が訪れた。
暗黒の中で、微かだが光る点のようなものが浮かび上がる。不明瞭だったアウレス王の輪郭を捉えることができた。
「なんだ…この忌々しい輝きは。まさか……まさか、リエスか!」
「相手の姿が見えれば、こっちのもんだ!」
『剣』に想いを込める。望む結末をイメージし、刃に乗せる。
強力な脚力に任せて一息に飛び込み、アウレス王の真下から『剣』を逆袈裟に斬り上げた。
「無窮へ連なれ、―――我流剣技・ “
勝利の可能性を収束させた終わらせる為の一閃。終骸を倒すことのできる一撃。
そのはずだった。
「な」
「これは、可能性なんてあやふやな物に頼った末路だよ。遠岸蓮君」
手の平に冷や汗が滲む。
渾身の斬撃は、刃を素手で掴まれるという、考えられる限り最も舐められた方法で止められていた。
「くっ………!」
すぐに『剣』を一度消して、後ろに退がる。この距離は危険だ!
「本当に良い勘を持っている。だが、悲しいことに速さが足りないね」
俺の足が地を踏むことはなかった。否、踏むべき地面が消えた。
底すら見えない深淵の落とし穴が口を開く。今から着地点を変えることは間に合わない。かといって攻撃をしても俺の剣技にアレを消し飛ばせるようなものはない。
くそ、こんなところで俺は負けるわけにはいかないんだ。真耶を探さないといけない、街を救って、あのクソ王をぶっ飛ばさないと…!!
「避けなさい蓮!!」
そんな風に空回りする思考で埋め尽くされた俺の意識に凛とした声が割り込んだ。
反射的に身をそらして生まれた隙間を、爆炎が突っ切ってゆく。
暗黒の瘴気に蝕まれ続ける戦いの場に、一輪の向日葵が咲き誇った。
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