第三十章 諦めない者に天使は微笑む

 その終骸は、ジッと動かずにただそこに佇んでいた。


 以前の終骸ネフィニスは端末レベルでも、こちらのトラウマを掘り起こそうと多弁だったが、今回は真逆だ。静かすぎる。ただ濁り切った殺意だけが肌に突き刺さる。


「油断しないでよ、蓮。アイツ全然隙がないわ」

「相手は人じゃないし、勝手も違うだろ。俺の『剣』でどうにかしてみせるさ」

「カッコつけてんじゃないわよ。ッ、来るわよ!」


 空間がさざめく。


 二条の黒線が視界を分割した。


 ギリギリで滑り込ませた『剣』が、その攻撃を弾く。


「桐立流剣技・尾幌おぼろ!!」


 初撃は陽子の剣。炎を纏った斬撃が闇の胴に吸い込まれ、そして。


 ヒットする直前で同じく炎の刃に防ぎ返された。


「なに、コレ…。アタシと同じ威力ですって…!?」

「下がれ、陽子。俺が動きを止める!」


 右手の『剣』を水平に構える。


 襲い来る黒い光条をいなし、一気に距離を詰めた。


「我流剣技・韋打電ソードスラスト!」


 捻った腰から、真っ直ぐに伸ばしきった腕へ、切先にまでその力を伝えて刺突を放つ。


【効カない、ゾ】

「く、そ!」


 結果は同じ。


 俺の突きと同質の反撃で相殺された。


【無駄、ダ。我ハ鏡像にして、虚像。如何な力・技デモ、我ニ届かナい】


 以前戦った一体目の終骸よりも流暢な言葉使いで、敵が声を発する。


「鏡像だって…?」

【然リ。故ニ、届かなイ】

「上等じゃない。鏡だというのなら、砕くまでよ!」


 大きく跳ねた陽子の刃が、終骸に迫る。


 間断なく放たれる六閃。


 しかし、全て届かず。


「やりにくいったらないわね」

「同時攻撃でいくぞ。それなら真似れないはずだ」

「了解!」


 俺の『剣』と、陽子の剣。二振りの刃で以てそれ以上の連撃を生み出し、終骸を取り囲む。炎が疾風に巻き取られ、混ざり合い、逃げられない必殺技となる。


「「合体剣技・天通緋可星ソードブレイズッ!!」」

【それモ、知ッテいル】

「なっ―――」


 ギュルンッと回転した終骸の胴から、闇の塊が生えて、こちらを薙ぎ払った。受け身を取れずに地面に打ち付けられ、全身の骨が軋む。


 辛うじて立ち上がり、終骸を見据える。


【諦めロ。この世モ、直に終ワル。全テが虚、偽リに帰ス】

「させる、かよ…」

【問おウ。何故。どうシテ、そこまで、貴様ハ抗ウ。いつも、イツもいつデも】


 意味不明の問いかけ。いつも? 確かに俺は、いつだって何かに立ち向かってきたかもしれない。妹を守るため、家族と平和に暮らすため、困っている誰かを助けるため。地球にいても、ここ〈イグニア〉でもそれは変わらなかった。


「理由なんてわからない。でもな。俺はいつだって、心の底からやりたいことをやってるだけだ。だって、そうしないと後悔するからな!!」

【理解不能。世界ノ終わリに、ソレは不要。消去スル】


 闇が紫電を孕む。


 空間にあらわれた無数の鏡が光でもない闇を乱反射し、急激に全てを呑み込み始めた。


 体に力が入らない。自分がここにいることを知覚できなくなっていく。駄目だ。こらえろ。意識を手放すな!


「絶対に諦めたりしないぞ…。俺が、ここに在る限り!!」

「いい覚悟だ。さっすがレン様。世界が違えど、気迫は本物だわな」


 空間が軋む音が止んだ。


「お前…」

【……。何者、ダ】


 闇が晴れる。完全にではないにしろ、はっきりと前が見える程度に。


 それは、俺の前に立った誰かの成したことだった。


「緊急事態だしねェ。天使特権ってヤツで助勢させてもらうぜ、レン」

「マリア……?」

「あァ。ただし、器はそこに寝ているがな。このオレこそが別天地から舞い降りた、いや呼び出された異界人なのさ」


 そうのたまうマリアの姿は、人としての容貌を外れ、神々しさを携えていた。金髪と碧眼は眩く光り、その背には純白の翼が力強く翻っていた。


「さァて。なんだかわからんが、あの真っ黒なヤツをぶっ飛ばしてやろう」

「けど、あいつは全部の攻撃を反射する。なにか手段があるのか?」

「もちろん。それに、その手段をお前さんもすでに握っているはずさね」

「え?」


 言われて自分の手を見やる。いつの間にか右手の薬指に、金と青の指輪がはまっていた。これは陽子の時と同じか。世界と世界を繋ぐ、誓いの証。


「どうだい。やれそうかい、騎士様?」

「もちろん。理解したぜ、マリア。向こうの “俺” を」


 ―――天使の加護、祈りの弾丸は今ここに。


「 “われ思うゆえにわれ在り、われ在るゆえにせかい在り”」


 さかずきのように形作った掌に、光が宿る。粒子が凝集して弾丸となる。真実を貫き、意思を通すための一発。


「『製界ノ弾バレット・ターミナス』ッ!!」


 あおく、あおく、あおく。


 どこまでも透き通るいろが空間を染め上げた。

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