第十二章 塗り替えられる後悔
かすかな光すら飲み込もうとする暗闇で、激しい剣戟の火花が鳴り響いている。
切り結ぶごとに、情報がすごい勢いで流れ込んでくる。俺は手にした『剣』のことを、並行世界の自分のことを次第に理解しつつあった。
曰く、"無刃の落ちこぼれ"。特定の武器を持つことなく、よって一つの道を極めることができなかった半端者。戦う人間になれなかった俺は、教える側の人間だった。らしい。なんだ、陽子の方がよっぽど真っ当な剣士じゃないか。いま手にしている『剣』も、剣というよりは槍のようで斧のようで形の定まらない物なのはそういうわけか。
【【諦めロ・オマエは何者にもナレず・愛する者すら守れなかッた】】
「あぁ。そう、みたいだな!」
向こうの俺には後悔しかなかったのだとしても。
「俺は、絶対に諦めない。誰かを犠牲にしてみんなを救ったって真耶はもちろん、親父やお袋だって喜ばないんだ。そんなこともわからなかった馬鹿野郎の代わりに俺がどうにかしてやる!!」
身を焦がすほどの激情を『剣』を通して、技として呼び出す。
「――― 我流剣技」
別の世界とはいえ自分のスキルだからか、直観で使い方を理解した。
【【ぎ、ギギギギ・諦め、ロ・負ケ犬ッ・オマエは誰にも認めらレルことハない・何モなし得ず、全テ、無ニ帰スのみ】】
斬り合いの
しかし、もう遅い。幾重にも重なる刃の隙間。その一瞬の乱れを狙って、俺は。立ちふさがる終骸の間合いに踏み込んで技の初動に入る。
一振り目で剣が折れ、続く二振り目で刃が尽きる。さらに三振り目で腕が下がり、四振り目で膝も崩れる。何度目で届くのかなんてわからない、ただ、止まらない。
呼吸も思考も置き去りにして、膂力が尽きるまで『剣』を振るう。持てる技の全てを以って軌跡を途切れさせることなく、数多の挫折を積み上げてたった一人の敵を倒すべく閃を紡ぐ。これが並行世界の俺が編み出そうとした未完の技。
望む結末にたどり着くために何度でも『剣』を繋ぐ。俺の守りたいものに、この手が届くまで !
「無窮へ連なれ、――― “
文字通り必殺に至る斬撃の嵐が集束し、終骸を、過去の後悔ごと一刀両断に斬り伏せた。
【【ぎ、ギギ・・ッ・こレは、どうイウ・ッキサマ・何者、gih・jはさおkはslぱjだmkp;・・・】】
意味不明の羅列を残して終骸が消滅する。ガラスがひび割れるような軋みが空間を走り、元の道場に引き戻された。気を失ってしまったのか、あちこちが壊れてボロボロになった床に陽子が倒れているのを見つけた。
「陽子、目を覚ませよ。ここから脱出しよう」
「ん。…れ、ん? どう、してここに…。お父様は…?」
まだ意識がはっきりとしていない様子で呟く陽子だったが、説明している暇はなさそうだ。もう道場の面影すら残っていないし、この空間はもうもたなさそうだ。
『おい聞こえているか。聞こえているなら返事をしたまえ、遠岸蓮! そちらはどうなっている!』
「うわ、びっくりした!?」
唐突に『管理者』の怒鳴り声。驚きつつも、脱出するために飛び込んできた時の穴を探しながら、意識がはっきりしない陽子を背中に抱える。
『まったく心配させるんじゃあない。どうやら勝てたようだね…。もう外では終骸の体が崩れ始めているぞ』
「そいつはよかった。ついでに、どこから出ればいいか教えてくれないか?」
『結果オーライにもほどがある…。もうこんなぶっつけ本番はやめてくれ。ごほん…。さて、脱出口だが。君の前に変な歪みはないか? ズレている箇所があれば、そこに飛び込むんだ』
「歪み…?」
言われて見回すと、……あった。
考えている時間はない、足元すらあやふやになってきた。意を決して歪みに突っ込む。
肌がぞわっとして、俺の視界に外の光が差し込んだ。
「って、落ちてるんだが!?」
『そりゃあ巨人はもうほぼ消えているからねえ。まあ安心するといい。君の優秀な妹くんが、既に手を打ってある』
「兄さん! 手を伸ばして!!」
真耶の声。言われるがままに空中で伸ばした右手が、何かを掴む。
ハンドルのようなパーツだ。一本のロープに引っかかってるその持ち手が、慣性の法則に従って前に滑り始めた。ジップラインというやつか。行き先は元来た鐘の塔。陽子を起こさないように着地すると、真耶に出迎えられる。
「無事ですか兄さん。陽子お姉ちゃんも…ぶじですね…」
「顔色悪いぞ、真耶。大丈夫か!?」
『騒ぐんじゃあない。スキルの使い過ぎで疲労しているだけさ。それより、君こそ大丈夫なのかい?』
そういえば、随分と体が重い。
戦闘の影響だろうか。まぶたも…引っ付きそうだ…眠い…。
俺の意識もそこで、抗えない微睡みの中に沈んでいった。
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