第3話



久しぶりの課内の飲み会で。


私はできるだけ、岩田さんから離れた席に座った。長テーブルの、中央寄りと一番端。

勿論、中央寄りが岩田さん。一番端が、この私。




何でもスマートに振る舞える岩田さんと違って、私は付き合い始めてからずっとドキドキしていて。『内緒にしよう』と決めたこの社内恋愛が、いつバレないかと不安で。

自分がきっと挙動不審だと思えば、ますますあがってしまって。



内緒にしたかったのは、みんなの前で岩田さんに並ぶ自信がなかったから。


いつか終わってしまうその時に、やっぱり王子様に相応しくなかったと言葉にされるのが怖かったから。


そんなの、私が一番分かってる。











「萩原さんってさあ、彼氏いないの?」


たまたま隣り合っていた男の先輩から、話し掛けられた。



『彼氏・・・いないです。』


別に、いるかいないかは答えてもよかったのだけれど。突っ込まれたらボロが出そうで、首を振った。



「そうなんだ。なんで?作んない主義?男嫌い?」


『いえ、特に、作らない主義とかではないですけど。』


「じゃあ飲まない?」


『え?今飲んでるじゃないですか?』


「そうじゃなくて。笑

今度、二人で飲みに行こうよ。」




ああ、そういうことか。


やっとこの流れに、頭が追いつきかけたその瞬間________













「萩原さんは、僕と付き合ってます。」






大きく響いた声に、辺りがシンと静まり返った。



聞き間違いかと思った。

誰かが、ふざけて何か言ったんだと。


誰かが、岩田さんの声色を真似てふざけたんだと。




だけど、顔を上げれば。



「うそ・・・」

「王子が?え、まじで?」

「この二人、付き合ってんの?!」



ざわつき始める人たちの中で、真っ直ぐに此方を見てる岩田さんがいた。




「え?岩田と付き合ってんの?萩原さんが?」


先輩たちから覗き込まれる。慌てて首を振ろうとした瞬間、


「俺から告白しました。萩原さんは、俺と付き合ってます。」




私を制止するように、遠くから岩田さんが答える。

頭に火が昇る。


すげぇ!と辺りが沸いた。












突如発覚した社内恋愛。盛り上がった人たちは、私と岩田さんを隣同士で座らせた。



消えたい・・・

なんで急に言っちゃったの?こうなるから嫌だったのに。


好奇の目が居た堪れなくて、ずっと下を向いてた。興味本位のインタビューには、ひたすら岩田さんが答える。



その中の一言が、私の心に深く刺さった。







「いつから付き合ってるの?」


岩「まだそんなに経ってないです。」


「秘密にしようってのは、なかったの?」


岩「近しい人たちには、話すことにしてるんです。」








“話すことにしてる”


そんな取り決め、私たちの間ではしていない。



“話すことにしてる”


それは、岩田さんが勝手にそうしてるだけで。


いつもの、岩田さんのやり方なだけだ。




慣れっこなんだ、岩田さんには。

私が振り回される、この恋の何もかも。









不意に涙が込み上げてきて、席を立った。

背後からは、女子たちの黄色い声が沸いていた。

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