第36話 戦力分散

 「発表はまだだが、南方作戦が一段落した後に第一機動艦隊は大幅な編成替えを行う。各艦隊ともに空母を中心とした編成はそのままだが、それらは戦力が均等になるよう、それぞれ一隻ずつの『大和』型空母と『金剛』型空母、それに二隻の『天城』型空母を配している」



 第一機動艦隊

 第一艦隊

 空母「大和」「天城」「葛城」「比叡」

 重巡「青葉」

 駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」


 第二艦隊

 空母「武蔵」「笠置」「阿蘇」「霧島」

 重巡「衣笠」

 駆逐艦「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」


 第三艦隊

 空母「信濃」「生駒」「筑波」「金剛」

 重巡「古鷹」

 駆逐艦「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」


 第四艦隊

 空母「甲斐」「伊吹」「鞍馬」「榛名」

 重巡「加古」

 駆逐艦「萩風」「舞風」「野分」「嵐」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」


 連合艦隊直属

 第五艦隊

 戦艦「長門」「陸奥」

 重巡「妙高」「羽黒」「那智」「足柄」

 駆逐艦「海風」「山風」「江風」「涼風」「村雨」「夕立」「春雨」「五月雨」



 「これらのうちで、インド洋作戦に参加するのは第一と第二の二個機動艦隊だ。山本が希望するように一二隻の空母を同作戦に投入すればそれこそ万全だが、しかしそうなってしまうと東洋艦隊は戦いを避ける公算が大きい。太平洋艦隊やオアフ島に比べて東洋艦隊は遥かに劣る航空戦力しか擁していないし、彼らもそれは自覚しているはずだ。

 それと、南方作戦に参加していた『金剛』型空母はそのいずれもが帰還の途にある。これら四隻は本土に戻り次第整備、それが終われば艦隊の合同訓練に入る」


 吉田長官の説明を聞きつつ、それまで編成が記された紙片から目を離さなかった山本長官が顔を上げて疑問を質す。


 「インド洋作戦が第一艦隊と第二艦隊の二個艦隊で実施されることについては異存はない。東洋艦隊が相手であればこれら八隻の空母と五四〇機の艦上機があれば十分にお釣りがくるだろう。

 だが、その間、第三艦隊と第四艦隊はどうするのだ?

 まさか、贅沢にも太平洋艦隊に備えるための待機だとか、あるいはいまさら延長訓練を行うとも思えんのだが」


 山本長官の質問を予想していたのだろう、小さく首肯しつつ吉田長官が説明を重ねる。


 「第三艦隊と第四艦隊、それに連合艦隊直属の第五艦隊は第一艦隊と第二艦隊がインド洋に出張っている間にブリスベンを叩く。豪州にとって東の守り神である太平洋艦隊はすでに無く、さらに西の守り神の東洋艦隊まで失ってしまえば豪州の孤立化は決定的だ。

 もし、山本が首尾よく東洋艦隊を撃滅し、同時にブリスベンを火の海に沈めることが出来れば豪政府の継戦意思を刈り取ることが出来る。そのことで豪州の日本に対する心証は最悪になるだろうが、そこはまあ仕方ない」


 吉田長官の言葉に、だがしかし山本長官は軍人として当然の危惧を抱く。

 これは典型的な戦力分散だ。

 兵法でも愚策中の愚策とされ、もはや禁忌とすら言っていい行為だ。

 だが、先ほど吉田長官が言った通り、一機艦が総出でインド洋に出張れば東洋艦隊は現れない公算も大きい。

 万事に論理的で現実的なアングロサクソンは、負けると分かっている戦いに臨むことを馬鹿の振る舞いだと言って当然のように忌避する。

 それに、ブリスベンを叩くというアイデアそのものは悪くない。

 第一艦隊と第二艦隊が東洋艦隊と戦闘に突入したことを確認してから出撃すれば第三艦隊と第四艦隊、それに第五艦隊は米英の艦隊に側背を突かれる心配無しにブリスベン攻撃に集中できる。

 ブリスベンは豪州第三位の人口を抱える大都市というだけにとどまらず、極めて有力な潜水艦基地を擁している。

 ここを叩いておけば、日本と南方資源地帯を結ぶ航路の安全性は飛躍的に高まることは間違いない。


 「ひとつ聞いておきたい。ブリスベン攻撃に反対するわけではないが、それでも第三艦隊と第四艦隊で戦力は十分なのか?

 仮にも敵の本国の重要都市を直撃するのだ。中途半端な戦力で立ち向かっても返り討ちにされる危険が大きいだけではないのか」


 懸念の色をその表情に浮かべながら山本長官は吉田長官に向き直る。

 だが、吉田長官は心配するなと言いつつ、その根拠を開陳する。


 「それについては大丈夫だ。豪州の航空機はポートモレスビーをはじめ北部に重点配備されている。それと、太平洋艦隊の全滅それにオアフ島壊滅の影響を受け、米国から豪州に流れ込んでくる航空機をはじめとした戦争資源は思いのほか少ないことが分かっている。米国も西海岸の防衛強化やオアフ島の復旧を優先せざるを得ず、豪州まではなかなか手が回らんのだろう。それと、豪海軍だが、それなりの戦力を擁しているとはいえ最大のそれが重巡洋艦だから帝国海軍の敵ではない。むしろ警戒を要すべきはブリスベンを根城にしている米潜水艦のほうだ」


 ブリスベンは豪州第三の都市だが、しかしその防備はオアフ島には遥かに及ばないことは間違いないだろう。

 敵の戦力に問題が無いとなれば、あとはこちらの問題だ。


 「ブリスベン攻撃の指揮は誰が取るのだ。三個艦隊をまとめ上げるのだからそれなりの能力と階級を持った人物でなければ務まらん。そうなれば候補となる人材は限られてくるが」


 疑問顔の山本長官に対し、吉田長官が珍しく白い歯を見せる。


 「お前の目の前にいるではないか」

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