第32話 オアフ島沖の罠

 朝一番に二八八機の零戦からなる第一次攻撃隊の戦闘機掃討によってオアフ島の米軍戦闘機隊を散々に叩きのめし、さらに一九二機の零戦からなる第二次攻撃隊がこれにとどめを刺した。

 午後には艦隊防空を第一次攻撃ならびに第二次攻撃に参加した零戦に委ね、それまで直掩任務にあたっていた一四四機の零戦が今度は二五番を搭載してオアフ島の各飛行場を爆撃、滑走路や付帯施設に甚大な損害を与えた。

 日が落ちてからは「長門」と「陸奥」、それに四隻の「妙高」型重巡を主力とする水上打撃部隊がオアフ島に艦砲射撃を仕掛けるべく南下、しかし米艦隊の存在を探知した時点で同部隊は反転、同島から離れていった。


 「『長門』と『陸奥』を含む日本の水上打撃部隊が反転したのは確かなのか」


 情報参謀からの報告に、キンケード提督は不信が色濃く混じった声音で確認の言葉を吐く。

 ウェーク島沖海戦で当時の太平洋艦隊を虱潰しにしたあの獰猛な連中が何もしないで引き返すことが信じられないといった表情だ。


 「間違いありません。監視任務にあたる生き残った水上機ならびに飛行艇が同様の報告をしています。 あるいは、日本の水上打撃部隊はこちらに『ワシントン』と『ノースカロライナ』があることに気づいて戦いを避けたのかもしれません」


 発見された日本の水上打撃部隊は「長門」と「陸奥」の二隻の戦艦、それにそれぞれ四隻の重巡と駆逐艦で構成されていることが分かっている。

 一方で、こちらは「ワシントン」と「ノースカロライナ」の二隻の戦艦、それに「ブルックリン」級軽巡が二隻に駆逐艦が一六隻だ。

 戦艦は質に勝り、駆逐艦は数で勝る。

 巡洋艦戦力では後れをとるが、それでも総合戦力で言えばこちらが一枚も二枚も上手をいくのは間違いない。

 そして、日本の連中もまた我々と同様に水上機による接触を維持しているから、こちらの戦力はかなりの程度、正確に把握していることだろう。

 勝てない相手に勝負を挑むのはバカのやることだから、日本の指揮官の判断は正しいと言えるのだが・・・・・・

 そう考えるキンケード提督に、レーダーオペレーターから悲鳴のような報告が上げられてくる。


 「レーダーに感。三一五度の方角、距離五〇マイル、機数約五〇!」


 レーダーオペレーターの声が耳に入った瞬間、キンケード提督は参謀らの意見を聞くこともなく即座に命令を下す。


 「全艦対空戦闘用意!

 おそらく連中は夜間雷撃を狙っているはずだ。英海軍はこの夜間雷撃でイタリア戦艦を撃沈破している。日本の連中に同じことが出来ない道理は無い。ウェーク島沖海戦で見せた連中の技量は本物だ。命中率の低い夜間だとはいえ、くれぐれも油断するな!」


 指示を出しながらもキンケード提督は己のうかつさに歯嚙みしている。

 オアフ島の友軍と日本艦隊との戦端が開かれてからというもの、日本の機動部隊はもっぱら零戦のみを出撃させて一式艦攻のほうはまったく動かしていなかった。

 それは、つまりはこの時のために温存していたからだ。

 あるいは、「長門」と「陸奥」を含む日本の水上打撃部隊でさえもが自分たちをおびき出すための囮だったのかもしれない。

 嫌な想像に、だがしかしキンケード提督はそれが正解のような気がしてならなかった。






 「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「甲斐」から発進した四八機の一式艦攻は米艦隊に接触中の水上機の誘導電波によって迷うことなく同艦隊の上空にたどり着くことが出来た。


 「全機、所定の手順に従って攻撃せよ。第一次攻撃隊が狙うのは戦艦の外郭を守る巡洋艦ならびに駆逐艦だ。第一次攻撃隊は第二次攻撃隊ならびに第三次攻撃隊の突撃路を啓開する斬り込み隊であるということを忘れるな」


 攻撃隊指揮官の檜貝少佐の命令一下、四八機の一式艦攻が散開する。

 第一次攻撃隊のうち一六機は敵艦の所在を暴露させるための照明隊で、残る三二機が航空魚雷を抱えた雷撃隊だ。

 一六機の一式艦攻が次々に照明弾を投じていく中、米艦隊もまた盛大に対空砲火を撃ち上げてくる。

 時折、海面へと墜ちていく尾を曳く光があるが、それらは不運にも敵の対空砲火に絡めとられてしまった機体なのだろう。


 そのような中、三二機の雷装一式艦攻は四機ごとの編隊に分かれ、それぞれが目標とした巡洋艦や駆逐艦に肉薄する。

 今回の作戦において、「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「甲斐」には他の母艦から夜間雷撃をこなせる腕利きが集められていた。

 昼間でさえ事故が絶えない空母の離発着のことを考えれば、夜間作戦であればなおのこと広い飛行甲板を有した空母で機体を運用しなければならない。

 だから、一二隻の空母を擁する第一機動艦隊のうちでも、夜間攻撃に携わるのは四隻の「大和」型空母とその艦上機に限定されていた。


 腕利きを集めた「大和」や「武蔵」、それに「信濃」や「甲斐」の艦攻隊も、さすがに夜間雷撃は難易度が高かったのか命中した魚雷はわずかに六本だけにとどまる。

 二割に満たない命中率は昼間雷撃であれば惨憺たる成績だと言われるが、しかし夜間雷撃であれば上出来もいいところだ。

 被雷した六隻の巡洋艦や駆逐艦の脱落によって米艦隊の陣形はずだずたになった。


 そこへ第二次攻撃隊の同じく四八機の一式艦攻が戦場に到達する。

 こちらの目標は本命である戦艦だ。

 第一次攻撃隊と同じく三二機の一式艦攻が腹に抱えた航空魚雷を米戦艦に突き込むべく突撃をかけるが、しかし巡洋艦や駆逐艦と新型戦艦とではあまりにも火力が違い過ぎた。

 夜間にもかかわらず、高角砲や機関砲、それに機銃の狙いは正確で、しかも戦艦だから動揺が少なく、つまりはプラットホームも安定している。

 このことで被弾する一式艦攻が相次ぎ、運の悪い機体は爆散したり、あるいはハワイの海面へと叩きつけられる。

 それでも八割あまりの一式艦攻が投雷に成功、「ワシントン」に二本、「ノースカロライナ」には三本の命中魚雷を得た。


 さらに同じく四八機からなる第三次攻撃隊が到着、三二機の雷装一式艦攻は二手に分かれ「ワシントン」と「ノースカロライナ」にその機首を向ける。

 航空魚雷としては破格の弾頭重量を持つ一〇〇〇キロ魚雷を二本あるいは三本とわき腹に穿たれた二隻の戦艦の動きは鈍い。

 そのうえ、少なくない浸水によって艦が傾いているから正確な射撃も望めない。

 「ワシントン」と「ノースカロライナ」の窮状を突くようにして三二機の一式艦攻は次々に魚雷を投下していく。

 回避運動もままらならず、「ワシントン」は四本、「ノースカロライナ」に至っては実に六本もの魚雷をさらに突き込まれてしまう。


 キンケード提督は致命傷を負った二隻の戦艦、それに被雷した六隻の巡洋艦や駆逐艦を処分し、急ぎ戦場を後にするよう命令を下す。

 その判断を責める者はオアフ島で戦う一部の者を除き、合衆国海軍には誰一人としていなかった。

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