航空主兵の連合艦隊
蒼 飛雲
航空主兵の連合艦隊
航空主兵
第1話 哀愁の搭乗員
「夢野の野郎、また破談したんだって?」
周囲に誰もいないことを確認しつつ、少しばかり同情が混じった声音で話を向けてくる同期に対し、もう片方の士官が苦笑しつつ首肯する。
「貴様、さすがに耳が早いな。その通りだ。残念なことに見合いはまたしても失敗した。今回は相手の娘さんがたいそうな美人だったそうで、夢野もまたいつにも増して気合が入っていたんだがな」
「理由は例のごとくか」
「そうだ。相手方のほうも夢野が士官だということで最初は乗り気だったらしい。しかし、やつが戦闘機乗りだと聞いたとたんに搭乗員だけは勘弁してくれと、そう言われてしまったんだとさ」
自虐あるいは諦観ともとれる色をその表情に浮かべた士官のネタばらしに、問いかけた同期も渋い表情だ。
「それを言われるとこちらもつらいよな。なんせ帝国海軍の中でも飛行機乗りの未亡人製造率は断トツの一位だからな。横須賀空の加賀美さんや浦島さん、それに西山や神崎も飛行実験中の事故で死んじまったしな。まあ、西山と神崎は独身のまま靖国に逝ってしまったんだが」
「まあ、飛行試験だけでなく訓練でも飛行機がバタバタ墜ちているのは国民の間では周知の事実だからな。それと、海軍だけではなく陸軍の飛行機乗りもまた似たような状況らしい。あちらさんもうちと同じようにやもめが多いんだそうだ」
「俺たちも好きで空を飛んでいるからあまり文句は言えんが、それでも寂しいものがあるよなあ」
「地方人だけでなく身内の海軍からも『またカトンボが落ちよったか』と嘲笑される始末だしな。それでもこれからの時代、飛行機が無ければ海であれ陸であれ戦えないのは明白だ。頭の上から爆弾や銃弾を浴びせられたら軍艦も歩兵も身動きがとれなくなるのは道理だからな」
「だが、我が帝国海軍の偉いさんはそのことをまったくと言っていいほどに分かっていない。特にひどいのが鉄砲屋の連中だ。飛行機で戦艦を沈めることは出来ないと馬鹿の一つ覚えのように言ってくるが、あいつらこそ何も分かっちゃいない。戦艦も飛行機もしょせんは砲弾や爆弾を敵にぶつけるための運搬手段にしか過ぎない。飛行機が戦艦を破壊できるだけの爆弾なり魚雷なりを装備すればどうなるかという簡単な想像すらも出来ないんだ。
そもそもとして、分厚い装甲に囲まれていなければ戦えない臆病者のくせに、何かと言えば水雷屋や飛行機乗りを見下してくる。戦艦が飛行機の前に敗北する日がもう目前にまで迫っているっていうのに呑気なもんだよ」
たとえ正論であったとしても、ある意味において上層部批判ともとられかねない同期の言葉に士官が注意を喚起する。
「お前さんの気持ちは分かるが、あまり鉄砲屋の悪口は言わんことだ。最大派閥の連中を敵に回しても面倒なだけだからな。いずれにせよ、誰かがこの危険な仕事をやらねばならんのだ。近い将来、海戦は水上打撃艦艇の撃ち合いだけでは済まず、海中や空中の敵とも戦わねばならなくなる。異様な進化を遂げつつある潜水艦や飛行機の現実を見ればそれはもう一目瞭然だ。だからこそ、俺たちは危険な中でも飛び続けて海軍航空の発展にその身を捧げると誓ったのだ。確かに、今の飛行機は鉄砲屋の言う通りカトンボかもしれん。だが、その時代はすぐに終わる。カトンボだった飛行機は鷹となり鷲となり、そして龍となる」
「お前の言う通りだな。最新の一三式艦上攻撃機は戦艦の横腹に大穴を穿つことが出来る魚雷を装備できる。こいつを大量に配備してもらえれば、戦艦だって容易に葬ることが出来るはずだ。というか、すでに飛行機は鷹か鷲くらいにはなっているんじゃないか?」
「そうかもな。まあ、なんにせよ時代はまもなく大正から昭和へと変わる。その昭和の帝国海軍を支えるのは間違いなく俺たち飛行機乗りだ。もっと言えば、皇国の興廃は飛行機乗りにかかっていると言っても過言では無い。ただ、俺たちがそんなことを言っても、たかが尉官風情が何を生意気抜かすかと言われておしまいだがな」
休憩時間が終わったのだろう。
たわいもない縁談失敗話から、なぜか皇国の国防にかかわる話に膨れ上がった会話を打ち切り二人の尉官が去っていく。
その背中を一人の海軍大将が見送っている。
若い二人の会話を盗み聞きするつもりはまったくもって無かったのだが、しかしここに人が居ますよと声を掛けるのも憚られたので、聞くとはなしに聞いてしまったのだ。
だがしかし、思いがけず面白いネタをつかんだ海軍大将は胸中でほくそ笑む。
「いい暇つぶしが出来そうだ」
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