第3話






「ラッシャーセー」

(訳:いらっしゃいませ)


夕方六時

お仕事終わりの人や学生が暮れていく街中を通り過ぎるのを

俺は冷たいリノリウムで出来ている無機質な台の上で頬杖をつきながら瞳にただただ光を映し出していた

目の前の情景に思い馳せることもなく、移ろう時の中でじっと、じっと二度とは戻らないモノを砂時計の砂のようにさらさらと流れイッテェ!?


ポコンッ!と小気味いい音が頭上からした

患部をさすりながら見上げると

そこには丸めた去年のカレンダーを棒にした

丸メガネで童顔の年齢不詳の男性が「誰がこどおじだコラ」ポコン


二発目をくらってしまう


「こら仕事中に黄昏ながらポエムってんじゃないよ」


「だって暇なんですもん」

「暇なら何してもいいの?」

「そこまで言ってませんよそんなオーバーな。これだからあ、なんでもないれす」

ヘタレ腐男子とは俺のことさ!


店長はため息を吐いてレジ下にある段ボールを持ち上げる

その後ろ姿はまさに中学生

合法なんちゃらである…違うか!



「あのさくだらない思考してないで働いて。給料引くよ」

「なんて横暴な」

「正当な評価の下だよ」

はぁとため息を吐かれる

なんか最近多い気がするね流行ってんの?


仕方ないので真面目に働きます

俺はいい子。覚えといてね

レジ横の段ボールを開封するためにカッターを机から取り出して作業に移る

ここは暇だからいいね

妄想が捗る

この前なんて試聴コーナーで二人でヘッドフォンの片耳つけて一緒に聴いてる子達がいてお兄さん、涎が出ちゃったよ

店長に虫を見るような目で見られたけどマイナスよりプラスが優ったよやったねたえちゃん!

いい子は検索しないでねマジで


「おい」

「あっぴょい!イテッ!?」

妄想と作業を同じタクスでこなしていたら事故っちゃったよシビュ○システム働いてよ犯罪係数測っちゃうぞ☆


「なんでお前、出血しながら笑ってんだよ」

動揺して変な思考に走っていたらドン引きされてしまった

社会的にはまだ死にたくないので頑張る


「すみません。つい」

「ついでそうなるのかよ。やべーな」

確かに。と俺も思った

「…悪かったな話しかけて。手、かせよ」

「あ、はい…」

俯いたまま手を伸ばすとお客さんは長い指で俺の腕を掴み

カッターで切れた箇所をハンカチで、えっ?

「それってパンティー?」

「はぁ?なに言って、え?」

それはピンク色の明らかに女性ものの下着だった

ショックで固まっていたがレジの下の通報ボタンまであと少しウッヒョーテンション上がってきた


「ち、違う!?これはさっき試供品だからってティッシュと渡されただけだ!ほら、このパン…ハンカチにも書いてあるだろ!」

目玉だけを動かしてみると確かに、反対側には丸々薬品と企業の名前が印刷してあった

どんなセンスしてんだよ広報仕事しろ

自分のことは棚に上げてそう思った鶴だった


「ったく…勘違いすんなよな。ほら止血したし、絆創膏貼るからじっとしてろよ」

「はい」

いい人なのかもしれない

ごめんなさいど変態だと疑って

ダメだよね現代社会の希薄な人間関係のせいですぐ疑っちゃう

でも田舎の方が陰湿じゃない?なんて思った

でもこの人は優しいらしく自分より高い体温が指先から感じ男らしい手がピンクのキテ○ちゃんデザインの絆創膏って

「可愛すぎない!?」

「はっ?あぁ、これも街中で貰った」

「貰いすぎ!世の中悪い人もいるんだからダメ!メッだよ」

「お、おう。確かにな。御子柴の言う通りだ」

納得してくれたならいいようん

あれ、今俺の名前

見上げると金髪が見えた

あれ、どこかで見たような

「あっ、あの金髪陽キャイケメンツンデレ拗らせ当て馬っぽい人」

「全力でバカにしてるのだけはわかる」

睨まれたがその手つきは優しかった

「おらよ。終わった」

パッと手が離される

人差し指にピンクの背景に某猫がいるファンシーな絆創膏だった

「てか何ようで?」

「本屋に来たんだから本買いにきたに決まってんだろ」

と言われ台に推理小説が置かれる

へー好きなんだ

「これ新表紙版あるよ」

「まじで」

「うん。九頭龍先生のは人気だからねすぐ完売しちゃうんだ」

「そうか。予約とかできる?」

「できるけど、えーと確かてんちょー」

奥から店長を召喚して尋ねた

「えっと最低でも二ヶ月待ちだって」

「まじか」

「….」

残念そうな表情で、さすがはイケメンでこちらが悪い事をしたような気持ちになる

仕方ねぇな

「ちょっちまっちっち」

「日本語で話せよ」

無視をして自分のロッカーまで戻る

そこから茶色い紙袋をリュックから取り出した


「はいどうぞー」

「えっ?」

突き出して受け取らせる

その間にレジを操作する

「お会計千八百円になりますー」

「はっ?」

「え?無銭飲食?」

「食ってねーよ!しかもちゃんと金はある」

ドンと二千円を置かれたので素早くレジに吸引する

「お返し二百円ですー」

「あどうも…」

困惑しながらもお釣りを受け取り財布に戻した

ブランドっぽい?知らないけど


「じゃなくてなんなんだよ」

「主語ないと伝わりませんよ?察して欲しいなんて子供しか許されないし、今どき子供だってしない。男っていつもそう」

「誰目線だよ!だからこの本、お前のじゃないのか?」

開封された袋の中には新表紙の小説が入っている

「まぁね〜」

「いいのか?」

「いいですよー。どうせ中身はもう読んだし、店員だから確実入手できるからねー」

しゅっしゅっとレジ台をアルコール消毒するごめん手にかけちゃった

「……本当にいいのか」

「かまへんかまへん」

「的確にうざいな」

「酷い。善意の施しだったのに」

「金はちゃんと払ったけどな。まぁ…あ、ありがとな」

頬を染めて口元に笑みを浮かべながらイケメンは言った

くぅ〜写メりてぇえ?死語?なぐんぞ!?


「おかえし」

そう言って指をかざす

そこには派手な絆創膏

それを見てイケメンは微笑む

うぉー美形こわ

「なぁ」

「はい次のお客さまどぅぞぉ〜」

「ちょ」

いつのまにか背後をとっていた小太りの男が前に出てイケメンくんを吹っ飛ばした

「あ、あああ、あのアレはアレでその」

「はいはい。いつものですね。『ピチピチDKの花園〜お前を咲かせるのは俺様だ〜』ですねー」

「ヒョー!そうです!!」

「ではお会計三千五百円です…はい一万円お預かりします。一万円札はいりぃまぁしたぁー!」

「「ありがとうございまぁすぅー!」」「飲み屋かここは」


そして平和にバイトを終えた





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