24 都市の女神と鋼鉄メイド
目前で足を組み、したり顔でオスカーを見下ろす少女は確かに自身をメトロの支配組織「ユグド」のトップだと宣言した。同時に、アビスと同じイデアでもあると。
突然の状況にオスカーは頭の整理をしようとしたが、それよりも先にルシィラと名乗った少女は言葉を被せる。
「ねぇオスカー、何故イデアの事を審査官に申告しなかった?」
「そ、それは……」
『オスカー、正直に伝えた方が良いかも知れない――この人、本当にイデアで――』
「そうね、君の相棒もそう言っているじゃない」
『なっ……ワタシの思考まで読まれてる……』
オスカーへ直接語り掛けていたはずのアビスの声までもルシィラは察知し彼らに対して言及して来る。唖然とする二人に彼女は得意げなしたり顔を披露した。
観念したオスカーは素直に口を開いた。
「カノン……自分を支援してくれている者から言われたんです。『イデアを連れていることは可能な限りユグドに知られない方が良い、企業連に目を付けられると厄介だから』、と……」
「ほぉ?その支援者……なかなか推察能力があるようじゃない」
「……え?」
予想外の反応にオスカーは顔を上げる。ルシィラは何処か関心しているかの様子でオスカーを見つめていた。
「最近ユグド内部の一部派閥が何やらひそひそとやっててね。何でもイデアの情報を手当たり次第集めたがってるんだ」
「でもそれは――」
「ワタシの差し金や部下の仕業だと言いたいんだろう?はは、お恥ずかしながらワタシには組織内部の事に対して口出し出来なくてね」
『ユグドのトップなのに?』
ルシィラはそう言いながらも何も恥ずかし気無さそうに堂々と頷いてみせた。
「ここは中世の王国じゃないんだ。トップが全ての物事を把握して、全てを決めてる訳じゃない。ましてワタシはあくまで『ユグドトップの女神』という肩書を与えられた象徴に過ぎないからね」
「じゃあその下々の連中が実際何を企んでいるかとか、それが悪いことなのかとか、どうにかする事も出来ないってことじゃ……」
「そう……だけどワタシはそれが気に喰わない!幾重にも折り重なった企業共の利権と支配だの利益だのいつまでもコソコソモゾモゾしやがって、特にあの研究機関はいけ好かない!連中の考える事はどうせろくでもないことだ、イデアを探したがっているのも奴らの差し金だしね!」
どこか茶化したように語るルシィラだが、その言葉の節々からは大小様々な怒りも垣間見えた。迸る怒りからは民衆を想う感情や心配すらも感じられるのはきっと彼女が何よりも支配者としての立場を自覚している故だろうと、オスカーは僅かに感じた。
「まぁそれは置いといて……素直にイデアを連れている事を明かせば企業連盟ひいては研究機関のマークがついて厄介な事になるのは間違いナシだ。折角の客人やワタシの姉妹たちに迷惑がかかるのは気分悪いからね」
「もう僕は住人ですよ」
「はは、そうね。これからメトロをよろしく頼むよ、オスカー」
『本当にしょうもないんだな、その研究機関というヤツは』
ルシィラを危険な人物ではないと判断したのか、アビスはゆらりと姿を顕した。
ぽたぽたと黒い体液を垂らすアビスの姿を見て、ルシィラは目を丸くする。
「アビス、君は……随分と不安定なようね。姿の維持は出来ているみたいだけど……ケイオスが上手く形成されず液状化してるのか……?」
「アビーは僕の肉体ではなく意識に寄生しているみたいなんです」
「ほぉ……そんな事が出来るとは。それでオスカーの意識もアビスに侵食されず二つの意志が同居出来ているのは実に面白いね!それはそうと……」
「……ん?なに――」
机から立ち上がりアビスに歩み寄ったルシィラが突然彼女を抱きしめた。
不意を突かれたアビスは混乱したのか頭や身体の各所から黒い体液を飛び散らせる。
「な、なにする……」
「いやぁ、ワタシ立場上ユグド本部とその関連施設から外に出れない事になってるから他のイデアと出会える機会が皆無に等しくてね!実に久しぶりに姉妹のひとりに会えて嬉しいよ!」
「まさかこの為にわざわざ……」
「はは、忠告は本当だよ。ワタシを信じるかどうかは君たち次第だけどね」
何とか支配者らしいキャラクターを演じようとしている様子だった先程と異なり、まるで我が儘で意地悪なじゃじゃ馬姫のような言動や表情に戻ったルシィラはアビスを解放すると、腕を組んで触手のような髪を支えに壁に寄り掛かった。
「ま、そうは言ってもこのメトロは企業による技術と研究組織による混術発展によってなりたった場所だ。これからランナーを志すオスカーにとって我々ユグドとは切っても切れない縁が出来る。君が何か厄介ごとに巻き込まれて困ったとしてもワタシは手を貸す事も出来ないしするつもりもない、今日はあくまで忠告だからね」
「分かってます。僕たちは僕たちなりに、ここでの『生き方』を見つけていくつもりです」
「うむ!とてもいいね!君たちの活躍をワタシは――」
ルシィラがそこまで言いかけたその時、扉が開くと共に外の光が差し込んでくる。
「ルシィラ様、こんな所に居たのですか」
「なっ、審査官のヤツチクリやがったな!」
個室に入り込んできたのは橙色の髪を整えた、やけに機械的な仕着せを身に纏う女性。彼女は視界にルシィラを捉えると、淡々とした言葉を紡ぎながら歩み寄ってくる。状況からしてどうやらルシィラの世話役らしい。
「一般住民との接触は控えるようにと先日の連盟会議でも指摘されたばかりなのですが」
「いいじゃない!ちょっとぐらい!」
「ダメです。象徴としての自覚をしっかり認識してください。私の仕事も立て込んでいるんです。あまり手間取らせないでください」
「やーだー!フレイスの鬼メイド!」
「メイドの恰好させてるのはあなたでしょう」
フレイスと呼ばれたメイドはイデア程ではないにしろ限りなく純白に近い肌をしており、妙に機械的な口調や表情が印象に残る。
鋼鉄の装備を備えたその服装から、彼女はルシィラの世話だけでなく最も直接的な護衛としての役割も担っている事が伺えた。
そのルシィラ本人はというと、先ほどの威厳は何処へやら、打って変わって子供のようにフレイスに窘められていた。
「そこの方、申し訳ございません。手続き中にお時間を頂いてしまって」
「え、あ……大丈夫です……」
「ランナー資格検定の時間も迫っています。どうか遅刻なさらないようお気をつけて」
「あぁ、そうだった……ありがとうございます」
視線を向け淡々と話すフレイスにオスカーは軽く頭を下げた。
気付くとアビスは姿を消していたようで、彼女には存在が気付かれていないらしい。
「すごいんだぞオスカー!フレイスはワタシの専属メイドでありながらランナーの中でも最上級の実力を持つ報酬獲得金額トップランカーのひとりなんだ!」
「その前にルシィラ様のお世話が本業です。さ、執務室に戻りますよ」
「あぁーっ!いやだー!助けてー!人殺しー!」
自分を自慢する言葉が何処か照れ臭かったのか僅かに表情を崩したのを見て、オスカーはフレイスがアンドロイドやロボットの類では無いと初めて気付いた。それほどこのフレイスというメイドは感情表現に乏しいのだ。
「それでは私達はこれで。もし依頼などでご一緒する事がありましたらその時はよろしくお願い致します」
「は、はい!よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀したフレイスはルシィラの腕を掴み、半ば引き摺るように部屋を後にした。
確かに彼女の纏っていた雰囲気は異様な、冷酷とも言える冷静さと厳格さをオスカーは感じていた。それは過去に訪れた紛争地帯で出会った傭兵にも似たモノだった。
恐らく象徴として半ば幽閉状態にあるルシィラの手足として、彼女に代わって直接的な治安、秩序維持の為にランナーになり、結果的にトップランカーとして活躍するまでに至ったのだろうと。
「もういいじゃないたまには!施設の外に出た訳じゃないんだし!」
「一般人と接触したのがまずいと言っているのです。それはそうと、ルシィラ様がご所望していらした『グロスビーク』の初期ロットカートリッジを入手して参りました」
「なんと!もうメトロにおいては現存が確認出来ず辺境の境界から入手できるかどうかも怪しかった、しかも初期ロットを!?流石ワタシのメイドだ!」
「はい。前々回分までの依頼報酬で何とか取り寄せましたので」
「はは!では早速帰ってリアルリーヴを起動するわよ!ワタシこそ時代が求めた女神様だ~!」
『……オスカー、行こうか』
「……うん」
――そうでもないかもしれないと。
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