22 混鈍
「おはようオスカー、アビス。メトロでの初めての朝はどうだ?」
「あまり……寝た感じがしない」
目を擦りながら寝室のある上階から降りて来たオスカーとアビスに、朝食中のカノンが声をかけた。
ガレージから想像出来るようにゲンジイとナグリの居住スペースは工具やらガラクタやらでとっ散らかった酷い有様であり、そこが頭の壊れたメカニックの仕事場ではなくキッチンだと気付くのに暫くかかる。
そんな状況でもカノンはまるで慣れた様子で泥水の上澄みのような合成コーヒーを片手に質素な朝食を楽しんでおり、彼女の様子から普段からここで寝泊まりしているのか、はたまたそもそも彼女の自宅が同じような状況なのでは、とオスカーは寝覚めの頭を悩ませた。
「今日はやる事が山積みだ。朝食を済ませたらガレージに行くぞ」
「わかった……え~と……」
「なんだ、朝は米派か?心配するな、ロイドに必要な栄養バランスは完璧だ」
そういってカノンが差し出したのは『無欠栄養食』と判が押されたポテトチップスの袋のような物だった。
壁に大穴を開けられたガレージは昨日荒らされたままになっており抜け殻状態となったサブダイバーの残骸がそのまま横たわっていたが、そんな中でゲンジイとナグリは気にせずバイクの最終調整を行っていた。
「おう!はやいな!オスカー!」
「おはよーオスカーくん!」
元気に挨拶する二人にオスカーは軽く会釈をして返事を示した。朝から口にしたスナック菓子のような物体は口の中の水分を全て奪うだけには飽き足らず、彼の胃にも合わなかったらしい。
そんなオスカーにカノンが案内したのは工房の片隅、大型の研磨機などが重々しく腰を下ろしている場所だった。
「オスカー、アビス。君たちのコンビネーションを考えて設計させて貰ったモノだ。筋力増強インプラントなしにこれを扱える人間は居ないだろうが、きっと君たちならこれを生身で使いこなせるだろう」
「これは……」
「――剣」
天井から垂れた鎖に吊るされていたのは、オスカーの身長を超えるほど巨大な鈍色に重々しく輝く剣だった。
刀身の先端は凶悪に湾曲して鋭く鎌のような形状になっており、柄の部分には肩に担ぐのに適した突起が設けられている。荒々しくも丁寧に磨き上げられたそれは、先日オスカー達が破壊したサブダイバーが振るっていたブレードの刃部分を切り出して人間サイズまで加工したモノだと分かった。
「私は銃職人ではあるが、テクノロジーが飽和した世界において時には原始的な武器こそが最適解と成り得る場面が多々存在すると考えている。詰まらず、ハックもされず、振るえさえすれば確かな破壊力を発揮する。構造も単純でメンテナンスも容易い。メトロにおいて大いに役に立つはずだ」
「いくら何でも大きすぎるんじゃないか?それも全部鉄製で……」
「試してみれば分かる。そもそもこれの元となったサブダイバーのブレードを君たちは一度持ち上げているんだ。イデアであるアビスの力を借りて、同調さえ出来ればその重さを活かした扱い方も出来るはずだ。試しに持ってみるといい」
アビスに目配せをして彼女を体内に戻したオスカーは半信半疑にその重々しい鉄塊へと手を伸ばす。
ザラザラとした手触りの柄を強く握り締めると、確かにそれは彼の手に心地よく馴染んだ。
「力任せに持ち上げようとするんじゃなく、ただイメージするんだ。イデアの、アビスの力を確かに身に宿していると。これを振るうに相応しい力は既に持っているんだと」
「……ふっ!」
カノンの言葉の通りに、オスカーはアビスと意識を同調させるようにしてイメージを浮かべ、実現させるかのように勢いよく柄を引いて剣を鎖から解き放った。
直後、確かにオスカーの腕には『ぐん』と力強い重量が伝わったが、彼が予想していたよりも存外それは軽く感じられた。遠心力をその身で感じ取りながら『ぶん』と振るうと、オスカーは剣を肩に担いだ。もはやその重さも心地よく感じ、肩に落ち着く。
決して軽い訳ではなくしっかりとした重さを感じられたが、昨日振り回したサブダイバーのブレードよりも圧倒的に扱いやすく、確かな重量こそがこの剣を扱い熟すカギになっているとオスカーは感じた。
「どうだ?気にかかるところはあるか?」
「大丈夫……むしろ扱いやすいよ。アビーのおかげなのか?」
『私は何もしていない』
「ケイオスの塊であるイデアはエネルギーの塊だ。イデアに寄生された者はそれだけで身体能力の大幅な向上と言う恩恵の影響下にある」
オスカーの胸元に一周金具が取り付けられたベルトを巻きながらカノンは語った。
背中の辺りに金具が来るとしっかりと体にベルトが密着したようだ。
「ただそれだけではなく、イデアは個体ごとに特異な現象的能力を宿している。アビスはまだ発揮されていないようだがどんなモノになるか楽しみだな。さ、これで剣を背中に装着出来るようになったぞ」
言われたようにオスカーが剣を金具に携えると剣側の構造と噛み合ってがっちりと固定される。身の丈よりも大きな剣も、背負ってみるともはや多少の荷物程度の重さにしか感じられなかった。
「この世界において戦いは避けられない。ランナーとして生きるなら尚更だ。扱い方さえ間違えなければ、これはきっと君の良い仕事道具となってくれるだろうさ」
「ありがとう、カノンさん。コイツには名前とかあるのかな」
「銘か……そうだなぁ……」
オスカーの問いかけにカノンは顎に指をあて、暫く考えるように目線を下げると、ぽつりと呟いた。
「『
「混鈍か……分かった、大切にするよ」
「おぉい!そっちの話は終わったか~!」
カノンに頷いたオスカーの後ろからゲンジイが声を張り上げ、わたわたと手を振った。どうやらバイクの調整が終わったらしい。
背中を押し出されたオスカーは混鈍を背負ったままかつての相棒の新たな姿と対面した。
「こ、これは……これまたすごい……」
「クラシックなスタイルを崩し過ぎないように拘らせてもらったっちゅう訳よ!」
オフホワイトの外装やハンドル類は確かに見慣れたオスカーの相棒だった。しかし明らかにその構造は魔改造と言うに相応しいほど変貌している。
エンジン部分がやけにゴテゴテとしたモノに置き換わっており、明らかに骨組みが露出している箇所すら垣間見える。二つのタイヤは一見普通に見えるが、ホイール部分を始めに複雑な機構が備え付けられこれらが浮力を齎すに必要な部位だと見て取れた。
未来的な技術を用いているはずなのに随分と無骨でアナログな印象へと変わった相棒のハンドルを、オスカーは優しく撫でる。
「確かに、これならメトロに馴染めそうだ」
「どうかな?実際に乗って確かめて欲しいな!」
軽くアクセルを捻ってみると重々しくも突き抜けるような唸り声をあげる。今まで触れ合ってきた愛車のモノとは明らかに違ったが、オスカーはその音が嫌いではなかった。
ゆっくりとシートに腰を下ろすと、今までよりもずっしりとした座り心地で彼を受け入れた。
「うん、悪くないよ。お代は……」
「何をいっちょる、今は無一文だろうよ」
「いやでも……」
「ランナーとしてお金が入ってきてからでいいよ~どうせそこのサブダイバーからサルベージしたパーツだからそんなに材料費もかかってないしね!」
親切な二人に申し訳なさそうに表情を濁すオスカーの肩を、カノンが軽く叩く。
「なら先を急ぐとしよう。試乗も兼ねて目的地に向かうぞ」
「……わかった。ゲンジイ、ナグリ、ありがとう。カノンさんも、この借りは絶対に返すよ」
「まぁそんなに気負うなよ!まずはこの街に慣れるところからじゃな!」
「また何かあったら戻っておいで!今度はしっかりフルプライス取らせてもらうけどね!」
ゲンジイに背中を叩かれ、ナグリと握手を交わしたオスカーはエンジンをふかせて工房を後にする。
新たな相棒達と共に、新たな日常へと向けて、彼は走り出した。
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