いちばん身近な友。『死神さんとアヒルさん』
絵本を色々手に取り読んでいるうちにふと思ったのですが。
絵本は幼い子どもが読むもの、または子どもの情操教育のために与えるものの一つで、一定の教養を身に着けたら卒業するもの、または懐かしむべき存在と一般で思われがちな気がします。
しかし、私は読めば読むほど絵本とは小説より難易度の高い作品なのだと思うようになりました。
短い時間で読む人の心を掴まねばならない…というよりも。
うっかり手に取り開いた人を挿絵と言葉でがつんと殴りに行くと言うか。
ほんの数ページめくるだけで、目と脳に焼き付け、いつまでも記憶に残る力を持つ恐ろしい書物、それが絵本です。
そして中には大人向けなのではと思う作品に出会います。
作り手としては大人や子供といった垣根は存在しないのかもしれません。
そして、子どもたちは私が想像するよりはるかに柔軟に吸収し考える糧とするのでしょう。
そのようなわけで、大人にこそ読んで欲しい絵本を紹介します。
『死神さんとアヒルさん』
作・絵: ヴォルフ・エァルブルッフ
訳: 三浦美紀子
出版社: 草土文化
ちなみに、この作者のヴォルフ・エァルブルッフは色々な絵本をご自身で書かれていますが、いちばん有名なのは『うんちしたのはだれよ!』の挿絵なのではないかと思います。
子どもたちがうんちネタ大好きなのは万国共通ですね。
なんとこちらは飛び出す絵本も作られている模様。
どれだけ好きなの、みんな。
『うんち したのは だれよ!』
作: ヴェルナー・ホルツヴァルト
絵: ヴォルフ・エールブルッフ
訳: 関口 裕昭
出版社: 偕成社
彼が手掛けた絵本はどれもちょっとナンセンスでユーモアのあふれる明るい作品ばかりなので、この機会にぜひ。
話を戻します。
笑いあふれる絵本たちの対極にあるのが、冒頭で紹介した『死神とアヒルさん』です。
ヴォルフ・エァルブルッフは2006年に国際アンデルセン賞の画家部門を受賞していて、私の勘違いでなければ、その翌年に発表された作品かと思われます。
(ちょっとこの辺は、浅く調べたので自信がない・・・)
あらすじとしては、アヒルがある日、死神と対面することにより物語が始まります。
" しばらくまえからアヒルさんは、
誰かが自分のうしろにいるような気がしていました。
『だれ? どうして、わたしのあとをつけてくるの?』
『うれしい。やっと気がついてくれたのね。わたし、死神なの』"
(本文引用)
振り向いたアヒルさんの視線の先にいるのは、黒いぺたんこの靴を履き足首まで覆われたチェックのワンピースを着た骸骨。
黒いチューリップをそっと後ろ手に隠していて、なんとも不思議な姿です。
"『まさか、わたしをつれにきたの?』
『わたし、あなたが生まれたときからずっと、そばにいたのよ
――そのときのために』
『そのとき?』"
(本文引用)
まだまだ自分は元気だから死なないもん! と憤るアヒルさんと、まあまあといなす死神さん。
そんな二人のやりとりがずっと続きます。
表紙のアヒルさん自体、なんとなく生来のアヒルとはちょっとかけ離れた、デコイ(狩猟でおとりに使う木彫りの鳥)のようでもあるし、それよりももっと、木ぎれのような、老木のような、硬質なイメージがあります。
動きも少ないけれど、その僅かな間が驚くほど表情豊かです。
びっくり目を見開いたり、つんとそっぽを向いたり。
そしてそれは死神さんも同じこと。
これまたただの頭蓋骨なのに、胸を張ったり小首をかしげたりとほんの些細な仕草で得意げに見えたり、顔をしかめたり、微笑んだりしているように見えるから不思議です。
じっと、手にとって見つめれば見つめるほど、二人がまるで十代の少女のよう。
例えば『赤毛のアン』のアンとダイアナみたいな。
挿絵の画法はおそらくコラージュで線など印象はかなり固いのに、豊かで愛らしく、とても柔らかな時間が流れているように感じます。
ぎこちないけれど友情めいた二人のやりとりにほのぼのとするけれど、白い背景の深い奥底に何か冷たいものが横たわっていて、『その時』がだんだんと近付いていく。
やがて、快活だったアヒルさんは次第に動きが鈍くなり、雪の舞う日に「寒い」と言う。
”『すこし、あたためてくれる?』"
(本文引用)
アヒルさんと死神さんの時間が終わりました。
死神さんはそうっとアヒルさんをあの世へ送り出す。
二人の思い出も全て、手向けたチューリップと一緒に流れていくのをずっと見送って話が終わります。
”『いのちとは、こういうものなのです』"
(本文引用)
奥付の前に、もう一枚挿絵があります。
大切な場面だと思うので是非ご覧ください。
彼女は、いつ、いかなる時もそこにいる。
そして、それは忌むべきものではなく、近しい友のような、空気のような、当たり前のものなのだ。
それを、たんたんとした文章とそぎ落とされた挿絵によってあらわしています。
押しつけがましいことは一切無く。
ただそれは存在するのだと、静かに語りかけてくるこの作品は、ヴォルフ・エァルブルッフの代表作と言って良いのではないかと思います。
死が優しい友であると言い切るには辛いことが現実には多々あるでしょう。
しかし、心の片隅に『いのちとは、こういうものなのだ』という言葉が存在していれば。
それも少し、怖くなくなる気がするのです。
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