第14話冒険者の才能

 サザンの街に来てから、一週間が経つ。

 今のところは順調に進んでいた。


 龍鱗戦士による急激な経験値稼ぎ。その次の日は迷宮の探索。この一日おきのサイクルを順調に回していた。

 そのお蔭もありオレとアセナのレベルは、一気に8にまで上昇していた。


「さて。今日はここまでだ。帰るぞ、アセナ」

「これぞ、余力だな? ソータ」

「ああ、そうだ」


 余力がある内に迷宮から戻ってくる。

 時間は夕方あたり。ちょうど沈むことである。


「そういえば、明日は日曜日だ。明日は休みにするぞ、アセナ」

「にちようび……?」

「ああ。安息日のことだ」


 この世界にも曜日制度はあった。地球と同じ日曜日から土曜日まで七曜制である。


 文化の違う銀狼族のアセナに、簡単に説明していく。

 安息日ある日曜は、何もしてはならない。そう、定められた日だと。


「何もしない? アセナ、強くなりたい!」

「焦る気持ちも分かる。だが強くなるためには、休むことも大事だ。これは超回復の原理だ」


 トレーニングをしすぎることは、時には害になる。疲労が溜まりすぎて、筋肉疲労が起こってしまうのだ。


 だが休憩をとることによって、今まで以上に、力を発揮することができる。

 それが超回復。適度に休息することが、トレーニングをする上で、重要なのだ。


「ちょう回復……なるほど」

「それに休日前の今宵は、美味い物を食うぞ」

「美味い物を? 分かった、休む!」


 アセナは飛び跳ねて喜ぶ。

 先ほどまでは急いで強くなりたい。そう言っていたのに、現金なものである。

 だが育ち盛り彼女は、食べることも大事。鍛錬と食事のバランスは重要なのである。


「何を食べてもいいのか、ソータ?」

「常識の範囲内ならな」

「やったぞー!」


 食いしん坊であるアセナは目を輝かせていた。

 銀狼族の美しい少女であるが、中身の精神は未成年のまま。こうした子どもっぽいところも残っている。

 そのアンバランスさが何ともいえず、可愛らしい。


「まずは宿に戻って、着替えよう。ついでに公共浴場で、汚れも落とすぞ」

「私……お風呂は苦手……」


 アセナは公共浴場を苦手としていた。

 水浴びは好きらしいのだが、浴場はダメらしい。

 よく分からない真理であるが、身を清めるのも冒険者の大事な仕事。日頃の疲れをとり、衛生面でも気を配らないといけないのだ。


「ダメだ。行くぞ!」

「そんな……ソータの鬼!」


  抵抗するアセナを引きずりながら、オレは宿に戻るのであった。



 大変だったが無事に入浴も終わり、アセナと昼食をとる。


「アセナ。この一週間、お疲れさま。乾杯だ」

「ソータも、お疲れさま。かんぱーい!」


 アセナと飲み物で乾杯する。

 今宵は冒険者ギルドに併設された酒場で、食事をとることにした。


 ここの亭主は元冒険者。引退してから料理を修行したという。

 美味い料理を手頃な価格で提供している、評判の店。食い物にはうるさいオレも、気に入った店である。


「本当に何を食べてもいいのか、ソータ?」

「ああ。食べきれる分なら」


 この店の価格なら、今宵は予算制限がない。

 今のところオレたちの冒険も順調に進んでいた。

 特に龍鱗戦士からドロップする“龍の鱗”。これがあり得ない高確率で、入手でてきていた。

 現在持っている枚数は四枚も。だから金銭的にも余裕が出てきたのだ。


 この鱗を売って余裕が出た金は、装備に投資していく予定だ。

 冒険者は普通貯金などしない。生き残るために、先行投資をして方が賢いのである。


「どうした、ソータ。料理が無くなるぞ」

「アセナ、いつの間に、こんなに沢山……」


 いつの間にかアセナが料理を沢山注文していた。

 育ち盛りの彼女は料理を食べながら、更にどんどん追加をしていく。

 鶏肉の丸焼きから、川魚の姿蒸しなど、凄まじい品数である。


 その細身の身体のどこに、この大量の料理が入っていくのであろうか。 

 もしかしたら銀狼族は大食漢が多いのであろうか。

 本当に不思議な光景である。


「アセナ、野菜もちゃんと食え」

「うん。分かった。ソータはもっと食べないのか?」

「オレは普通だ。あとは少しずつ食べる」


 他に比べたら自分も、結構食べる方である。

 だがアセナには敵う気がしない。

 エール酒を飲みながら、ちびちびと料理を摘まんでいく。


「ところで、ソータ。明日は何する? 安息日は?」

「明日は買い物だ。新しい装備を整える」


 この一週間でオレたちの最初の装備も、かなり消耗してきた。普通の武器と防具は、定期的に買い直す必要があるのだ。



「あれ、ソータのオッサン?」


 そんな時である。

 隣のテーブルに、顔見知りがやってくる。


「何だ、トム。お前たちか」


 やって来たのは、例の四人組の若い冒険者である。リーダー格の戦士はトムという名前だ。

 彼らも迷宮の探索を終えて、夕食に来たのであろう。動きやすい私服に着替えていた。


「そうだ、オッサン。この酒は奢(おご)りだ」


 トムは酒を一杯、奢ってくれた。この店では高い金額の酒である。


「いいのか、トム?」

「今日はレアな魔石を、ゲットできたからな。前回の幸運のおすそ分けだ」


 なんでもサザン迷宮の二階で、トムたちは大きな魔石を入手したという。

 かなりの低確率だが、時こうして一回り大きな魔石もドロップする。若手の冒険者にとっては、宝くじのような臨時収入である。


「じー」

「もちろん、アセナちゃんも好きなのを食べて」

「人の和に、感謝する。貰っておく」


 アセナも果実ジュースを奢ってもらい、満面の笑み。せっかくなので同じテーブルで、六人で飲むことにした。


「では……一週間、生き残れたことに……」

「「かんぱーい!」」


 オレの乾杯に言葉に、トムたち若者も反応する。酒の杯を重ねて、声を上げる。


 この乾杯の発声は、サザンの冒険者の間での挨拶。一週間を死なずに生きた自分たち。そして仲間への感謝の言葉である。


 六年前、この酒場にいた冒険者に、オレも教えてもらっていた。それ以来、愛用している言葉である。


 トムたちと料理を食べながら、酒を飲んでいく。

 奢ってもらってばかりでは悪い。オレの方からもブドウ酒を追加する。


「そういえば、聞いたぜ。ソータのオッサンたち、レベル8に上がったらしいな?」

「そうだ。耳が早いな、トム」


 この世界の冒険者たちは、特に自分のレベルを秘匿にしていない。むしろ人によっては誇らしく宣言している者もいた。


 それに冒険者ギルドでは、各冒険者のレベルも管理している。だから人の噂と、レベルは隠しようがない。


 特にオレとアセナの二人は、桁違いなスピードでレベルアップしていた。サザンの冒険者ギルドでも噂になっていたのだ。


「いいよな……才能がある奴らは……」


 さっきまで元気だったトムが、急に下を向きだす。だが酔っ払っているわけではない。


「おっさん、聞いてくれ。オレたちは冒険者になってから、もう四ヶ月も経つ……」


 トムは酒を飲みながら、悔しそうにしていた。

 いや、彼だけはない。他の三人の仲間たちも、全員下を向いて暗い顔をしている。


「だが、今だに、レベル6のEランクなんだ……」


 彼らは焦っていた。

 聞いた話ではトムは農家の四男で、一心発起で冒険者になったという。他の三人も似たような境遇である。

 この世界では長男次男以外は、家を出ていく風習がある。その多くはこうして冒険者となる者もいた。


 なるほど、そういう悩みか。

 才能の無さに悩むことは、オレにも経験があった。一人だけ英雄職のない召喚者。その気持ちは痛いほどよく分かる。


「そうか、トム。だが焦る必要はない。オレとアセナが冒険者になったのは、たしかに一週間前。だが、その前は厳しい人生経験を積んできた」


 四人の若者に、酒を注ぎながら励ます。自分の体験談で諭す。


 オレは訳あって遠回りをして、新たに冒険者となったと。だが以前は厳しい鍛錬を、数年間自分に課してきたと。


 銀狼族のアセナも同様である。彼女は幼い頃から、険しい樹海の中で育ってきた。毎日が生きるか死ぬかの生活だったと。

 だから焦る必要はないと、トムたちに伝える。


「そうだったの……でも、オサッサンたちと違って、オレたちには才能がない……」

「そうだよな……」

「ああ……」


 やれやれ、逆効果だったかもしれない。若者たちはかなり深いスランプに陥っていた。

 こんな時は言葉でいくら言っても、響かないであろう。何かきっかけになることを、見せてやらないといけない。


 さて、どうしたものか。

 そう考えてながら、オレは周囲を見回す。

 土曜日の夕方ということもあり、酒場は客で溢れかえっている。その多くは力自慢の冒険者たち。

 これはちょうどいい。


「おい、みんな。飲みながら聞いてくれ!」


 元気づける策が決まった。オレは立ち上がり、声をはる。


「飲みの余興だ。面白いゲームをやろう。このオレに腕相撲で勝てたら、この魔石をやろう」


 店内にいた冒険者たちに、そう説明しながら魔石(中)を掲げる。

 これは今日の迷宮で、龍鱗戦士から得た上物。冒険者の数日分の稼ぎがある代物だ。


 いきなりの提案に店内がザワついていく。


「おい、ソータのおっさん……一体、なにを?」

「トム、オレが教えてやる。才能とは何なのかを」


 いきなりことに唖然とする、トムたちを黙らせる。


「おい、お前。本当に腕相撲で勝ったら、その魔石をくれるのか?」


 冒険者の中から、一人の挑戦者が名乗り出る。筋肉隆々で熊のような大男だ。


「おい、グレゴリーのヤツだぜ」

「可哀想に。あのオッサン、腕を折られるぞ……」


 酒場が更にざわつく。

 この大男はグレゴリーと名前なのであろう。

 見たところ、典型的な腕自慢の戦士系の冒険者である。腕もかなり太い。


「ああ、グレゴリー。そのテーブルでやろう」

「ふん。オッサン、後で後悔するなよ!」


 空いているテーブルで勝負をすることにした。互いにスキルを使わない、腕相撲の一本勝負。

 オレは大男グレゴリーと向かい合う。


「トム、見ていろ。勝負とは生まれた時の才能でも、職業差やステータスでもない」

「えっ……ソータのオッサン……あんた……」


 唖然としているトムたちに伝える。この腕相撲の勝負を瞬きしないで見ていろと。


 オレには心配があった。

 おそらく、このままではトムたちは冒険者を辞めるであろう。自分たちの才能に絶望して、消えていくであろう。


 だが、オレはその前に見せてやりたかった。本当の意味での才能を。


「さあ。いくぞ、グレゴリー」

「吠え面かくなよ、おっさん!」


 対戦相手と右手を絡め合う。

 万力(まんりき)のように強力な、握力でこちらを締め付けてくる。

 かなりの握力だ。冒険者レベルもオレより上の9程度であろう。

 単純な筋力のステータスだけいえば、オレは圧倒的に負けていた。


「レディ…………ゴー!」


 誰かの合図と共に、腕相撲の勝負が始まる。

 グレゴリーは全体重をかけて攻めてきた。木製のテーブルが、きしきしと音を立てて揺れる。

 オレの右腕はその圧力に、だんだんと押されていく。


「いけー! グレゴリー!」

「折れる方に賭けてるんだ! 手加減するな!」

「早く、折っちまえ!」


 酒場中の客から歓声が飛んでくる。

 いつのまにか賭けの方も始まっていた。荒くれの多い冒険者酒場では、よくあることだ。

 多くの冒険者たちが、グレゴリー勝利に賭けていた。


「おっさん……やばいよ……早く、ギブアップしてくれ……」


 トムは真っ青な顔で、言葉を失っていた。

 自分のためにオレが負傷するのを、見ていられないのであろう。

 だがオレも日本男児。ここで退くわけにはいかない。


「いいか、トム。見ておけ……冒険者は心が折れない限り……腕も折れない……」


 そんなトムを諭すように伝える。

 ここから先は言葉ではない。行動を持って伝えてやる。

 オレは奥歯を食いしばり、腹の下に力をこめる。


「才能なんて……」


 オレは全ての気を、意識の奥に集中させる。気を大きく広げるのではない。

 針のように細く、鋭く力を集中させる。狙うは右手の一点だけ。


「才能なんて、糞くらえだ!」


 そして一気に力を爆発させる。雄叫びと共に開放させた。


 意表をつかれた相手の腕は、反対側のテーブルにつく。

 腕相撲のルールは万国共通。つまりオレが勝ったのだ。


「ソータのオッサン……」

「ふう……危なかったな。だが、トム。オレは勝っただろう?」

「ああ……そうだな」


 静まり返った空気の中、トムと握手する。

 オレの右手の握力は、ほとんど残っていない。だがしっかりと握る。

 この右手が熱いうちに伝えたかったのだ。


 才能とは諦めないこと。

 才能とは自分を信じて、努力を続けていくこと。


 その二つを右手で伝えたかったのだ。


「お……おお……」

「あの、グレゴリーに勝っちまったぞ⁉」

「ソータのオッサン、すげえぞ!」


 静寂の後、大歓声が引き起こる。

 酒場にいた冒険者たちが、立ち上がり叫ぶ。まさかの結果に誰もが驚き、大興奮していたのだ。


「オッサン……いや、ソータ。強かった」

「お前もな、グレゴリー」


 グレゴリーとも握手を交わす。

 互いに握力ゼロの右手同士。だが、こんな形も悪くはない。


 今だから言えるが、腕相撲には自信はあった。

 圧倒的なステータス補正値の六英雄の仲間たち。彼らにも負けたことはない。

 最後まで決して折れない心……オレはそれだけは絶対、誰にも譲れなかったのだ。


「ソータ、お疲れさま。はい、これ貰ったぞ」

「アセナ、お前……オレに賭けていたのか?」


 酒の席に戻ると、アセナは大金を持っていた。

 彼女にはお小遣いも渡している。先ほどの勝負でオレに全額賭けて、彼女は大儲けしていたのだ。


「まったく、オレが負けていたら、どうするつもりだったんだ?」

「ソータは勝つ。信じていた。だから大丈夫」


 アセナは満面の笑みで答える。

 まったく、どこまでも純粋というか、能天気というか。

 だが、もしかしたら見抜いていたのかもしれない。銀狼族としての野生の勘が、働いていたのかもしれない。


「さて、飲み直すか、トム?」

「いや、おっさん。オレたちも自分の限界に挑戦してくる」


 トムは仲間に声をかけて立ち上がる。

 その顔は先ほどとは違っていた。清々しく晴れ渡っている。


「次はオレだ! 腕相撲で勝負だ! 誰でもいいぞ!」


 今度はトムが名乗りをあげる。

 もちろん屈強な冒険者には、彼は敵わないであろう。

 だが、その瞳は既に決意を決めている。才能の悩みを吹き飛ばし、どんな困難にも退かない覚悟であった。


「いい度胸だな、トムのやつ!」

「おい、こっちでも勝負しようぜ!」

「ああ、熱くなってきたぜ!」


 その熱気は伝染していく。酒場中のいたる所で腕相撲が始まる。

 冒険者たちは燃え上っていた。

 中年冒険者であるオレの姿に、誰もが感化を受けていたのだ。


 その熱気はドンドンと加速していく。もう誰にも止められない。


「この騒ぎ、ソータのせい」


 アセナはバカ騒ぎに呆れかえっていた。

 いたる所で賭けが始まり、誰もが飲んで騒いでいた。

 中には酔っ払って、脱ぎだす者まで出る始末。ほんとにバカ騒ぎである。


「そうかもな。だが、これも冒険者の顔だ」


 そんな光景を眺めながら、オレは酒を喉に流し込む。

 右腕の握力もそろそろ回復してきた。まだ若い者には負ける訳にはいかない。

 

 明日は冒険者たちの休息日。

 今宵は遅くまで騒ごうじゃないか。

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