第152話 秘密の観光開発

 今朝の幹部会議の席で観光推進部長であるゴードンは、新たな観光資源を開発中と言っていた。

 それは果たして何なのか。

 少しばかり楽しみにしつつ観光推進部の部屋へ。


 まずは扉をノックする。


「は、はい!」


 この声はアリシア班長だな。

 何やら慌てているような気配。


「リチャードだ。入ってもいいか?」


「いえ、あ、はい、あ……」


 大分焦っているようだ。

 何やらお取込み中だったようだ。


「すまない。大した用じゃないんだ。それではまた明日にでも来る」


「いいえ、どうぞ」


 おっと、これはノーマンの声だな。

 いいと言うのなら問題ないだろう。

 僕は扉を開ける。

 途端に広がる様々な臭い、これは!


「商会長、早く」


 ノーマンがさっと僕の後ろに回って扉を閉めた。

 理由は目の前の状況を見ればすぐにわかる。

 何と言うか、デパ地下のような感じだ。

 美味しそうな料理が並んでいる。


 なるほど、僕は察した。

 きっと観光推進部の面々も先程の僕と同じような結論を出した訳だ。

 でも一応確かめておこう。


「今度は食べ物で集客しようという訳か」


「その通りです。冬のメッサーの名物はやっぱりカニですよね。あとイカやエビ、魚もガナーヴィンと全然違いますし、これは是非アピールしようと思いまして」


 ノーマンの説明通り、茹でカニ、あんかけ、フライがある。

 この国で冬に捕れるカニはケネスクラブと呼ばれる種類。

 ズワイガニではなくワタリガニを大きくしたような奴だ。

 甲羅の幅が20指20cmくらいあってなかなか食べ応えがある。


 ただ甲殻類は足がはやいので、地元以外ではあまり食される機会が無い。

 僕が知っているのは王都バンドン時代から海鮮好きに目覚めたからだ。

 

 他にエビやイカ、あと鶏魚なんて呼ばれる毒のない小さめのフグなんてのもある。


「確かにこんなのを食べていたら仕事だと言っても他から文句が出そうだ。とっさに扉を閉めさせたのは正しい判断だろう」


「ですよね。流石商会長」


「ただ海鮮以外にも色々並んでいるな」


 夏休みに大量購入したスーリー・ジャスタクスジャータ合同商会のチーズやバター、アイスやチーズケーキ。

 更に何処からかはわからないが悪突猪オツコトステーキなんてものまである。


「ええ。どうせならガナーヴィンのハリコフあたりで大展示即売会をやって、それで知名度を上げた上でメッサーに買い物を兼ねた観光を引き込もうという訳です。

 夏に海水浴場として使っている店舗を臨時の即売所や料理店にして、更にメッサーの海岸や街歩きを組み合わせようと。


 ただハリコフでやる展示即売会、海辺のものだけでは面白くないですよね。だからついでに他の路線や新線あたりの名物も展示会には並べようかと思いまして。

 それで良さそうなものを取り揃えて、検討会をやっていた訳です」


 なるほど。

 ノーマンの説明で充分理解した。

 そして確かに……


「確かに検討に値するだけの物が揃っているな。でもどうやって集めたんだ? スウォンジー北門そこの市場だけでは集まらないだろう」


 スーリー・ジャスタクスジャータ合同商会の商品はラングランド中央まで買い出しに行かないと無理な筈だ。

 魚介類もカニなら少しはスウォンジーの市場にも来るようになったが、この赤エビっぽいのや鶏魚は無い筈。

 他にも微妙に出所不明な品々が……


「事前にある程度当たりをつけておいて、朝の列車で一斉に買い出しに行って貰いました。1の鐘過ぎで皆が戻って来たので、こうして検討会を開いた訳です」


 この説明はゴードン部長。

 なるほど。


「つまり朝の幹部会議で言っていた、観光資源開発とはこの事だった訳か」


「その通りです。これで『この地域に行けばこれだけ美味しいものがある』という認識が出来れば、新たな観光資源として使えるかと」


「確かにそうだな。それにここに集めたもの、なかなかセンスがいい。

 特に海産物、カニはある程度有名だが鶏魚なんて地元でないと知らないだろう。漁港がある街で、それも冬でなければ食べられない筈だ。

 肝和えなんて鮮度を考えると地元でその日のうちだけだろう、食べられるのは」


 鶏魚とは毒の無いフグだと思えば間違いない。

 身も美味しいが肝もいい。

 薄造りのしゃぶしゃぶにして、肝&塩と一緒に食べると最高だ。

 ただ冬しか取れない上、まとまった漁獲も無いので地元でしか食べられない。


「それは僕です。海水浴場開発の際にメッサーに知人が出来て、夏以外の季節にも美味しい魚があるのに勿体ないという話を以前聞きまして。

 それにしても商会長、お詳しい。スウォンジー生まれですよね、確か」


「魚介類は好きだからさ。昔はゴーレム車でよく買い出しに行った」


 これは主に高等教育学校3年時代の話だ。

 スウォンジーから海は遠いが、王都バンドンからなら2時間も走ればちょうどいい漁師町がある。

 だから例の改造ゴーレム車で出かけたりした訳だ。


「あとこのイカ刺し、少し食べていいか」


「勿論です。ただし他課への秘密厳守という事で」


 部長のゴードンよりノーマンが仕切っているような気がするが、これは気にしなくていい。

 概ねいつもの事だ。


 さて、僕がイカ刺しに目を付けた理由は簡単だ。

 実は僕のアイテムボックスには、ブルーベル謹製の醤油が入っている。

 これで食べてみたいと思った訳だ。


「小皿もひとつ借りるぞ」


 アイテムボックスから醤油が入った汽車土瓶もどきを出し、小皿に少量注ぐ。

 この汽車土瓶もどきは勿論駅弁と一緒に買ったものの再利用だ。

 更にアイテムボックスから摺りおろし済みのホースラディッシュ入り容器を出し、少量小皿に添える。


 それでは試食と行こう。

 フォークにイカ刺しを一切れさして、醤油をつけ、わさび代わりのホースラディッシュ極小量と一緒に口へ。

 うむ、旨い。

 あと白飯欲しい。

 流石に用意していないけれど。


「商会長、何ですかそれは」


「我が家秘伝の調味料だ。緑色の方は辛い薬味。試してみるか」


「よろしければ、皆で」


「わかった。用意する」


 小皿をもう1つ借りて、醤油とホースラディッシュを先程よりやや多めに出す。


「白い方は辛いからほんの少し程度にする事。あとは魚醤ドレッシングと同じような感じで使えばいい」


「なるほど、わかりました」


 上司先輩を差し置いてノーマンが真っ先に試す。

 使用したのはイカの刺身で、つけ方も僕と同じような感じで。


「なるほど、魚醤のような臭みが無く塩味もまろやかですね。この辛いのもいいかんじです。鶏魚にも合いそうですし、熱を加えても面白そうですね。匂いが無くまろやかなので、魚醤よりドレッシングにもしやすいかと」


「何なら試してくれ。ただ量産は出来ない。うちのキッチンでコックが細々と作っているだけの代物だから」


 醤油を入れ物の汽車土瓶ごと出しておく。

 家に帰れば補充できるから問題ない。


「その代わり僕もこの観光資源開発にもう少し参加させて貰うぞ。差し当たってはこの鶏魚の切り身。あと肝は無いか」


「商会長、通ですね。鶏魚の肝については生と塩漬け、両方あります」


「いいなそれ。まずは生で行こう」


 ふぐ刺し&禁断の肝だ。

 ここのは毒が無いけれど。

 身はしっかりした白身で、噛めば噛むほど味というか旨味を感じられる。

 肝はまあ、旨味濃縮状態。

 勿論醤油にあわない訳がない。


「いいですね商会長、この調味料は。魚醤が苦手な私でもこれなら大丈夫です」


 アリシア班長も醤油が気に入ったようだ。


「量産出来ないのがちょっと痛いですよね。応用範囲が広そうなのに残念です。あとエビにもよく合います」


 悪いものを教えてしまったかな。

 ちょっと後悔したが、それでもやっぱり刺身には醤油とワサビだと思うのだ。

 今度はエビを食べつつ、やはり僕はそう確信する。

 あとやっぱり白飯欲しい。 


 ◇◇◇


 更に行われた試食、いや検討会の結果。

 僕は商会長として、大展示即売会をプッシュさせて貰う事にした。

 具体的にはハリコフ地区駅真横にある、新市場前広場直結のイベントスペースをスティルマン領主代行ジェームス氏と交渉して借り出す算段をつけるとか。


 その代わりと言っては何だが、ノーマンが魚介類を入手したメッサーの商会を教えてもらった。

 他にも海鮮でいい物があるに違いない。

 ここは是非とももっと確認しないと……

 

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