第67話 設立前夜

 明日12月1日、『北部大洋鉄道商会』が正式に設立。

 同時にスティルマン領内の建設が終了した鉄道施設が商会に正式に貸与される。

  ○ スウォンジー本線のスティルマン領部分 9離18km

   (グスタカール中央駅(ロト山トンネル出口)~モレスビー港)

  ○ ガナーヴィン市内循環線 7離半15km

  ○ ダコタ=ナム線 7離14km


 贅沢な事にどれも複線だ。

 あわせてスウォンジー本線の残り部分も複線化している。


 概ね夏のあの日、3人で作った路線案の通りだが、一箇所だけ変更。

 ダコタ=ナム線の旅客列車は路面鉄道区間に乗り入れするのをやめ、独立した路線とした。

 これは路面鉄道区間の列車本数が多くなるのを防ぐ為もあるが、渡り線の建設が困難だったという理由もある。


 ダコタ=ナム線はモレスビー港で本線と繋がっていて、本線と路面鉄道はハリコフで線路が繋がっている。

 だから車両の移送には問題はない。


 明日は朝8時からスウォンジーで式典を行い、その後ガナーヴィンに列車で移動。

 午前11時からハリコフにあるガナーヴィンの事務所でも式典を行う。

 スティルマン伯爵とシックルード伯爵が握手して共同声明を行うなんて事までやる予定。


 僕個人としてはこういった儀式はあまり好きではない。

 面倒な事この上ないからだ。


 さっきまで式での発言内容とかその後の試乗会等での説明だとか、飛んでくるだろう質問のQ&Aを読んで訂正して暗記してなんてやっていた。

 主催者はかように大変なのだ。


 本当は誰かにやらせたいが、残念な事にこれも長としての御仕事。

 大々的な式を行うのも宣伝と考えれば仕方ない。


 それにしてもここまで早かったなと改めて思う。

 何せスティルマン領内での鉄道敷設に合意したのは今年の夏なのだ。

 その前にウィリアムが裏工作をしていたけれど。


 それが半年もしないうちに試験運行開始となったのだ。

 何と言うか日本とテンポが違いすぎる。


 しかも試験運行、真の意味での試験運行は最初の1週間だけ。

 その後はジェームス氏との会談の通り、人・貨物ともに試験実施という名目だが営業開始してしまう。


 運賃も決まった。


  ○ 路面鉄道区間が大人1名正銅貨2枚200円

  ○ ダコタ=ナム線も大人1名正銅貨2枚200円

  ○ スウォンジー本線がスティルマン領内正銅貨2枚200円

  ○ シックルード領内まで行くと正銅貨3枚300円

  ○ 乗り継ぎの場合は正銅貨1枚100円割引

 

 なおスティルマン領内区間は運賃1回分につき補助金が正銅貨1枚100円出る。


 今回の開業で鉄道もバリエーション豊かになった。

 路面電車、地下鉄もどき、近郊路線区間、都市間鉄道と。


 地下鉄もどきというのは本線のハリコフ駅西側からモレスビー港までと、ダコタ=ナム線の一部区間。

 これらは街中部分では道路下などの地下を走るから。

 

 森林鉄道や製鉄場のケーブルカー運行なんてのも含めると、鉄道のかなりの形態を網羅したなと思う。


 他にやるとすれば長距離高速鉄道だろうか、新幹線のような。

 ただまだ新幹線のような技術は出来ていない。

 他領地にも関わる話なのでそう簡単に進む話でもないだろう。 


 さて、僕は自室内の壁に貼った路線図を眺める。

 ガナーヴィンまでの路線、地図上で見ると微妙に形が宜しくない。

 我田引鉄の代表例、大船渡線のように南北に曲がっている。

 具体的にはジェスタのあたりで北に曲がり、その先スティルマン領グスタカールのあたりは南に曲がるという形だ。


 これは大船度線同様、政治が絡んでいる。

 政治というか領主代行それぞれの思惑だけれども。


 ジェスタを経由させた理由は簡単だ。

 この街はこの辺り一帯の農産物の集散地。

 だから流通に便利なように鉄道を通してやろう。

 そう領主代行ウィリアムが考えたから。


 鉄道だから勾配を出来るだけ緩くしたい。

 標高250腕500m程度のスウォンジーから標高200腕400m程度のジェスタまで、出来るだけ上り下りが少ないように。


 そうした結果、ジェスタまでの経路が決まった。

 というか、領主代行ウィリアムが決めて用地取得までしたのだけれども。


 困った事にこの予定地、傾斜が少なく急曲線が無いという意味でも正しく出来ている。

 まるで僕が予定図を描いたみたいに。

 だからまあ文句はつけられない。


 グスタカール南部を経由した理由も似たようなものだ。

 ジェスタと同様、グスタカール一帯が農産物の産地。

 低湿地が多いスティルマン領にとって、グスタカール周辺は領内でも有数の穀類の生産地となっている。

 だから領主代行ジェイムズとしてはどうしても通したかったのだろう。


 またジェスタからガナーヴィンまでまっすぐ線路を引くと、ロト山脈の下を通るトンネルが長くなってしまうというのもある。

 少々南に迂回してグスタカールに出るようにするとトンネルも短くて済む。


 更にジェスタは標高200腕400m程度とやや土地が高め。

 だからガナーヴィンまでの鉄道経路もある程度傾斜を緩やかになるよう設定したい。


 そういう意味でスティルマン領内の線形は正しい形になっている。

 こちらもまるで僕が要望を聞きながら描いたようだ。


 とまあそんな感じでこの線形となった訳である。

 直線距離だと20離40kmだが線路の長さは25離50km近い。

 それでも我田引鉄の代表例である大船渡線にくらべればまだ無駄は少ない。

 理由も理屈もよくわかる。

 だからまあ、僕としても納得はしている。


 いずれにせよ明日は忙しい。

 式典を1日に2回、しかも25離50km近く離れた場所でやるなんてのははじめてだ。

 この国でも前例は無いだろう。

 それを思うと少しばかり気が重い。


 しかし鉄道会社がようやく独立するのだ。

 しかも他領へ正式に線路が繋がる。

 その為に必要な行為である以上、やるしかない。


 それに実はちょっとだけ楽しみも用意してある。

 列車内で移動中に食べる弁当だ。

 今回は前世の駅弁を真似したものではなく、うちのブルーベルがオリジナルで作ったもの。

 

 材料は僕がとっておきを提供した。

 どんな弁当がいいか希望も話しておいた。

 ただし中身はまだ見ていない。

 当日、列車内で開けてみるまでお楽しみという事になっている。


 勿論汽車土瓶も用意済み。

 さて、どんな中身だろう。

 それだけは猛烈に楽しみだ。


※ 大船渡線

  岩手県の一ノ関~宮城県の気仙沼を結ぶJR東日本の路線。ここで『我田引鉄の代表例』としているのは、

  ① 陸中門崎から気仙沼へ向かう予定線が

  ② 立憲政友会系で摺沢地区から立候補し当選した議員により北方向へ曲げられ、そのまま最短距離で気仙沼を目指そうとしたところを、

  ③ そのままでは鉄道が通らなくなる千厩地区が次の選挙で憲友会系候補を応援して当選させ、千厩へ抜けるように再び計画が変更された結果、

  ④ どう見ても大回りという形になってしまった

という歴史を指している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る