第14章 僕の責任?

第53話 妄想鉄の発病

 8月3日。

 夏の暑い日差しの中、ゴーレム車の中から僕は周囲を見回す。


 ここは敵地、ガナーヴィン。

 いや敵地という表現はまずいかもしれない。

 今後世話になる可能性が高いのだから。


 しかし僕にとっては敵地みたいなもの。

 何せ1人で乗り込んでいくのだから。

 それにガナーヴィンという街を僕はほとんど知らない。

 王都へ行く途中で通り過ぎた事があるだけ。


 招待されたのは8月5日、つまり明後日。

 ゴーレム車で迎えに来るという話は断った。

 移動中はせめて自由な心でいたい、そう思ったからだけではない。


 2日も前に敵地入りしたのには勿論理由がある。

 ガナーヴィンという街を実際に自分の目で見て確かめたい。

 そう思ったからだ。


 勿論書面等でこの街については調べてある。

 港を中心とした商業都市なんて常識も知っている。

 それでも実際に実地で感じないとわからない事があるだろう。

 というか街の『空気感』がわからないとどうにも不安だ。


 そんな訳で僕はこの街に2日早く入った。

 宿はそこそこ程度のものを予約済み。


 乗ってきたゴーレム車は紋章無しの、新車で正金貨20枚1,000万円程度のもの。

 これでも『ちょっと良い程度』のゴーレム車だ。

 日本における自動車よりもこの国におけるゴーレム車の方が遙かに高価だから。


 21世紀初頭の日本で販売している自動車にたとえるならハリアーやカムリ、Mazda6やアウトバックといったところだろうか。

 ゴーレムもゴーレム車も少しばかりカールの手が入っていて、通常より3割増しの速度が出るというのはおいておいて。


 ガナーヴィンの第一印象は平らな事と空が広い事。

 この辺りは大きな平野というか、湖と湿地、低地という地形で山が無い。

 付近に山が見えない場所というのはどうにも落ち着かない。

 山岳地帯入口といった場所にあるスウォンジーに慣れた僕の実感だ。


 そして市街域がとにかく広い。

 スウォンジーの5倍以上は確実だ。

 これは地形のおかげというのもある。

 平地部分が多いので幾らでも横に広がる事が出来るのだ、きっと。


 そしてここガナーヴィンは領間貿易の中継地。

 港や市場、倉庫街が多いのも特徴のひとつだ。


 扱う品目によってそれぞれ港や市場が違う。

 たとえば食品メインの港や市場があるのはアルノーラと呼ばれる地区。

 鉱工業関係はカークポット地区。

 木材の集積場はその名もウッドウェイと呼ばれる地区という具合。


 そのせいか業者用の街と一般住民用の街が離れた地区となっている。

 ここでは通勤で半時間30分歩くというのが普通にありそうだ。


 また道路が何処も混んでいる。 

 市街域が広いからかゴーレム車がやたら走っている。

 通称倍馬と呼ばれる通常の2倍近い大きさのゴーレムを使った大型ゴーレム車なんてのまで普通に走っていたりする。


 道の両側は駐車しているゴーレム車でいっぱい。

 それでも走行車線は通常ゴーレム車2車線分は残っている。

 しかし往々にしてその2車線が倍馬ゴーレム1台で塞がっていたりする。

 結果、21世紀初頭における東南アジアもかくやという大渋滞だ。


 ゴーレム車を走らせていると一般住民用の市場街近くへ出た。

 ちょうどいいのでゴーレム車を停め、近くの店で市街地図を購入する。

 これでこの広い街の何処をどう走っているのかがわかる。

 ついでに腹が減ったのでサンドイッチも購入。


 あとは主な道路を走りながら気づいた事を地図に直接メモしていく。

 朝10の鐘で街に入った後、地図とサンドウィッチを購入した以外は、ほぼずっと走って確認。


 そうやって走り回った結果、僕は僕なりにこの街を理解した。

 ガナーヴィンの市街交通は多大な問題を抱えていると。


 海からも周辺の河川からも便利な場所にあるガナーヴィン。

 そのおかげで国北部の物資の中継基地であり集積地ともなっている。


 故に毎日大量の物資がこの街に運び込まれ、また運び出されていく。

 その物資の量が多すぎて、一箇所の港や市場ではさばききれない。


 幸いここは平地で土地や港適地がいくらでもある。

 だから港も市場も横へと増殖していく。


 しかしいくつもの市場を回るのは面倒だし手間もかかる。

 自然、同じ品目を同じ場所で取り扱うようなった。

 その結果、品目別に市場や港が別れる事となる。


 それぞれの場所が専門街化されていく。

 いくつもの品目を買いそろえるには専門街を渡り歩かなければならない。

 よって物や人を輸送するゴーレム車が走り回る事になる。

 それが慢性的な都市渋滞を発生させ、非効率化を招いている。

 

 なるほど、此処へ来て実際に街中を行き来して見てようやくわかった。

 ジェームス氏が森林鉄道を視察した際、街中で鉄道を走らせる事について尋ねた意図を。


 路面電車や地下鉄は夢の話では無かった。

 この街がそれらを必要としているのだ。

 ゴーレム車ではもはや対処出来ない状態になっているから。


 それでも僕は夕方まで走り回る。

 何となくだが人やゴーレム車等、交通の流れを理解出来た気がした。

 そろそろ時間だな。

 中心街、その名もオールドタウンと呼ばれる一画にある宿へと向かう。


 宿にゴーレム車を預け、部屋に入る。


 一応貴族の端くれではあるので個室を借りた。

 個室としては安い部屋なので風呂等はついていないが、一応ベッドの他に作業できる机はある。


 ところで『妄想鉄』という鉄オタのジャンルがある。

 地図等を見ながら空想で線路を引き、駅を作り、時刻表を組み、車両を走らせる。

 そうやって空想の中で鉄道会社経営を楽しむのが妄想鉄だ。


 僕がはじめたのはまさにそんな作業。

 地図の上に線路を引き、駅を設定していく。


 しかし僕がいまやっているのは単なる妄想鉄ではない。

 少なくとも僕自身はそう思っている。


 ジェームス氏もきっとこの街のこの状況を気にしている筈だ。

 だからこそ視察の際、あれだけ鉄道に興味を持ってくれたのだろう。

 なら現在のこの世界で数少ない鉄道の専門家として、僕なりの意見や提案をつくっておくべきだ。

 勿論スティルマン伯爵家がこの案をそのまま採用するとは思わないけれど。


 まあこれは、僕の中の妄想鉄による言い訳かもしれない。

 この街の交通問題を見た黙っていられなくなった。

 だから案を作る、それが本当の動機だ。


 市場や港を含む街全体を考えると環状線が1本は必要だろう。

 それも出来れば複線がいい。

 これは路面電車が適しているだろう。

 正確には電車ではないけれど、まあ便宜上。


 単行でもいいから最低でも6半時間10分に1本は走らせる。

 便利な乗り物と認識させ、移動する人が自分のゴーレム車ではなく電車を選ぶように。


 港湾や市場、倉庫街を結ぶ鉄道も必要だ。

 これは人だけではなく貨物も重視する。

 カールが試作したコンテナ車を使って、至急便にも対処しやすくするなんてのはどうだろう。

 大物貨物も時間を決めて対処できるようにしておきたい。


 あと、路面電車の車両についての説明も一応作っておこう。

 持ってきた資料の中には入っていなかったから。

 幸い持てるだけの鉄道の資料は持ってきている。

 これらを組み合わせて新たな説明を作るのは難しくない。


 路面電車は全長5腕10mくらいに設定しておこうか。

 それなら井原カーブ並の急カーブも曲がる事が出来るだろう。


 道路上から乗降するから扉付近は低床仕様にする必要があるな。

 リトルダンサータイプSのように台車を端に寄せ、中央部を下げる方式でいいだろう。


 ※ 井原カーブ

   豊橋鉄道の井原~運動公園前にある、日本の路面電車で最も急な半径11mのカーブ。車輪がきしむ音を響かせ線路から大きく車体をはみ出して曲がっていく姿は鉄的には一見の価値がある。

   決して野球用語ではない。


 ※ リトルダンサー

   アルナ車両が製造する超低床車両のブランド。単行(1両編成)のタイプSやタイプNから5車体3台車型連接車であるタイプA5まで様々な形式がある。

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