第47話 貴族の定義
ぎょっとした顔でジェフリーがドアの方を見る。
ようやく気づいたようだ。
しかしもう遅い。
「どうぞ」
僕の台詞の後ドアが開かれる。
ウィリアムが入ってきた。
「やあ、久しぶりだねジェフリー。随分と長く連絡をとれなかったけれど、また会えて嬉しいよ」
ジェフリーもウィリアムを苦手としているようだ。
表情を見れば一目瞭然。
まあ僕と違ってウィリアムはでかいしマッスルだし年齢もずっと上。
押すだけでは勝てないだろう。
「何で来たんだよ、ウィリアム兄」
「勿論それは君が来たからだよ、ジェフリー」
ジェフリーの矛先がウィリアムに代わったので少しほっとする。
言葉が通じない馬鹿の相手は苦手だ。
部下なら最悪領主家の権威で何とか出来るが、ジェフリー相手だとそうもいかないし。
「これは俺とリチャード兄との間の話だ。ウィリアム兄は関係ねえ」
「おやおや、どういう話だい? リチャードとジェフリーの間だけで済むような話というのは?」
「ウィリアム兄は関係ねえ」
「内容を聞かないとそれは判断できないね」
うむ、貫禄が違う。
さてジェフリーはどう出るかな。
気楽になった僕はそんな事を考える余裕すら出て来た。
「まさかとは思うけれどリチャードがスティルマン伯爵家へ訪問する件かい。
いや、あれは領主代行同士で約束したから僕が関係ないという事はないな。相手を変えるなら領主代行同士でもう一度話し合わなければならないからね」
先にウィリアムの方が仕掛けた。
そしてジェフリー、すぐには言い返せない。
僕相手だったらそれでも言い返すだろうにな。
その辺若干の不条理を感じなくもなかったりする。
「それとも公社の件かな。いや、それもありえないかな。今でも名目上長に就任しているマンブルズ鉄鉱山に関する事ならともかく、今のジェフリーには他の公社に対して何かを行う権利はない筈だからね」
「どういう事だ」
ジェフリーはそう怒鳴るように言って、そして続ける。
「うちの公社はどれも領主家のものの筈だ。だから領主家の俺とリチャードとの話がつきさえすれば問題ない筈だ」
そう、少なくとも国法上はそうなのだ。
ジェフリーの一存でマンブルズ鉄鉱山の全員を退職させ、資産を全て売り払って私費としても、法律違反とならない。
領経営の公社は領主家の所有物とされているから。
たとえば横領罪は国法において次のように定められている。
『業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、無期以下の懲役に処する』
ジェフリーがかつてやったような運営資金の横領行為。
これを一般の領民が犯した場合、処分例は概ね、
① 横領金額を返済した場合は10年以下の懲役
② 返済できなければ無期以下の懲役
とされているようだ。
さて同じく国法によると、領主家の一員と見なされるのは『歴代領主と1親等の親族関係がある貴族』。
これによるとジェフリーは領主家の一員である。
領主である父と1親等の親族である貴族だから。
だからジェフリーも公社の所有者と見做される。
故に公社の予備費も運営資金も『他人の物』に当たらない。
横領罪が成立しないのだ。
もっとも大抵の公社長は領主家の一員であってもそのような事はしない。
公社内の士気や順法意識が目に見えて落ちるから。
しかしまともに運営するつもりがなければ、少なくとも国法上はそんな事をしても罰せられない。
ジェフリーのように。
「そうだね。少なくともリチャードにはそういった権限がある。しかしジェフリー、君にはその権限があるかな」
おっと、ウィリアムがついに攻撃を開始した。
しかしどんな理屈で攻めるのだろう。
僕自身は安全圏にいるようなので興味本位で状況を伺わせて貰う。
「何故だ。俺はシックルード伯爵と現ダーリントン伯爵の妹であるクララベルの子で、間違いなく領主家の一員である貴族だ」
ここで僕はある事に気づいた。
ジェフリー、状況が変わった事に気づいていない。
つまり最近は王都屋敷にも顔を出していないという事だ。
僕が気付いたという事はウィリアムも当然気付いているだろう。
さて、ウィリアムはどう出るか。
「生まれはね。さてジェフリー、問題だ。貴族は何故貴族として認められていると思う?」
ウィリアムは先程のジェフリーの解答にあった間違いについて、今は指摘しない方針のようだ。
そして今度は質問をしてきた。
勿論僕なら正確に答えられる。
貴族としての常識問題だからだ。
しかしジェフリーはどうだろう?
「何故って、国王から領地の運営を任されているだからだろ」
「概ねその通りだね。学校の試験なら部分点を4割は貰えるかな。
正確には『現在あるいは過去に国王から領地の運営を任された者、及びそれらの者と1親等の親族であり、国王の臣下としての義務に応ずる者』が貴族としての特権を認められる者だよ。王国法5条は基本だから貴族なら完璧に答えられるようにね。
それじゃ次の質問。貴族たる要件のひとつである『国王の臣下としての義務』とは何かな」
なるほど、それで来たか。
だからウィリアムは4月終わりまでジェフリーを放置していた訳か。
ならばまだ戻ってきていない父もウィリアムと共犯だ。
間違いなく。
しかしそうなるとだ。
この時期にジェフリーが戻ってくるのも計算のうちだったのだろうか。
それとも何か戻ってくるように仕掛けたのだろうか。
もし仕掛けたのなら、我が兄ながらなかなか恐ろしい事をするなと思う。
ダーリントン伯爵家の事については偶然だろうけれども。
「関係ねえだろ、今の場合は」
ジェフリーはまだ理解できていないようだ。
「なら僕から説明しよう。『国王の臣下としての義務』は元々は『出兵の義務』だった。これは独立戦争終了後からしばらくの間、国が不安定であった事から定められた訳だ。
しかし王国が安定して、兵も国王直属の騎士団を元に再編された事で実態に沿わなくなった。そして貴族も戦闘集団の長から領地経営者へと態様を変えた。
そこで『国王の臣下としての義務』も姿を変えた訳だ。『出兵の義務』から『参集の義務』にね。
『貴族たる者はなべて国王家直属の部下である。故に国王家の求めに応じ参集し、質疑に応じ、命令に従わなければならない』
王国法第5条2にある通りだよ」
「それがどうしたってんだよ」
ジェフリー、まだ気づかない。
もう答を言われているようなものなのに。
「毎年4月21日、独立記念日には国王陛下主催の舞踏会が開催される。貴族たる者には全員、3月末までには招待状が届いている筈だ。
この招待は国王からの参集に当たるとされている。国王から貴族に対して王都舞踏会会場へ来ることを命じる事に準ずる行為だからね、当然だろう。
ジェフリー、君も貴族というからには当然舞踏会への招待状に返答し、参加したのだろうね」
やはりこの手で来たか。
僕はそう思いつつ、ジェフリーがどう反応するかを見守る。
「そんなのウィリアム兄貴だってリチャード兄貴だって参加してねえだろ」
「僕もリチャードも理由書を書いて国王陛下に提出し許可を貰っているよ。君はどうかな、ジェフリー」
「だってそんなもの、御披露目以外に参加した事はねえぞ」
勿論ウィリアムも気付いただろう。
もう僕には結末も結論も見えてしまった。
しかし気付かない
「未成年や学生ならば参加の必要がない。そう招待状に明記されているからね」
「俺だって高等学校相当の年齢だし未成年だ」
「学校にいれば学生と認められるね。しかし学校を出て、更に公社長に就任しただろう。公職を持つ学生以外の者は年齢に関わらず成人と見做される。王国法の成人規定だね。領内公社の長も勿論外部的には公職と認められるよ」
「どうせ親父かクララベルが理由書を出しているだろ」
「理由書は本人が書く事となっているよね。もし他人が代筆したとあったらそれこそ大事件だ。国王家の臣下である貴族名を詐称したという事だからね。
さて、まもなく発刊される貴族名鑑にジェフリーの名は載っているかな。載っていてもいなくても大問題だね」
理由書を出さず出席連絡もしなければ確認通知が届く。
王都屋敷かこのシックルード領にある領主館かどちらかに。
王都屋敷に届いてクララベルが代書しているか、この領主館に届いて父かウィリアムが処理しているか。
いずれにせよ、もう舞踏会は終わっている。
結果として『国王の臣下としての義務』にジェフリーは背いた、そういう事になるのだ。
返答せず参加しなかったとしても、代書して理由書を出したとしても。
つまりジェフリーはもう『国王の臣下である』貴族ではない。
貴族としての特権も通用しない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます