第12章 ある帰結
第45話 4月終わりの状況
ローラの事は嫌いでは無い。
僕としてはむしろ好意を持っていると思う。
しかしじっくり話したのはまだ3回だけ。
それに前世でも今世でも女の子との縁はほとんど無い。
どうすればいいのか、戸惑っているというのが僕の本音だ。
元々貴族の妻を貰うなんて予定も意識も願望も無かった。
独身か、でなければ適当に平民だが関係者の嫁をあてがわれるかだと思っていた。
中小貴族の三男坊なんて概ねそんなものだ。
それがパトリシアやローラからの手紙、更にはウィリアムとの話し合いで僕の知らない方向へ路線が敷かれていく。
僕はどうすればいいのかわからないまま、それを見ている状態だ。
そうしている間にも月日は流れ、話も具体性を帯びていく。
鉄道も更に路線をのばしていく。
山側だけではない。
ライル河川港からスウォンジー市街、更にその西
僕はジェスタまで鉄道を延ばす気は無かった。
公社のある場所からライル河川港を経由しスウォンジー市街まで。
そこまでのつもりだったのだ。
「独身は公社の近くの社員寮から通えばいいっすけれどね。家持ちは公社まで通うのが大変なんすよ。乗合ゴーレム車は狭いし乗り心地悪いしで。
製鉄場の連中も鉱山の連中もみんなそう思っている筈っす。だからこの鉄道が街まで通じていてくれるとありがたいんすけれどね」
元々のきっかけは気分転換、いや
何気なくその話を工房でしたところ、カールが反応した。
「確かに街に通じる鉄道を作ってみるのは有用だ。万が一ガナーヴィンまで鉄道を通すとしたら参考にもなるだろう」
ならばという事で案を練り、諸々の費用計算までした上で
「勤務員の環境向上にもなるし今後の参考にもなるからいいと思うよ。土地と材料費くらいは領主家持ちでもいいかな。それで公社員用の乗り合いゴーレム車を廃止出来るなら悪くない。あれの維持、結構面倒だからさ。
ただどうせならスウォンジー止まりではなく、もう少し先まで延ばしてみないかい? ジェスタあたりとかさ」
OKが出るどころではなかった。
スウォンジーから更に
ジェスタはもしスティルマン伯領ガナーヴィンまで直線に近いルートで鉄道を通すとしたら、ちょうど中間にあたる場所だ。
すぐ西を南へ走る低い尾根を越えれば、その先はもうスティルマン伯領。
ただしジェスタ、それほど大きな町ではない。
宿場町と農産物の集積地が合体したような、人口千人程度の田舎町だ。
この国では都市への物資輸送は河川港によるものが中心。
ゴーレム車はそれほど輸送力がないから。
よって町が街という規模に発展するには河川港が不可欠。
しかしジェスタには河川運輸可能な川や運河がなかった。
結果、街となる程発展しなかった訳だ。
だからジェスタまで鉄道を延ばしてもそう需要があるとは思えない。
勿論ゴーレム動力だから電気代がかかる訳ではない。
土地も領主から受領だろうから金はかからない。
負担は車両運行にかかる経費だけだ。
だからそう酷い赤字にはならないだろうけれども。
「ガナーヴィンまで鉄道を通すための先行投資、というだけではないですね、これは」
あえて
「社会実験という奴だね。庶民でも簡単かつ便利に使える交通機関を整備した場合、どういう事が起きるかという。
ライル河川港からジェスタまでの運行費用は最低1年間、領主家の方で負担しよう。勿論土地も提供するし、敷設費用も領主家で出す。
ガナーヴィンまで鉄道を敷くなんて事になったらそのまま使う事だって出来る。そっちとしても悪い話じゃないだろう。違うかい?」
確かにそうだ。
森林鉄道では無い、都市鉄道を試す絶好の機会となる。
敷設費用&運行費用1年分持ちなら森林公社にも負担はかからない。
なら西へ線路が延びるのは悪い事では無い。
思わず『Go West!』と歌いかけて間違えたと気づく。
最初のかけ声は『Together!』だった。
それにあの歌はホモの歌だから僕にはきっとふさわしくない。
その道の人に捧げた方がきっといい。
厳密にはオリジナルが『踊るホモの前でノンケが歌う歌』で、カバーの方が『ホモが歌ってノンケがつま弾く歌』だけれども。
おっと思考が脱線してしまった。
軌道修正しよう。
さしあたって鉄道をGo West! する際に問題となるのは人員だ。
今まで以上に必要となるのは間違いない。
必要なのはゴーレム操縦要員だけではない。
駅の運用だって人が必要だ。
一般乗客を乗せるなら車掌もいた方がいい。
経理その他だって今のままという訳にはいかないだろう。
「人員数で森林公社を鉄道部門が乗っ取りそうな勢いですね」
「なら公社として運輸部と工房を独立させるかい? 森林公社の運輸は受託という形でさ。勿論いますぐに独立という訳にはいかないだろうけれど、その方向に持っていくつもりなら手続きを進めてもいいよ」
おっと、ついに鉄道会社設立か。
厳密には鉄道公社だけれども。
この話に乗れば都市鉄道もどきが作れるし、鉄道が独立できる。
鉄としては飲まない訳にはいかない。
「わかりました。ジェスタまで路線を延ばしましょう。運輸部門も公社として独立できるよう、準備をはじめます」
「提案を受け入れてくれて嬉しいよ。それじゃ頼んだよ。詳細はそれほど遠くないうちに森林公社宛に書類として出すからさ」
そんな会合の結果、1ヶ月経たないうちに土地の権利書と図面、敷設費用が交付された。
更に鉄道公社独立にあたる作業事項まで。
おかげで森林公社は大忙しだ。
運輸部や庶務、会計から数人集めて鉄道公社独立プロジェクトが動き始めた。
更に工房を中心に山林整備部からも人を出して、鉄道設備工事を開始。
「どうせなら今後の為に、考えられる場合を全て詰め込んでおこう」
そんなカールの目論見のせいで、施設の見本市のような路線が出来上がりそうだ。
提供された土地に敷設するため、路線を何処に敷設するかは事実上決まっている。
しかし乗降場を作る場所についても領役場から指定があった。
どうやらウィリアムが言うところの社会実験、僕が思っている以上に緻密かつ練られたもののようだ。
たとえばスウォンジー北門の近くに指定された乗降場用地。
ここに市場が新設されようとしている。
旧市街中央にある市場は既に拡張の余地が無いし、ゴーレム車による渋滞発生源にもなっている。
これを北門近くに新設する市場で更新する模様だ。
更にこの鉄道、シノマ河川港付近にも乗降場指定がある。
シノマ河川港はライル河川港より
これもきっと、輸送の窓口となる事を考えてなのだろう。
鉄道を発展させる事は諸手を挙げて大歓迎だ。
しかし明らかに
だから僕は時に『何だかなあ』と思わずにはいられない。
森林公社内が忙しくなっているからこそ、特に。
しかしこの機会を有効に活用している奴がいる。
勿論カールだ。
「折角だから『駅』も『踏切』もこの機会に試させて貰おう。貨物も木材と石灰石以外に使えるものがあると便利だ。こういう汎用の箱を作って貨車に乗せる方式はどうだ」
勝手にコンテナ車を開発しやがった。
僕がアイデアを話す前にカールの方が勝手に思いついたのだ。
まあ便利だろうと思われるので試作は許可した。
どういう形で使われるかはまだわからないけれど。
さらに鉄道車両についても新開発だ。
「今までの森林鉄道の大きさでは大人数を運ぶのには適していない。だから資材置場までは大型車両が入れるように整備しておこう」
「この機会に公社近くの乗降場所を駅として整備しなおした方がいいですね。名前も資材置場前ではなくて三公社前にして」
鉄道企画の方は僕が何も言わなくともカールやキット、工房の連中が勝手に進めていく。
ただどうせなら意見を言った方が面白い。
僕好みの鉄道にするためにも。
その結果、ついに一般乗客を乗せることを企図した本格的な鉄道車両を作る事となった。
電車、いや自走客車の形式で。
規格は以前、都市間鉄道用車両を考察した際のものを流用。
全長
日本で言えば銀座線とほぼ同じ車体の大きさだ。
色は赤色メインで窓の周囲がクリーム色。
森林鉄道が赤メインでクリーム色を補助に使うので、同じ色を使い、少しだけイメージを変えたという名目だ。
実際はまあ、国鉄気動車の新一般色にしただけだけれども。
もしガナーヴィンまで線路を延ばせたら、今度は国鉄急行色にするつもりだ。
この世界では僕しか理由がわからない、僕だけのこだわり。
扉は片側2扉、片開き式。
デッキなしで、扉はやや車体中央に寄っている形。
内部はセミクロスシートでつり革や握り棒、網棚ありで。
扉配置はキハ20系、それ以外はキハ10系をイメージしたのだけれども。
ただクロスシート部分は片側が2人用、反対側が1人用という配置にした。
車体の横幅が
ここまで意見を言ってあとはよろしくとカール達に投げた。
これで『それらしい』自走客車が完成するだろう。
今から楽しみで仕方ない。
※ Go West!
ヴィレッジ・ピープルが歌ってヒットした曲。その後ペット・ショップ・ボーイズがカバーしてやはりヒットした。
ヴィレッジ・ピープル版は『警察官(ノンケ)が、インディアン(ゲイ)、カウボーイ(ゲイ)、建設作業員(ゲイ)、バイク乗り(ゲイ)、軍人(?)がダンスする前で歌う』スタイル。Youtubeで公式動画を見る事が出来るので、その際はインディアンのセクスィーなヒップに注目。
ペット・ショップ・ボーイズ版はゲイが歌、ノンケがキーボード。これもYoutubeに公式動画があり、なかなか時代背景を感じさせる作りでお勧め。
つまり、いずれにせよゲイの歌。リチャード君はホモと言っているが、ゲイとホモは違うので念の為。
なお、文中の『最初のかけ声は『Together!』だった』とは、童謡『小さい秋みつけた』を間違えて歌うのと同じような状況。JASRACが怖いので歌詞を書いて説明できない。だから以降は察してくれると助かる。
最初のかけ声は『Come on!』だという声は聞かない方針で。
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