第40話 意表を突かれた展開
布教の為の資料は勿論アイテムボックスに入れてある。
そして布教開始がまさに操車場に向かっている最中。
それをいいことに鉄道の敷設費用、維持費用、安全対策、必要な人的資源、そういった面を全て含めて布教しまくった。
何せ実際に動いている各種列車も現場で紹介できるのだ。
大人数仕様の一般車も、30両編成までふくれあがった貨物列車も。
「ところで街の中でもこの鉄道というものは使えるでしょうか」
面白い質問がジェームス氏から出た。
予想外だったが答えられない内容ではない。
前世での使用例がいくらでもある。
「ええ、勿論使えると思います。この森林鉄道のように専用の線路を作って走らせてもいいですし、何ならゴーレム車が走る道路と併用にしてもいいでしょう。その場合は道路はこのような構造になります」
路面電車の併用軌道を簡単な図にして説明する。
「既に開発が進んで土地が無い場合は、地下に鉄道が走る場所を作ってもいいでしょう。道路の下に作るのが一番楽でしょうけれど、ある程度深い場所を掘っていいなら一般の建物の下を通す事すら出来ます。土質は土属性の魔法使いさえいればある程度は無視出来ますから」
つまりは路面電車や地下鉄だ。
まあこの辺はそうそう実現するとは思えない。
だからあくまで知識としてのつもりで説明。
「街中ですと当然このような場所より通す車両の数が多くなると思います。それはどう解決するのでしょうか」
ジェームス氏は思ったより興味を持ったようだ。
勿論その質問に対する回答は前世に存在している。
「複線化したり環状線化したりする方法があります。複線とは行き方向と帰り方向の線路、2本をセットにして敷く方法です。環状線とはひとつの輪のようになった、はじまりも終わりもない線路を敷いて、常に同一方向に走らせるという方法です」
札幌の路面電車なんて思い出す。
あれはまさに路面電車にして環状線だ。
「なるほど。それなら同じ方向に走るから、すれ違いで問題になる事は無いわけですね」
「ええ。ですのでかなり本数を増やす事が可能です」
「わかりました」
どうやら納得していただけたようだ。
ローラもそうだが理解力がある相手に鉄道を布教するのは大変楽しい。
僕としても満足だ。
そして最後は河川港で下車。
河運船に荷物を積み替えるところまで見て貰う。
「鉄道を知るとこの積み替え作業の手間が勿体ないと感じます。このまま線路がつづいていたら一気に運べるかと思うと」
「ただ実際問題として線路を敷くのは大事業です。必要な土地を占有し、資材を確保しなければなりません」
ここは少し真面目に答える。
森林鉄道を敷く土地は全て領有地だった。
それに森林鉄道規格という事で特に支線はやや貧弱な線路等を使っている。
しかし都市間鉄道ともなるとそうもいかない。
「河川交通の為に毎年川を整備する費用と比べれば大した事はないでしょう。
ただ敷設した線路の維持管理は考えなければなりませんね。全てを高架で作るのは手間と資材がかかりすぎます。むしろ人家や畑があるような場所では半地下の堀り割り状にした方がいいかもしれません」
確かに半地下の堀り割りを走らせるというのは手かもしれない。
景色は楽しめないが、線路の左右の交通問題については橋を架ければ済む。
ただ降雨に弱くなってしまう可能性は高い。
もっとも排水設備を整え、水属性魔法使いを配置すれば大丈夫な気もする。
「なるほど。半地下というのも有望ですね。思い至りませんでした」
「いえ、運河と同様に考えただけです。それに通過する土地の半分以上はそういった配慮がいらない場所でしょう。勿論獣等の立ち入りを防止するための柵は必要となるでしょうけれど」
うーむ、都市間鉄道の夢まで膨らんでしまった。
路面電車や地下鉄の説明までしてしまったし。
勿論今すぐに着手するなんて話ではないだろう。
しかし領主代行にして次期領主がこれだけ乗り気なのだ。
おせじだとしても希望が持てる。
河川港から再び乗車。列車は行きに乗車した仮停車場へと向かう。
「こうやって見てみるとこの鉄道という技術はかなり複雑ですね。ただ鉄の棒を敷いてその上を鉄車輪で走らせるというだけではない。見えない部分を含めて様々な技術やノウハウが必要なようです。あの異形のゴーレムもその一端に過ぎないのでしょう」
「いえ、これもまだはじめて1年経っていない技術ですから」
この返答は僕ではなくウィリアムだ。
僕はどう返答すればいいか分からないので奴に任せたまま。
ただジェームス氏、今回の見学で鉄道についてかなりの事を理解してくれているように感じる。
途中での質問も的確だったし。
「ならばそれだけの期間でこれだけ完成された仕組みを作られるというのが非凡なのでしょう」
僕のバックには過去の地球が築いた200年余の鉄道史がある。
勿論蒸気機関車等、この世界で直接使えない知識も多いけれど。
その技術の持つ価値を、どうやらジェームス氏は気づいてくれたようだ。
やはりローラの兄だけあって鉄的資質があるのだろうか。
河川港から仮停車場のある車両基地まではすぐ。
列車も加速したと思ったらすぐに減速を開始。
「ところで失礼ですが、リチャードさんに許嫁はいらっしゃるのでしょうか」
ん!?
何だその質問は。
以前も似たようなタイミングでローラにそんな質問をされた気がするけれど。
いやあれは港から列車に戻る途中だっただろうか。
とっさに思考が関係ない方向に逃げようとする。
「いえ、まだですね。何せ領内公社の長程度ですのでお声がかかるような事もありませんから」
思考が逃げている間にウィリアムが返答してくれた。
「いえ、これだけ有能なら何処でも引く手あまたでしょう。うちのローラも何度かお目にかかって気になっているようですし。
何でしたら7月、学校が休みになった頃にでも一度ガナーヴィンの方へお出でになりませんか。当家の父と母もリチャードさんにお目にかかりたがっておりますし、ローラも喜ぶでしょう」
何ですと!
ここでついに爆弾が炸裂したか。
一切話に出なかったし正直油断していた。
しかし家族総出の査問会への召喚か。
そもそもローラの件は誤解なのだ。
単に鉄道に興味を持っているだけなのだ。
僕は少しだけ布教しただけなのだ。
だから査問会は勘弁してくれ!
「それは結構な話ですね。ですがローラさんでしたら既にいくつかいい話もあるのではないでしょうか」
そうだそうだウィリアム、うまく誤魔化してくれ。
「お話は時折ありますね。ただ本人も家のほうでも乗り気にはなれないものばかりです。失礼ながらローラよりも当家の資産の方を見ているようなものばかりでして。
ですので早くいい話が決まれば家としても兄としても一安心というところです」
えっ、査問会のつもりではないのか?
ここまで言って査問会って事は多分、無いよね。
しかしそうだとしたら誤解だ、きっと。
ローラが興味あるのは鉄ではあって僕では無い。
……なんて事は勿論言えない。
「こちらとしては過分な話で恐縮です。それでしたら是非、こちらとしても……」
おい待てウィリアム、OKしてしまうのか。
これは誤解なのだ、だから……
なんて事は領主代行2人の前では残念ながら口に出せない。
兄弟でも領主代行と三男坊ではそれくらいの立場の差がある。
更に年齢も貫禄も遥かに向こうが上。
後の詳細を僕は覚えていない。
気がついたら2人の馬車を見送ったまま凍り付いていた。
「大丈夫か、リチャード」
そんなカールの呼びかけでようやく意識を取り戻したのだ。
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