第9章 春の見学会(2)

第33話 森林鉄道見学会(2)~●の釜めしとループ線~

「お兄って何かここ最近、妙に食べ物やおやつに気を配るようになったよね。前は食べられればいい主義だった気がするんだけれど」


 自分に関しては今でも割とそうだ。

 しかし前回も今回もそれなりの理由はある。


「パトリシアも今は当家ではお客様だからな。一応雰囲気なり何なり考えて出している訳だ」


「お兄にお客様と言われてもね。実際はローラが来ているからなんだろうけれども。

 このパエリアも他ではない見た目と味付けだよね」


 パエリアではない、釜飯だ。

 この国に釜飯なんて料理は無いのだけれども。


 この味を作るには苦労した。

 僕というより我が家のコック兼キッチンメイドのブルーベルが。

 醤油が無い世界でよくここまで再現したと思う。

 なお彼女は他にも今回用に新作を作って貰っているが、それは後で。


「美味しいです。この料理だけでなく、器もいいですね」


「確かにこの食器もこのお茶の容器も他にはないよね。何か雰囲気あるけれど、何処で作っているのこれって。初めて見るけれど」


「これは列車用に此処で試作した。この形なら置いても倒れない」


 もちろん前世にモデルがあったなんて事までは言わない。


「移動中にこうやって御飯を食べたりお茶をいただいたり出来るのっていいですね。これもゴーレム車に比べて振動が少ないから出来るのでしょうけれど」


「ええ。これも専用の線路を使っているからですね」


「夏の時はまだこれからと言ってらっしゃいましたね。まだ1年経っていないのですけれど、どれくらい広げられたのでしょうか」


「今の時点で23離46km程です。本日はそのうち16離32kmをこの自走客車で走る予定となっています」


 気がつけば大手私鉄である相鉄を路線長で超えている。

 もちろん路線長だけで規格は遙かに低いけれども。

 それでも森林公社長になってまだ4ヶ月程度なのだ。

 順調と言っていいと思う。


「夏に仰った通り、こちらの運送システムを変えられたのですね」


「ええ。今回は森林公社の力ではなく、領主家の予算でですけれども。これで河川の水位に関係なく搬送が可能となりました」


「父からも聞いておりますわ。シックルード領から安価で質のいい木材が安定して入るようになったと。それもリチャード様の手腕だったのですね」


 そこまで知っていたのか。

 しかし僕の手腕と言われると恥ずかしい。

 僕は単に鉄道を延ばそうとしただけだ。


「実際は優秀な部下のおかげですね。たとえばこの自走客車も、新しいゴーレム技術が無ければ出来ませんでしたから」


 実際カールがいなければ僕の鉄道計画は実現しなかっただろう。

 その巡り合わせには感謝するしかない。

 本人に感謝するかどうかは、まあ別の話という事で。


「今日は11半の鐘の頃、朝出発したのと同じ操車場に戻る予定です。なおトイレは後方、出口扉の次にある扉の中で、洗面台もついています。

 時間は十分にありますので車窓から外を眺めたり、この自走客車の構造を確認したり、ゆっくりお過ごし下さい」


「トイレまでつけたの?」


「時間が長いから一応さ」


「ゴーレム車より格段に広いから、そんな事まで出来るのですね」


 なおトイレは魔術式使用による乾燥分解方式。

 貴族の個室についているものと同じだ。

 だから匂わないし水をそこそこ流しても問題はない筈。

 前世日本にかつて存在したという開放式と比べて遙かに衛生的だ。


「ところで16離32kmの往復を2時間半という事は、この鉄道はおおよそ時速7離14km/h程度で走れるという事でいいのでしょうか」


 おっと出たな、実用方面に対する質問。

 このくらいなら僕でも答えられる。


「今回はその程度です。他にもこの線路には作業員の搬送列車や貨物列車が走っているので、それにあわせた形で動かしていますから。

 性能的にはこの森林鉄道の本線部分は時速20離40km/h、支線部分は時速10離20km/hで走れるように設計してあります。

 またこの自走客車そのものは平坦な場所なら時速30離60km/h程度でも走れる性能を持っています」 


 そこまでは直線部分で確認済みだ。

 それ以上は脱線すると洒落にならないから試していない。


「でもこの自走客車、それだけの力を持つゴーレムが入っているようには見えないです。どのような動かし方をしているのでしょうか」


「少し変わった生物を元にした特殊なゴーレムを使っています。起動可能な見本を持ってきていますので、テーブルの上が片付いたらお出ししましょう」


 まだ食事中だからもう少し後でいいだろう。

 時間は十分あるのだから。


 窓の外は森と川、JRのローカル線によくあるような風景だ。

 さて、そろそろかな。

 そう思ったところで車窓がふっと暗くなる。

 トンネルに入ったのだ。


 勿論客室内には僕が灯火魔法を起動している。

 だから暗くなったりはしない。


「トンネルもあるのですね」


「ええ。この路線はトンネル部分がかなり多くなっています。鉄道はゴーレム車より急坂に弱いので、トンネルを使って山をぐるっと巻くようにして坂をのぼったりもするんです。

 これをループ線と呼んでいます。この上の操車場までに3箇所のループ線があります。標高差が230腕460mあるのでこうやって高さを稼いでいく訳です」


 三重ループなんて日本にも無かったと思う、多分。


「それは遠回りをする、という事ですか」


「ええ。遠回りです。ゴーレム車用の山道がうねうねとするのと同じです。鉄道の方がゴーレム車よりも坂に弱いので、どうしてもゴーレム車用の道より余計に大回りをする形になります」


 ただ、ここは鉄道の弁護をしておきたい。

 だから僕は地図、社内説明用に作った検討資料等も出して詳細説明を開始する。 


 河川港からフィドル川出合まで、直線距離なら4離8km程度。

 しかし線路は9離18kmと倍以上の距離。

 これはひとえに標高差230腕460mを稼ぐためだ。


 この鉄道の傾斜は最大30‰まで、つまり1離2kmにつき30腕60mまでという設計で作ってある。

 全ての場所が最大傾斜であっても標高差230腕460mを稼ぐには7.715.4km必要になる訳だ。


 今まで使用されていた川沿いのゴーレム車用道路でも7離半15kmほどの道のり。

 更に坂に弱い鉄道を、建設しやすい場所等を選んだ結果、9離18kmになってしまったのも仕方ない事である。

 

 概ねこんな内容の説明だ。 


※ 相模鉄道株式会社 

  神奈川県の私鉄。総延長40.2 km。最も路線長が短い大手私鉄。つい最近、JRと相互乗り入れを開始。神奈川県だけでは無く東京都、埼玉県でも相鉄の電車を見る事が出来る。また近い将来、東急経由で更にとんでもないところまで乗り入れる予定。

 大手私鉄と認定されたのは1990年5月31日。 


※ 開放式の列車便所  開放式とは列車内の便器の下が素通しでそのまま線路上となっている方式。俗に垂れ流し式とも言う。汚物は線路上に飛散し、その後自然に風化して消滅するだろう、という考え。恐ろしい事に日本でも20世紀の終わり近くまで実際に使用されていた。このトイレによる糞害を『黄害こうがい』と呼ぶのは冗談では無く本当。

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