ヒヤッとしましたわね。

ピッチャープレートの1番左にかかとを合わせるようにして、踏み込む足も左バッターの体と真っ正面に見えるくらい。




それでいてテイクバックが小さい投球フォームですから、球離れが非常に見にくい。左バッターからすれば本当に体に向かってボールを投げ込まれるような角度に見える。



そこからアウトコースに制球力のあるストレートと曲がり幅の大きいスライダーのコンビネーションで勝負してくる。




それを打つためには、恐怖心を捨ててしっかり踏み込んでいかなくてはいけない。




もちろんそんなことなど百に承知であるシェパードはアウトコースにヤマを張って思い切り踏み込んでバットを振っていった。



外のスライダー。





打球はバックネットに直撃するファウルボールになった。




タイミングは合っている。





2球目は同じアウトコース。今度はストレートだった。





シェパードは簡単に打ち返した。




レフト線に打球が上がる。





「打った、レフトに上がった! 打球は伸びている!飛距離は十分か!? ポールの右か左か!?



…………巻いた!巻きました!ホームラン!ホームランです!! シェパード、見事な逆方向へのバッティングは20号!!左ピッチャーのボールを完璧に打ち返しました!!」





なにぃ! シェパードちゃん、スゴスギィ!!







左対左ということで出てきたリリーフピッチャーのボールをものの見事に打ち返す。



そんな対策は問題じゃないよと言わんばかりに、シェパードは軽々とアーチを描いて見せた。



本当に手のつけられない状態。このままなら、月間MVPも間違いないんじゃないかという勢い。またこういう時って、調子のいいバッターに場面というものが巡ってくるもの。



8回裏。粘る埼玉さんがまた1点差というところまで迫ってきて、俺のお家芸ヒットなどもあり2アウト満塁というチャンスを作って、すでに3安打のシェパードに打席を回した。






前の打席とはまた違うピッチャーだが、アウトコースのボールをレフトにホームランされていまから、今度はインコース中心の配球。



1ボール1ストライクからの3球。胸元の145キロのストレートにシェパードはまた強く踏み込んでいった。





「ピッチャー、黒岩。セットポジションから3球目投げました! またインコース!…………おっとこれは……当たってしまいました! デッドボールですか? デッドボールです! シェパードがうずくまる。


大丈夫でしょうか………。インコースを突いたボールがシェパードの手………もしくは指の辺りに直撃しました……。かなり痛そうです。トレーナーが駆け寄ります」







ピッチャーが投げたボールが打ちにいったシェパードの手に当たった瞬間。ぞわっとしましたわ。



それは他のチームメイトも同じで、誰1人として、やったー!押し出しだー!と喜ぶ選手は居なかった。



何人かが、うわー………といううめき声に近いものを発して、時間が止まったような感覚に陥る中、ベンチにの端にいたトレーナーと通訳さんが急いで飛び出していったのだ。




バットを投げ落とすようにしてバッターボックスの横でしゃがみこむシェパード。トレーナーのおじさんが、彼の背番号の辺りに手を当てるようにして同じようにしゃがみ、通訳さんも顔を覗き込むようにして膝に手を着いた。





シェパードはそんなおじさん達と1つ2つ言葉を交わし、ボールが当たってしまった右手をグーパーグーパーしながらゆっくりと立ち上がった。





去年の春、俺も2軍の試合に初めて出た時に、インコースのシュートボールを手に食らった時は1発で骨折しましたからね。




バッターの手元へのデッドボールは、頭や顔面の次に危ない場所だ。





股間にボールが当たってしまった時は、周りからすればちょっと笑ってしまう部分もあるけど、手の辺りというのはマジで笑えない。






パチパチパチ。




「シェパード、大丈夫かー!?」



「シェパードさん、頑張ってー!!」





スタンドからビクトリーズファンのシェパードを心配する声が交差する中、トレーナーからの明確なオーケーサインは出なかったが、俺が危惧したような怪我にはならなかったようだった。


シェパードは1塁までたどり着くと、バッティンググローブを外し、おケツに入れていた走塁用のグローブを装着した。




押し出しになったことと、無事にプレー続行出来る姿にスタンドからは拍手が起きた。





試合は2点リードをオールスター選手であるキッシーがしっかりと守りきり、2位埼玉との3連戦の初戦をものにした。






試合後。






お立ち台に上がったシェパードと一緒にシャワーを浴び、ドリンクをグビグビとやっていると、トレーナーと通訳が再度現れた。




場所が場所なんで一応病院で見てもらいましょうと提案する心配勢に向かってシェパードは……。




「病院? そこには、パスタかピッツァはあるかい?」




と、そのまま英語で返した。




OppaiとかPoniteくらいの英語しか分からない俺でも聞き取れる簡単な言い回しだったので、ナイスジョークと俺はシェパードのおケツを叩いた。



普段はジェントルマンな彼も、俺に通じたのが嬉しかったのか、お返しにと俺のおケツをボールが当たった手で2回叩いたのだが、心なしかいつもより優しい叩き方だった気がした。


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