やっぱり筋肉こそ、正義ですわね!

あと1歩、あと1歩だったのにぃ!



というそんな心境。叫ぶならばそんな言葉だった。



コリジョンを取られないように、1歩だけ踏み出したキャッチャーのミットが滑り込む俺の脇腹辺りをバシンと叩く。



その衝撃を食らいながらもベースタッチだけはなんとか済ませた俺がゴロンゴロンと吹き飛ばされるように転がる。



一応はマスクを外した球審に向かって、ベースタッチした左手をアピールしたが、俺とキャッチャーを1度ずつ見比べたおじさんが力強く握った右拳を炸裂させた。





その瞬間、側で並木君と赤ちゃんが揃って頭を抱え、俺はその場で胡座をかくようにしてガックリ。




対照的に、スタンドを埋めるドラゴンスファンがナイス中継プレーに対して盛り上がる。





俺は赤ちゃんに抱き抱えられるようにしながら立ち上がり、ヘルメットを受け取り、さりげなく2人におケツを触られながらベンチに戻る。



「いやー、ドンピシャの送球がきましたね。あれはアウトでも仕方ないっすわ」




バットを握り変えながら、赤ちゃんがニカッと笑う。




「そうだよねえ。3塁回った時はセーフになるなって思ったけどさ、スライディングする瞬間にバッチリキャッチャーと目が合っちゃたもん。まるで万引きが見つかったみたいな」




「ギャハハハハ! 独特の例えっすね!万引きしたことあるんすか!?」



と、並木君はゲラゲラ笑う。




それを聞いた赤ちゃんが悟った顔をして言う。



「新井さんが盗んだのは、みのりんさんのハートだけですよね」






筋肉モリ男が何言ってんねん。






なんて会話をしてられるくらいに、今日のビクトリーズには余裕があった。




次の攻撃。ドラゴンスは本調子ではなかった先発ピッチャーを諦め、2番手にサイドスロー右腕を投入するも、マッスル赤月がその代わり鼻の初球をライト前へ痛烈なヒット。



2アウト2塁となったところで、バッターは鶴様。初回の暴投を取り返す1打はしぶとくセンター前に抜け、追加点を得た。




うちの千林君は、最速148キロのノビのある直球を軸に変化球を低めに集めるピッチングでドラゴンス打線を翻弄。その後もセカンド並木君のエラー絡みの失点のみに抑え、6回2失点と先発の役割を果たす。




そんな中俺は、コロコロと代わるピッチャーに対してその都度対応。普段対戦しないピッチャーだが、1球2球で球筋を見極めて、右方向へのコンパクトなバッティングを心掛け、第3打席、第4打席とライト前にヒットを放つことに成功した。




それに加え、3番阿久津さん、4番赤ちゃんが好調ですから、打線が繋がり、7回までに14安打10得点と打線が久しぶりに爆発した。




大量リードしたことで、俺は8回表終了時点での交代を告げられた。




しかも…………。




「新井! 裏でバット振ってる露摩野にレフトに行けって伝えてくれ!」




と、労う言葉もなしに使いっパシリにされた。




まあ、今日は3安打でご機嫌麗しゅうですから別にいいのですけれども。



俺はわりとそんな風にルンルン気分でベンチ裏の露摩野君を呼びにいった。






ベンチ裏のエリアに足を踏み入れる。



緑色のネットで四方を囲まれた部屋。そこでは、チームジャージ姿のスタッフに至近距離でボールを下から放ってもらいながら、ネットに向かって打ち返す露摩野君の姿があった。



そのバッティングフォームが………。




くねくね………くねくね………。




カキィ!




くねくね………くねくね……



カキィ!




すんごいくねくねしていた。



まるでおちょくるようにバットを持つ手首をくねくね。そのバットもくねくね。



少し前のめりな体勢の上半身もくねくねさせながら、軽くお尻を突き出すようにして、地面に着く右足の先を激しくちょんちょんちょんと震わせるようにしながらも、ボールが放られるタイミングに合わせて踏み出す。




しかしそのくねくねした構えから繰り出されるバットがしっかりとボールの中心を捉え、打球音を部屋の外にまで響かせていた。



まるでタコがバッターになったら、そんなバッティングフォームになるだろうなというそんな感じだった。




しかしそれでもどうしてだか、彼のバットはこれ以上なくスムーズにコンパクトに振りだされている。



それまでのようにキチッとしたバッティングフォームの彼はいないが、すんごい気持ちよさそうにバットを振っているのだ。






なんだかしばらくそのまま彼のバッティングフォームを眺めていたい気持ちになったがそうもいかないので俺は彼に声を掛ける。



「おーい! 露摩野君!!」




そう大声を出すと、トス役のチームスタッフと一緒にこちらを振り向いた。



「はい!」




「次の守備から俺に代わってレフトに入って! もう2アウトだから、準備、準備!」



「はい! 分かりました!!」





彼は側に掛けていたタオルで顔の汗を拭い、急いでベンチに向かって駆け出す。



するとそれ同時に、川田ちゃんが打ち上げた内野フライをドラゴンスのセカンドが下がりながら掴み3アウトチェンジとなった。




そして萩山監督がベンチを出て、球審に交代を告げる。




俺に代わって、レフトに露摩野君。阿久津さんに代わってサードに守谷ちゃん。ファーストシェパードに代わって川田ちゃんがそれぞれ守備位置に就いていく。



大量リードプラス、名古屋遠征終了まであと1イニング半ですから、主力選手を下げて出番の少ない控え選手の試合感を最後に養っておくというそんな采配だ。





ピッチャーも1年ぶりくらいに1軍に上がってきた能勢山というサイドスローのピッチャーがマウンドに上がる。



入団は鶴石さんと同じく今はなき静岡ヒーローズの選手だが、愛知県出身のピッチャー。




2軍での成績はそこそこだったが、名古屋遠征のタイミングで1軍に呼び、そして登板させる。



萩山監督は結構そんな起用の仕方もあるおじさんだ。


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