第6話 意地悪な魔女
雑談に花を咲かせながら時間は緩く穏やかに過ぎていく。気付けば日も暮れ始め、夕焼け模様が広がる頃に列車はウェイリッジへの到着を汽笛で知らせた。
ゆっくりと列車が足を止めるまで席に座って窓の外を眺めれば、ヴェルディブルグの都とは違う落ち着いた暮らしが彼女たちを出迎えた。手を繋いで歩く親子。店じまいの準備をするパン屋の主人。道端で談笑する女性たち。そう多くない人の流れに、シャルルが無邪気な子供と同じく目をきらきらと輝かせる。
「うわ~、すごいなぁ。ここがウェイリッジかぁ」
「情緒のある町だろう? さ、行くぞ。まずは宿を取ろう」
本を閉じて立ち上がり、シャルルを連れて列車を降りる。よく訪れるローズにとってはそれなりに親しみのある町だ。駅から離れれば空気も澄んでいて、石畳の道を吹く風の心地よさにシャルルはすうっと大きく息を吸い込んだ。
「ウェイリッジは気に入ったか? 別荘を建てるのも悪くないかもな」
「あはっ、たしかに! でも母様は賑やかなのが好きだからね」
「逆にお前はあまりパーティには興味がなさそうだ」
シャルルが小さく頷く。どちらかといえばココアでも飲みながら部屋で読書に耽っていたいのに立場が許してくれないのだと彼女は悲しそうな瞳をする。
「……ま、これからしばらくは優雅なドレスや貴族たちの不愉快なおべっかとも無縁だ。マリアンヌの依頼とは別に庶民の暮らしにも慣れ親しんでみると良い。彼らがいかに陽気で毎日を楽しく過ごす方法を考えているかが分かるはずだ」
ばしっ、と彼女の背中を叩いてローズは温かい表情をみせた。
「ほら。ぼうっとしてる暇はないぞ、こっちへ来い」
「あっ、うん。待って、あの……」
ちらと彼女の視線が何かに移ったのをローズが気付く。同じく視線を向けてみれば、そこには手を繋いで仲良く楽しそうに歩く男女のすがたがあった。
「ふうむ、なるほど。初日だから少しは甘やかしてやるか」
ため息をぐっと飲みこんでローズが手を差し伸べる。そして彼女は小気味良い言葉遣いをして、淑女というよりは紳士の振舞いで言った。
「お手をどうぞ、お嬢さん。私が案内をしてあげよう」
シャルルが照れくさそうに差し出された手にそっと触れ、にへらと笑った。
「よ、よろしくお願いします……ふへへ」
「顔が気持ち悪いぞ、シャルル」
茶化して悪い表情を浮かべるローズに、シャルルがかあっと赤くなって手をぶんぶんと振りながら「ろ、ローズのいじわる!」とお怒りだ。
「はは、そう怒るな。お詫びにパンでも買って行こう。宿までは少し歩くから、ひとつかふたつだが。ほら、はやくいかないと店じまいの時間だ」
ローズが優しくシャルルの手を握って引いた。最初こそ面倒な旅かもしれないと思ったが、シャルルの新鮮な反応は意外にも彼女を楽しませている。
すぐ近くのパン屋まで歩くと店主のふくよかな女性が片付けの最中、ローズに気付いて顔を明るくした。
「あら、ローズちゃん! 久しぶりねえ!」
「元気そうだな、アンジェラ。前より太ったんじゃないのか?」
「アッハッハ! 相変わらずズバっと言うじゃない!」
豪快に笑って分厚い手で小さなローズの手をがっちりと包み、アンジェラはもう店を閉めようとしていたところを取りやめて、彼女たちを店のなかへ招く。興味は傍に立っていた少年のような格好をしたシャルルへ向いた。
「そっちの子は、とうとう堅物フロールマンにも恋人かしら?」
「ああ。彼は旅の途中で会ったんだ」
それとなくローズはシャルルの背中にぽんっと触れて挨拶を促す。
「え、えっと! わた……ボクはシャルル・ヴィンヤードです!」
「元気のいい子ね。あんたならローズも安心だわ、いい恋人になりそう」
アンジェラの言葉にシャルルは照れながら「がんばります」と答えた。ローズが口を押えて顔を俯かせる。肩が小さく震えているのは、いかにそれが彼女にとって可笑しい言葉だったかを示していた。
「そ、そうかそうか。頼もしい限りだ。くっ……ふふふ……!」
ひいひい言いながら、大声をあげるのをなんとか耐える。アンジェラからプレートを受け取ってパンを選ぶあいだも、どうやらツボにはまったのか、ずっとそのことが彼女の頭のなかをよぎり続けて笑いをこらえるのに必死だった。
いっぽうで、シャルルはずっと耳まで赤くして恥ずかしそうだ。
「それでローズちゃん、今日は泊っていくのかい?」
「ああ。二泊はするつもりだ。私の
にやりとシャルルを見つめるローズに、彼女はぷくっと頬を膨らませて。
「やっぱりローズはいじわるだ」と嘆いた。
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