紅髪の魔女─レディ・ローズ─

智慧 砂猫

紅髪の魔女レディ・ローズとお姫様

第1話 紅髪の魔女

 がたがた揺れる列車。窓際の席に座っている紅髪のふわっとしたショートカットの若い女。司祭あるいは修道女のように黒い服を着ているが、生憎と彼女は宗教的な意識は持ち合わせておらず首からは小さな金属製のドクロのネックレスと変わった風貌をしている。


 手には分厚い本。深碧しんぺき色の瞳が、びっしりと並ぶ文字の羅列を追い掛けた。


 列車というものができあがったのは遠くない昔の話だ。それまでは馬車が遠くまで人や貨物を運んでいたが、時代はやや移り変わって、数十年もしないうちに仕事の多くは石炭でうごく列車にとって代わられた。とはいえ、まだまだ馬車のほうが有用な地はいくらでもあって、広い町の中を移動するにはとくに重宝されたが。


 駅で停まるのに、列車の速度が落ちると女は本を閉じた。窓の外には賑わいがある。ただの景色ではなく、なにかを見るために集まったとばかりの人の群れだ。


「……ずいぶん騒がしいな」


 女の視線はひどく冷めていて、うんざりしている。列車の外へ出れば人々の歓声にくわえ、身なりのしっかり整った老齢の男が側仕えらしい中年を連れて彼女の前にやってきて「お待ちしておりました」などというのだから彼女も頭が痛くなった。


「列車の乗り心地はいかがでしたかな、魔女様」

「最高の気分だったよ、お前たちを見つけるまではな」


 魔女。代々その血筋にある者が受け継ぎ、世界にただひとり存在する者の通り名。人を幸せにするとも不幸にするとも言われているが、実態を知る者はいない。


「ささ、お迎えの馬車を用意しましたので話はそちらで……」

「わかった。ああ、それとひとつ──私のことはローズと」

「……は、でしたらローズ様と」


 女はそうとう気に入らなさそうだったが、これ以上を衆人環視のなかにいるのが耐えられそうになく、わきに抱えていた本を側仕えの男に預けて「さっさと連れて行け」とぶっきらぼうに言って、馬車へと乗り込んだ。


 次いで老齢の男が横に乗り、側仕えの男が御者として馬車を操る。魔女は本を預ける相手を間違えたか、と後悔しながら要件は何かと老齢の男に尋ねる。


「手紙でもお伝えしましたように、女王陛下がぜひ、あなたの力を借りたいと仰っています。魔女様──こほん、ローズ様にしか頼めないことなのだと」


「で。私は、その内容を聞いているんだが……」


 本来、魔女という存在は他人から仕事を頼まれて「はい、わかりました」と頷いたりはしない。よほど事情があるか、あるいは金貨が何枚も積まれたときくらいだ。魔女は王族や貴族を取引相手にしているが──歴代の魔女のなかで、とくにローズは──彼らを嫌う傾向にあるので話を聞くと返事することさえ珍しい。


「それは女王陛下より直接お話を聞いてくだされば」


 頑なに話そうとしない男に呆れはしたが、話を聞くだけ聞いて、あとは高額をふっかけて断ればいいと自分を納得させて、ひとまず王城まで外の過ぎていく景色をぼんやりと眺めながら、となりで機嫌を取ろうとする男の言葉を聞き流した。


「は、まさに権力の象徴だな」


 王城に着き前庭を進む途中、ぽつりとローズが言った。彼女は城という建物がどうしても好きになれない。豪奢な生活ぶりが見て取れると町の人々の質素な暮らしぶりと比較して、なんともムカムカするものがあった。


 昼にはお茶会、夜には宴。人々が今を暮らすために汗水流して疲弊した体で稼いだ金を部分的とはいえ税として吸い上げ、自分たちの懐を潤している。そのなかのどれほどが真面目に働いているのだろうと首を傾げたくなるようだ。


 男が「なにか仰いましたか?」と尋ねると彼女は首を横に振った。


「いいや、なにも。きれいな庭だと言ったのさ」

「はは、そうですか。優秀な庭師がおりますからな」


 ローズがまた不機嫌な顔をした。男には理由が分からない。彼女は決して答えることもなく、馬車を降りるとため息をついた。堂々とした態度は普通にみれば印象の最悪な人間だが、魔女は誰に対しても媚びない自分の生き方をする。


 下手にものを言えば何をされてもおかしくないという意識のほうが、人々のなかには根強くあった。


「ディオネス、おかえり。そちらの方は?」


 城へ入ってすぐの場所で執事と話していた少女が微笑む。腰まで伸びた金髪がさらりと揺れて青藍色の瞳がローズを映す。自ら名乗る様子のないローズにかわって、ディオネスが「この御方はローズ・フロールマン。魔女様でございます」と答えた。


「あの有名な魔女様! わ、私はシャルロットです! あの、お会いできて光栄です、ぜひ握手でもして頂けたらと思うのですが……その……!」


 照れた様子で手を恐る恐る伸ばしたシャルロットにディオネスがハッとして、不機嫌なローズをみる。だが、ローズは優しく差し出された手を握って──。


「ローズ・フロールマンだ。よろしく、シャルロット」


 握手を交わして、ローズはディオネスに目で合図を送り案内を促す。ぼうっとして嬉しそうにするシャルロットの頭にぽんと優しく手で触れてから、彼女は振り返りもせず歩き出す。おどおどするディオネスにクックッと笑って彼女は言った。


「常に人の顔色をうかがうのはやめろ。ストレスは身体に毒だ」

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